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第五話 笑うのはだあれ?
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閉店後のジャスティは、熱気を残したまま静かな時間を迎えていた。マスターの入れるアイスコーヒーで、体に残った熱を冷ます。いつものライブとはちがった充実感で、哲哉の興奮はなかなかおさまりそうになかった。
「今日配ったお菓子の詰め合わせ。まだ渡してなかったね」
マスターが哲哉と悠に、ハロウィン仕様の袋詰めを渡してくれた。
「哲哉には渡さなくていいよ」
「え? おれ、ダイエットなんかしてないぜ。甘いもの大好き。ライブで体を酷使してるんだから、チョコレートやクッキー食べたって太ったりしないさ」
「いやいや、そうじゃなくて」
悠はにやりと笑った。
「お菓子をもらえるのは、いたずらしなかった場合だけさ。忘れたかい?」
「いたずらなんかしてねーよ」
「う、そ、だ。今日はみんなに、いたずらしかけてばかりだったじゃないか。ねぇ、マスター」
「そうなのか?」
マスターが不思議そうに哲哉を見る。覚えのないことなので、哲哉は肩をすぼめた。
「わかってないなあ。今日の哲哉は、自分の正体を明かさずに、みんなをだましてばかりだった。つまりトリックしたってことだよ」
「ああ、なるほどね」
マスターはパンと手を叩いて納得した。
「だからおまえの分も、おれがもらっとく」
悠は哲哉の前におかれたお菓子の袋を、さっと取り上げた。
「えー、そんなぁ」
「子供みたいな声出すなって。メイクの代金をこれで勘弁してやろうっていうんだから、ありがたく思いなさい」
「っと、今日はノーギャラなんだ。せめてお菓子くらいもらいてーよ。でなきゃ――」
哲哉は言葉を区切り、両手を妖しくくねらせる。そしてふたりを睨んで、
「お菓子のかわりに、血を吸うぞ」
と、歯をむき出して威嚇した。
心底おどかすつもりの精一杯の演技だった。なのにマスターは目を点にして、動きをとめてしまった。何かを言いかけたが、返す言葉がみつからなかったようで、
「疲れた……」
と一言のこして、テーブルにつっぷした。そして悠は目をらんらんと輝かせ、両手の拳を握りしめる。
「今の、すっげーいい。最高だ。女性客が口を揃えて『襲われてみたい』っていうだろうなぁ。ね、マスター。そう思うだろ? やっぱりおれの目に狂いはなかった。一度でいいから、おれの撮る映画に出てくれよ!」
「冗談じゃない! ホラー映画には出ない。てか、演技は素人なんだぜ。映画なんて出演できるわけないだろ」
「頼むよ。主役やってくれ。それがおれからのトリートだ。な、な。哲哉のために脚本書き下ろすよ。だから頼む、この通り!」
「かんべんしてくれよぉ」
はっきり断らないと、悠のことだから本当に脚本を書き上げて、持ってくる。そんなトリートはこちらから願い下げだ。
哲哉にとって、今日のトリートは、アマチュア時代の気持ちを思い出せたことだ。何にも変えられない、あのころの情熱。純粋にロックを楽しむ気持ち。迷いはなくなった。今このときも、ワクワクが抑えられない。
「まあ、しかたないか。本職はミュージシャンだし。俳優得能哲哉は見たいけど、それ以上に歌ってるところ見たいからな」
「ツアーも終わったんだ。この時期に充電して、またいい曲を作るんだよ。アルバムやライブ、楽しみにしてるからな」
悠とマスターの励ましがうれしい。彼らの期待に答えられるように、もっといい音楽を作らなきゃいけないな。ちょっと早いけど、来年の目標だ。
なんて思ったら、だれかの笑い声が聞こえたような気がした。
鬼? いやいや今日はハロウィン。笑っているのはジャック・オ・ランタンか、妖精か。それともドラキュラ伯爵か。
好きなだけ笑いなよ。いくら笑われたって、やってやるぜって気持ちは消えないんだ。熱い想いはだれにもとめられない。
「そろそろファミレスでも行くか。今日のギャラ代わりだよ」
「サンキュー。実は熱演しすぎて、腹ぺこだったんだ」
「メイク落とすのも一人じゃ大変だろ。またおれの出番だな」
「手早く頼む。もう腹ぺこすぎて死にそうだよぉ」
「そうか? おれは今もらったお菓子食ってるから、遅くなってもいいんだい」
「兵糧攻めはやめてくれ! もうジャスティでライブやらないぞ」
「それは困る。高遠くん、早くすませて、哲哉になにか食べさせないと」
ライブ喫茶ジャスティは、笑いに包まれた。
ハロウィン・ナイトは、まだ終わらない。
「今日配ったお菓子の詰め合わせ。まだ渡してなかったね」
マスターが哲哉と悠に、ハロウィン仕様の袋詰めを渡してくれた。
「哲哉には渡さなくていいよ」
「え? おれ、ダイエットなんかしてないぜ。甘いもの大好き。ライブで体を酷使してるんだから、チョコレートやクッキー食べたって太ったりしないさ」
「いやいや、そうじゃなくて」
悠はにやりと笑った。
「お菓子をもらえるのは、いたずらしなかった場合だけさ。忘れたかい?」
「いたずらなんかしてねーよ」
「う、そ、だ。今日はみんなに、いたずらしかけてばかりだったじゃないか。ねぇ、マスター」
「そうなのか?」
マスターが不思議そうに哲哉を見る。覚えのないことなので、哲哉は肩をすぼめた。
「わかってないなあ。今日の哲哉は、自分の正体を明かさずに、みんなをだましてばかりだった。つまりトリックしたってことだよ」
「ああ、なるほどね」
マスターはパンと手を叩いて納得した。
「だからおまえの分も、おれがもらっとく」
悠は哲哉の前におかれたお菓子の袋を、さっと取り上げた。
「えー、そんなぁ」
「子供みたいな声出すなって。メイクの代金をこれで勘弁してやろうっていうんだから、ありがたく思いなさい」
「っと、今日はノーギャラなんだ。せめてお菓子くらいもらいてーよ。でなきゃ――」
哲哉は言葉を区切り、両手を妖しくくねらせる。そしてふたりを睨んで、
「お菓子のかわりに、血を吸うぞ」
と、歯をむき出して威嚇した。
心底おどかすつもりの精一杯の演技だった。なのにマスターは目を点にして、動きをとめてしまった。何かを言いかけたが、返す言葉がみつからなかったようで、
「疲れた……」
と一言のこして、テーブルにつっぷした。そして悠は目をらんらんと輝かせ、両手の拳を握りしめる。
「今の、すっげーいい。最高だ。女性客が口を揃えて『襲われてみたい』っていうだろうなぁ。ね、マスター。そう思うだろ? やっぱりおれの目に狂いはなかった。一度でいいから、おれの撮る映画に出てくれよ!」
「冗談じゃない! ホラー映画には出ない。てか、演技は素人なんだぜ。映画なんて出演できるわけないだろ」
「頼むよ。主役やってくれ。それがおれからのトリートだ。な、な。哲哉のために脚本書き下ろすよ。だから頼む、この通り!」
「かんべんしてくれよぉ」
はっきり断らないと、悠のことだから本当に脚本を書き上げて、持ってくる。そんなトリートはこちらから願い下げだ。
哲哉にとって、今日のトリートは、アマチュア時代の気持ちを思い出せたことだ。何にも変えられない、あのころの情熱。純粋にロックを楽しむ気持ち。迷いはなくなった。今このときも、ワクワクが抑えられない。
「まあ、しかたないか。本職はミュージシャンだし。俳優得能哲哉は見たいけど、それ以上に歌ってるところ見たいからな」
「ツアーも終わったんだ。この時期に充電して、またいい曲を作るんだよ。アルバムやライブ、楽しみにしてるからな」
悠とマスターの励ましがうれしい。彼らの期待に答えられるように、もっといい音楽を作らなきゃいけないな。ちょっと早いけど、来年の目標だ。
なんて思ったら、だれかの笑い声が聞こえたような気がした。
鬼? いやいや今日はハロウィン。笑っているのはジャック・オ・ランタンか、妖精か。それともドラキュラ伯爵か。
好きなだけ笑いなよ。いくら笑われたって、やってやるぜって気持ちは消えないんだ。熱い想いはだれにもとめられない。
「そろそろファミレスでも行くか。今日のギャラ代わりだよ」
「サンキュー。実は熱演しすぎて、腹ぺこだったんだ」
「メイク落とすのも一人じゃ大変だろ。またおれの出番だな」
「手早く頼む。もう腹ぺこすぎて死にそうだよぉ」
「そうか? おれは今もらったお菓子食ってるから、遅くなってもいいんだい」
「兵糧攻めはやめてくれ! もうジャスティでライブやらないぞ」
「それは困る。高遠くん、早くすませて、哲哉になにか食べさせないと」
ライブ喫茶ジャスティは、笑いに包まれた。
ハロウィン・ナイトは、まだ終わらない。
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