6 / 13
第六話 花火大会に誘ったら
しおりを挟む
今朝も日差しが強い。
学校に着く前に溶けてしまうんじゃないかなんて莫迦なことを考えながら、ぼくは学童に向かう悪ガキ軍団と交差点でじゃれあっている。
悪ガキとはいえ、こうやってぼくに懐いてくれるのは嬉しい。
多分それは、長期休暇ほど忙しい家庭に育ったという共通点があるからだろう。
心の中でこの子たちを「悪ガキ」と勝手に読んでいるけれど、年上の人に毒舌を吐きたいという時期なのは理解できる。
なんて感じで夏休みの寂しさを実感しながら、ぼくは交差点の向こうを見る。
麻衣はどうしたんだ?
いつもならこの時間には来ているはずだ。だけど今朝は姿を見ない。
夏風邪でもひいて今日はお休みかな。それならメッセージが届くはずなのに。それすらできないくらい具合が悪いのか?
それとも単に、今朝は早く登校したのかな、なんて考えていたら、
「ハッちゃん、彼女がやっと来たよ」
昭が交差点の向こうで信号待ちをしている麻衣を見つけた。
「ぼくらもう行くね。ハッちゃんは彼女と仲良く学校に行くんだよ」
生意気なセリフを残して、聡は仲間を引っ張るように小学校に向かって走り始めた。
「車に気をつけるんだよう」
後ろ姿に声をかけると、和人がふりむきざまに手をふった。
信号が変わって、麻衣が横断歩道を渡り始める。
あれ、様子がおかしくないか? なんだかぼうっとして、いつもの覇気がない。
夏風邪というのは当たっているのかもしれない。
「おはよう」
交差点を渡り切ったところで声をかけたけれど、麻衣はぼくに気づきもしないで素通りした。
「麻衣、おはようっ」
背中に向けて大声でもう一度挨拶すると、麻衣はおもむろに立ち止まり、ゆっくりとふりかえる。
「あ、ハヤト、いたんだ……」
麻衣はうつろな目でぼくを見た。
心ここにあらず。物思いにふけっているようにも見えるが、よく解らない。
「どうしたんだよ、ぼうっとして。麻衣らしくない。夏風邪でもひいた?」
「ん? べ、別になんでもないって」
落ち込んでいるわけでもなさそうだが、浮足立っているのとも違う。
でも何かあったのは間違いない。
いつもの麻衣に戻ってもらいたくて、ぼくはお盆に開かれる花火大会に誘った。
極上の笑顔を浮かべて「もちろん。今年もみんなで行こうね」と即答してくれるはずだ。
だけど今朝の麻衣はぼくから目をそらし、行き場のなくした視線を足元に落とす。
「……どうしたの?」
ぼくはだれにも聞こえないように、小さな声でつぶやいた。
麻衣はしばらく黙り込む。
まちがいない。断る口実を探しているんだ。
そして思った通り、
「……ごめん。今年はもう友だちと約束しちゃったの」
と、うつむいたまま小さな声で答えた。
小学校の高学年になってから、英嗣や麻衣も含めて同じ学年のみんなで毎年出かけていた。だから今年もみんなで一緒に行けるとばかり思っていた。
そういう意味では、麻衣の口から出た言葉は予想外の返事だ。
「そ、そうなんだ。約束してんじゃ、しかたないな」
ぼくは動揺を悟られまいと、作り笑顔で答える。
道すがら麻衣が「ごめんね」と繰り返す。その声がぼくの胸に刺さる。
悪いことをしたわけじゃないんだから、謝らないでほしいよ。もっと早くから計画を立てなかったぼくの落ち度なんだから。
なんとか平然を装い、何もなかったように会話をしながら学校まで行くと、また今朝も昇降口で倉田先輩と出くわした。
夏休みになってから遭遇率が高くないか?
「麻衣、おはよう」
「あ、お、おはようございます」
いつものあいさつを交わすふたり……のはずが、妙な違和感がある。おかしい。
ぼくはそれとなく倉田先輩に目を向ける。
やばい。いつかのように目があってしまった。
……あれ?
先輩はぼくに何かを言いかけたが、途中でやめ、代わりに意味ありげな笑みを浮かべる。
な、なんだ、今のは?
先輩はぼくに意味不明の笑顔を見せたのに、麻衣には挨拶以上の言葉をかけない。いつもなら肩を並べて楽しそうに歩くのに、今日の麻衣はうつむきながら、先輩の少し後ろをついていくように歩いていた。
この前までと空気が異なり、ぼくのほおがピリピリする。
緊張のあまり、触れたら感電しそうだ。
ふたりのあいだに何かがあったのは間違いない。麻衣たちの後ろ姿を見ながら、ぼくはそう確信した。
☆ ☆ ☆
「それはな。岡村が、たらしの倉田にフラれたからだぜ」
昇降口の出来事を部室で話すと、真っ先に口を開いたのは翔太だ。
「たらし」ってなんだよ。相変わらず言葉の端々に、倉田先輩への敵対心があふれていないか?
「えらく自信たっぷりだけど、そう断言する根拠ってあるの?」
ぼくはギターをケースから出しながら問いかけた。英嗣と優も楽器を準備する手を止めて、翔太を見る。
「おれのダチがな、倉田が女子とふたりでフードコートにいるところを見たんだ。私立の中学に進んだやつだけど、おれが倉田のせいでフラれたことを知ってて、情報を流してくれるんだよ」
「まるでストーカーだな。で、相手の女子はどこのだれなんだ?」
優があきれて口をはさんだ。
翔太はアメリカ人みたいに肩をすくめて答える。
「少なくともおれたちと同じ小学校出身じゃないな。ダチの知らない女子だったらしいし」
「くだらない。妹さんか姉さんだろう?」
「甘いなヒデ。倉田は一人っ子だ」
うわっ、翔太って倉田先輩のこと、詳しすぎる。そこまでライバルが気になっているのか。優の言う通り、ストーカーと変わらない。
「吹奏楽部ではすでに話題になってるのかもしれねえぜ。そのことが岡村の耳に入って、距離が生まれたに違いない。
ハヤト、チャンスだ! この機会を逃すなよ」
それはあるかもしれない。失恋を引きずった心情では、男子抜きで出かけたいかもしれない。
でもそんなこと考えず、ぼくに話してくれればいいのに。相談でも愚痴でも、麻衣の気のすむまで聞いてあげるよ。幼馴染だし、ぼくにとって麻衣はプリンセスなんだよ。
もしかしたら今日あたり連絡が入るかもしれない。そのときはすぐにかけつけなきゃ。いつでも麻衣を慰めるぞ。
地球のために何を頑張ればいいのか、今のぼくには解らない。でも麻衣の笑顔のためだったら、いくらでもがんばれる。
だが翌日からお盆で部活も休みになり、麻衣との接点が切れた。
そして期待に反して、連絡は一切入らなかった。
☆ ☆ ☆
学校に着く前に溶けてしまうんじゃないかなんて莫迦なことを考えながら、ぼくは学童に向かう悪ガキ軍団と交差点でじゃれあっている。
悪ガキとはいえ、こうやってぼくに懐いてくれるのは嬉しい。
多分それは、長期休暇ほど忙しい家庭に育ったという共通点があるからだろう。
心の中でこの子たちを「悪ガキ」と勝手に読んでいるけれど、年上の人に毒舌を吐きたいという時期なのは理解できる。
なんて感じで夏休みの寂しさを実感しながら、ぼくは交差点の向こうを見る。
麻衣はどうしたんだ?
いつもならこの時間には来ているはずだ。だけど今朝は姿を見ない。
夏風邪でもひいて今日はお休みかな。それならメッセージが届くはずなのに。それすらできないくらい具合が悪いのか?
それとも単に、今朝は早く登校したのかな、なんて考えていたら、
「ハッちゃん、彼女がやっと来たよ」
昭が交差点の向こうで信号待ちをしている麻衣を見つけた。
「ぼくらもう行くね。ハッちゃんは彼女と仲良く学校に行くんだよ」
生意気なセリフを残して、聡は仲間を引っ張るように小学校に向かって走り始めた。
「車に気をつけるんだよう」
後ろ姿に声をかけると、和人がふりむきざまに手をふった。
信号が変わって、麻衣が横断歩道を渡り始める。
あれ、様子がおかしくないか? なんだかぼうっとして、いつもの覇気がない。
夏風邪というのは当たっているのかもしれない。
「おはよう」
交差点を渡り切ったところで声をかけたけれど、麻衣はぼくに気づきもしないで素通りした。
「麻衣、おはようっ」
背中に向けて大声でもう一度挨拶すると、麻衣はおもむろに立ち止まり、ゆっくりとふりかえる。
「あ、ハヤト、いたんだ……」
麻衣はうつろな目でぼくを見た。
心ここにあらず。物思いにふけっているようにも見えるが、よく解らない。
「どうしたんだよ、ぼうっとして。麻衣らしくない。夏風邪でもひいた?」
「ん? べ、別になんでもないって」
落ち込んでいるわけでもなさそうだが、浮足立っているのとも違う。
でも何かあったのは間違いない。
いつもの麻衣に戻ってもらいたくて、ぼくはお盆に開かれる花火大会に誘った。
極上の笑顔を浮かべて「もちろん。今年もみんなで行こうね」と即答してくれるはずだ。
だけど今朝の麻衣はぼくから目をそらし、行き場のなくした視線を足元に落とす。
「……どうしたの?」
ぼくはだれにも聞こえないように、小さな声でつぶやいた。
麻衣はしばらく黙り込む。
まちがいない。断る口実を探しているんだ。
そして思った通り、
「……ごめん。今年はもう友だちと約束しちゃったの」
と、うつむいたまま小さな声で答えた。
小学校の高学年になってから、英嗣や麻衣も含めて同じ学年のみんなで毎年出かけていた。だから今年もみんなで一緒に行けるとばかり思っていた。
そういう意味では、麻衣の口から出た言葉は予想外の返事だ。
「そ、そうなんだ。約束してんじゃ、しかたないな」
ぼくは動揺を悟られまいと、作り笑顔で答える。
道すがら麻衣が「ごめんね」と繰り返す。その声がぼくの胸に刺さる。
悪いことをしたわけじゃないんだから、謝らないでほしいよ。もっと早くから計画を立てなかったぼくの落ち度なんだから。
なんとか平然を装い、何もなかったように会話をしながら学校まで行くと、また今朝も昇降口で倉田先輩と出くわした。
夏休みになってから遭遇率が高くないか?
「麻衣、おはよう」
「あ、お、おはようございます」
いつものあいさつを交わすふたり……のはずが、妙な違和感がある。おかしい。
ぼくはそれとなく倉田先輩に目を向ける。
やばい。いつかのように目があってしまった。
……あれ?
先輩はぼくに何かを言いかけたが、途中でやめ、代わりに意味ありげな笑みを浮かべる。
な、なんだ、今のは?
先輩はぼくに意味不明の笑顔を見せたのに、麻衣には挨拶以上の言葉をかけない。いつもなら肩を並べて楽しそうに歩くのに、今日の麻衣はうつむきながら、先輩の少し後ろをついていくように歩いていた。
この前までと空気が異なり、ぼくのほおがピリピリする。
緊張のあまり、触れたら感電しそうだ。
ふたりのあいだに何かがあったのは間違いない。麻衣たちの後ろ姿を見ながら、ぼくはそう確信した。
☆ ☆ ☆
「それはな。岡村が、たらしの倉田にフラれたからだぜ」
昇降口の出来事を部室で話すと、真っ先に口を開いたのは翔太だ。
「たらし」ってなんだよ。相変わらず言葉の端々に、倉田先輩への敵対心があふれていないか?
「えらく自信たっぷりだけど、そう断言する根拠ってあるの?」
ぼくはギターをケースから出しながら問いかけた。英嗣と優も楽器を準備する手を止めて、翔太を見る。
「おれのダチがな、倉田が女子とふたりでフードコートにいるところを見たんだ。私立の中学に進んだやつだけど、おれが倉田のせいでフラれたことを知ってて、情報を流してくれるんだよ」
「まるでストーカーだな。で、相手の女子はどこのだれなんだ?」
優があきれて口をはさんだ。
翔太はアメリカ人みたいに肩をすくめて答える。
「少なくともおれたちと同じ小学校出身じゃないな。ダチの知らない女子だったらしいし」
「くだらない。妹さんか姉さんだろう?」
「甘いなヒデ。倉田は一人っ子だ」
うわっ、翔太って倉田先輩のこと、詳しすぎる。そこまでライバルが気になっているのか。優の言う通り、ストーカーと変わらない。
「吹奏楽部ではすでに話題になってるのかもしれねえぜ。そのことが岡村の耳に入って、距離が生まれたに違いない。
ハヤト、チャンスだ! この機会を逃すなよ」
それはあるかもしれない。失恋を引きずった心情では、男子抜きで出かけたいかもしれない。
でもそんなこと考えず、ぼくに話してくれればいいのに。相談でも愚痴でも、麻衣の気のすむまで聞いてあげるよ。幼馴染だし、ぼくにとって麻衣はプリンセスなんだよ。
もしかしたら今日あたり連絡が入るかもしれない。そのときはすぐにかけつけなきゃ。いつでも麻衣を慰めるぞ。
地球のために何を頑張ればいいのか、今のぼくには解らない。でも麻衣の笑顔のためだったら、いくらでもがんばれる。
だが翌日からお盆で部活も休みになり、麻衣との接点が切れた。
そして期待に反して、連絡は一切入らなかった。
☆ ☆ ☆
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】Trick & Trick & Treat
須賀マサキ(まー)
青春
アルファポリス青春ジャンルで最高4位を記録しました。応援ありがとうございます。
バンド小説『オーバー・ザ・レインボウ』シリーズ。
ハロウィンの日。人気バンドのボーカルを担当している哲哉は、ドラキュラ伯爵の仮装をした。プロのボーカリストだということを隠して、シークレット・ライブを行うためだ。
会場に行く前に、自分が卒業した大学のキャンパスに立ち寄る。そこで後輩たちがゲリラライブをしているところに遭遇し、群衆の前に引っ張り出される。
はたして哲哉は、正体がバレることなく乗り切れるか?!
アプリを使って縦読み表示でお読みいただくことをお勧めします。
【完結】ライブ喫茶ジャスティのバレンタインデー
須賀マサキ(まー)
ライト文芸
今日はバレンタインデー。おれは自分の店であるライブ喫茶ジャスティを、いつものように開店した。
客たちの中には、うちでレギュラー出演しているオーバー・ザ・レインボウのバンドメンバーもいる。入れ代わり立ち代わり店にやってきて、悲喜交々の姿を見せてくれる。
今年のバレンタインデーは、どんなことが起きるだろう。
いずれにしても、みんなにとっていい一日になりますように。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる