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番外編

秘書 時田恵吾による 探し物の行方

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政治家にもよくいるだろう?
二番手だと名采配を揮えるのに、トップに立った途端精彩を欠くタイプ。

俺は、自分がその手のタイプだと随分前から気付いていた。
先頭に立って旗を振るよりも、その傍らで綿密に計画を練り、細々とした手配をするほうが向いている。
いわゆる宰相タイプとでもいおうか。
恐らく、もっと小さな企業であれば、社長の座についても何とか上手くやっていける。
しかし、森ホールディングスほどの巨体となると、話は別だ。
うっかりすると、どこか別のところから手を突っ込まれて掻き回されてしまうだろう。
三つ年下である従兄弟の豪胆な振る舞いや、ある種冷酷ともいえる言動や判断、にもかかわらず人を惹きつける様を目にするにつけ、旗振りには、つまりこういった資質が必要なのだという思いを強くした。

適材適所って言葉があるだろう?

そういうわけで、俺は早いうちから後継者争いから降り、瑞穂のサポートに徹する旨、公言している。
今回の騒動で、瑞穂はその資質を遺憾なく発揮したと思う。
後継者と目されていたとはいえ、何も準備も基盤もないところに単身乗り込んで、動揺したり足を引っ張ったりする勢力を実績をあげ力技で捻じ伏せた。
いやはや全く、よくやった、と褒めてやりたい。
そして、俺も、よく耐えた(笑)

――が。

そんな瑞穂の様子が……おかしい。
いや、正確に言えば、こっちに帰ってきた当初から、おかしかった。
そう、例えばそれは、メールの着信で解ける緊張。
俺に放り投げられたチョコレート。
あるいは、終わったパーティーの招待状。
一方的に切られた電話――
俺の獲物・・・・

――女だ。

あの・・瑞穂を本気にさせたのは、どんな女だ?



 * * *



社長は復帰を果たしたが、それでも瑞穂にシフトした業務はかなり多い。
それに伴って、俺も相変わらず多忙な日々を送っているのだが、先日とうとう、その好奇心を満足させる機会を得た。

「これを、あいつに渡してきてくれないか」

瑞穂が、綺麗にラッピングされた小さな包みを俺に差し出した。

「……忙しいんだよ、わかってるだろう? 送ったらいいじゃないか、宅配便で」

手元の書類を確認しながら、二人でいる時の気安さでそう言い捨てる。

「本当は、直接渡して開けたところを見たかった」

おいおい、何だか信じられないセリフを聞いた気がするぞ。
俺は、瑞穂に向き直った。

「でも、だめだ。直接はまだ動けない。変なリスクを負いたくない」

何だよ。
何、そんなに必死になっているんだ。

「……仕方ない。全く」

俺は、その包みを受け取った。

「俺の代わりに開けたところを見てきて欲しいんだ。恵吾じゃなきゃ、頼めない」

――瑞穂が狩ろうと必死になっているのは、どんな女だ?



 * * *



からりん、と音がして、背が高くすらりとした女が入ってきた。

いや、まさか。

眼鏡をかけて髪をきつくひとつに纏め、地味なグレーのスーツを着た女が俺の前で足を止めた。

「加藤です。お待たせしました」

俺は多分、一瞬表情を崩したのだ。
それを目に留めたのか、女はおかしそうに口元を歪めた。
もちろん好奇心もあったが、この機会に見極めるつもりでもあった。
将来、俺が守る男に足る女・・・・・・・・・なのか――
その価値がないとなれば、全力で阻止するまでだ。

何故ついて来なかった、と俺の若干責めるニュアンスを含めた問いに、少し淋しそうな表情を浮かべたものの、その女は瑞穂がそう望んだからだ、と切り返した。
瑞穂はひとりで遣り遂げなければならなかったはずだ、と、そしてそれは遂げられたはずだ、と言い切った。
俺の視線を自ら外すことは、最後までなかった。

切れる。

――そう。
諸々のことを連ねて考えるに、この女は、只者ではない。

瑞穂め。
どこで、見つけてきた。

ところが、瑞穂から預かった包みを渡し、その中身を目にした途端、その女の印象が一変した。
半ば呆然として見つめるものが何なのか、俺には最初わからなかったのだが。
少し震える指先でつまみ上げられた物を、かつて俺は一度目にしたことがあった。

――まさか、そういうことなのか?

メッセージカードを読むと、何やら呟き女は目を閉じた。
頼りなく、約束に縋るような姿がそこにはあった。
感情の激流にただ耐えているような。
意地が悪いが、俺はもうひと揺すりしてみた。
瑞穂に何を約束させたのか、と。

「約束させられたのよ……」

うっかり口にしてしまった本音、なのだろう、俺は思わず笑ってしまった。

参った……
そういうことならば、

「一年、大人しく待ってあげてください」

そう言うしかないだろう?
全く、片方だけしかピアスを渡さないなんて、何ていう担保の取り方をするんだか。
いや。
自分の目で、今のこの女の反応を見てみたいがゆえ、か。
席を立つ俺に、瑞穂へのプレゼントを託し、女が感情の揺れを振り払うようにして、

「一年しか待たない、って伝えてください」

そう言って微笑んだ。
――了解。



 * * * 



……気にしているのだろう。
聞きたくて仕方がないが、切り出せない。
そんな瑞穂の様子を、俺は暫く楽しんだ。
当たり前だ。
コイツの私用のために、忙しい仕事をやりくりしたんだから。
しかしとうとう我慢できずに、瑞穂が尋ねてきた。

「どうだった?」
「……お前は、バカか」
「何だと」
「あの手の物件は、逃げ足が早いか、他所に掻っ攫われる確率が高いんだ。何でもっとちゃんとツバをしっかりつけておくか、モノで縛るかしておかないんだ」
「……アレが、大人しく縛られるタイプに見えたか?」

俺は苦笑する。

「いや」

もっと色々聞きたそうだが、それはまた、この仕事が片付いてからだ。



 * * *



かつて一度。
瑞穂の様子がおかしくなったことがあった。
確か高校生くらいだったか。
それまで嫌々参加していた社交行事に、突如、積極的に参加し始めたのだった。
しかも、参加する前よりも後の方が機嫌が悪くなり、さらに、回を重ねるにつれ益々機嫌を悪くしていった。

「お前、何をしている?」

ピリピリした空気を纏って、パーティー会場を睥睨(まさに、そんな感じだった)している瑞穂に尋ねたことがある。

「探し物。俺としたことが、甘く見てしくじったのさ」

そして、手にしたビロードの小箱の蓋を、ピンと弾いて開いた。
中には、パールのイヤリングが一組納められていた。
一粒のパールの下側に、細かなダイヤが飾られ、そこから雫型のパールが下がっている。
パチ。
蓋を閉めて、瑞穂はズボンのポケットに突っ込んだ。

「みつからない」



 * * *



……なるほど。
これが、お前の探し物だったわけだ。

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