通りすがりの王子

清水春乃(水たまり)

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その一年のエピソード

それぞれの思惑

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「クリスマスパーティーの席で、ですか?」
「そうです」

瑞穂は、自分の席の前に座る白瀬に笑みを見せた。

「そこで正式に発表したいので、準備をお願いします」
「承知しました。では、早速手配します」

喜びを隠しきれぬ表情で白瀬は立ち上がり、部屋を急ぎ足で出て行く。
その様子を見ていた恵吾は、呆れたように言った。

「日本語の妙だな。主語と目的語が曖昧なままでも会話が成り立つ」
「誤解と思い込みでな」

瑞穂が、ニヤリとえくぼを浮かべる。

「邪な思いを持っているから、思考がそっちに流れる。自分の足元に、火がついていることにも気付かないでな」

社長が病気療養中、白瀬は小賢しく立ち回り決して表には出なかったが、若い未経験な後継者に対する重鎮の不安を煽り、積極的に協力させないことで瑞穂の足を引っ張っていた。
社内に動揺をもたらし、そこに付け込んで己が勢力の拡大を密かに目論み、更には社内をまとめることと引き換えに、縁戚を結ぼうとする野望も垣間見えた。
しかし、瑞穂と恵吾が昨年のクリスマスパーティーを力技で成功裡に終わらせてのち、明らかに風向きが変わり、更に年明けの社長復帰で瑞穂の立場は磐石となった。
今更、白瀬の力など必要ではない。
いや。
白瀬がどう信じようと、元々必要ではなかった。

――状況の変化をあの男は認めようとしない。

瑞穂は、眉を顰めた。
恵吾によれば、白瀬の娘が千速のところへ押しかけたらしい。
これ以上千速に手が伸びないよう、敢えて白瀬の誤解を利用しているが……
このまま、白瀬の好きなように振舞わせるつもりはなかった。
若い、経験不足、と侮るのならば、捻じ伏せるまで。
社内が動揺していた時に、敢えてそれを煽るような行動をした奴をそのまま使うほど、瑞穂も甘くない。
尻尾を捕まれていない、と思っているならば、見縊っている。
それでも手が出せない、と高を括っているのならば、思い知ればいい。
白瀬が馬脚を現すのを、瑞穂は冷静に待っているのだ。
不正な取引や、バックマージンの痕跡はある。
しかし森ホールディングスから放逐するには、明白な不正の証拠か、明らかな失態の現場を押さえるしかない。



 * * *



白瀬は、高揚していた。
身一つで、ここまで上り詰めることが出来たのは、根回しと策略と流れ・・を読み誤らない嗅覚があったからだ、と自負している。
しかし、どうしてもこれ以上権力の中枢へは近づけない。
社長が倒れるという好機に乗じて自分の勢力を拡大しようと目論んだが、後継者の瑞穂は思った以上に切れ者で、サポートに付いた従兄弟の時田も有能であった。
付け入る隙が、見当たらなかった。
自分が信じ込まされた以上に社長の回復は早く、色々と弄した策は不発に終わっている。
いや、むしろ、自分の暗躍が露見する危険さえあった。
だが。
と、白瀬はほくそ笑む。
まだまだ、若い、ということだ。
昨年、自分に「勝手な噂を流すな」と咎めた瑞穂が、今回のクリスマスパーティーで自分の娘、美月との関係を正式なものにすると言ったのだ。
社内を取りまとめるためには自分の協力が必要だと売り込み、縁戚に連なる野望は、すぐそこで達成されようとしている――
ところがパーティーが迫っても、娘は元より義父になるはずの自分にも何の約束もなく、表立った進展もない。
――まさか、なかったことに?
いや、パーティーまでは内密に進めるのだろう。
釈然としないものを感じつつ、不満を飲み込んでいたのだが。

今日、いよいよその表舞台に、娘共々上がることが出来る。
高揚した気分で、白瀬は会場の手配を点検していた。
発表時にはグラスとシャンパンだ、とその確認に出向こうとした時、受付にあの女をみつけた。
昨年、創立記念パーティーで瑞穂と共にいた女だ。

こんな時に、あんな女が現れたら――!

周囲の視線など構っていられなかった。
白瀬はその女の腕を乱暴に掴み、思いきり引っ張った。

「このあばずれがっ!」

転落の道へと一歩踏み出したことを自覚することもなく、白瀬は己の野心成就以外何も見えなくなっていた。
目の前の美しい女の、怯えることのない冴えた視線に、なおさら煽られるように手に力を込めた。

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