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その一年のエピソード
業務連絡 そして 業務命令
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書籍ではだいぶ省略された、「会えなかった一年」のエピソード。
若干手を入れてありますが、再掲載です。
********************************************
「スカイプとか?」
「アレが、仕事以外のことでパソコンに向かって話しているところなんて、想像できる?」
「ぶっ。ないね」
森瑞穂、突然の退職に、営業部はもとより社内は騒然となったが、整然と整えられた引継ぎの資料と、一身上の都合による突然の退職で迷惑をかけることを謝罪し、後を託すと記された一筆が残されただけで、詳細は語られなかった。
しかし、彼が実は森羅グループの後継者であり、そこに戻っていったという話は、その数日後に瞬く間に噂となって流れ、成程、あの態度といい能力といい、それは彼の企業の跡取りたる所以のものだったか、と皆を納得させたのであった。
千速は何人かから「知っていたの?」と興味本位に尋ねられたが、曖昧に微笑んで「私もビックリ」と答えると、やっぱりね、という顔で皆引き下がっていった。
千速を煩がらせた、瑞穂の取り巻きからの嫌がらせも、ぱたりと止んだ。
――去るものは日々に疎し。
多忙な日常に紛れ、やがて、それは過去の話題となっていった。
例によって、月曜の社員食堂である。
パソコンに向かって甘い言葉を吐く森瑞穂――実里は悶えて笑っているが、千速は目を伏せて肩を竦めた。
「そもそも、そんな時間が瑞穂には殆ど無いみたいだし、お互いの時間を合わせることも、難しいもの」
実里が笑いを納め、気遣わしげに尋ねる。
「連絡もなし?」
千速はちらり、と視線を上げて返した。
「……業務連絡のこと?」
「……」
あ、連絡は一応取れているのね、と実里は苦笑いした。
業務連絡程度ではあるが、それでもほぼ毎日、瑞穂からメールは届いた。
どこそこに居る、とか、何を食べた、とか、何を見た、とか。
それからわかるのは、国内外を問わず、もの凄い過密スケジュールで動いている、ということだ。
瑞穂が桜井コーポレーションを去って、約二ヶ月。
……きちんと、休めているのだろうか。
一方、業務連絡があってもなくても、千速は毎日コンスタントにメールを送っている。
内容は、業務連絡に毛が生えたようなもの。
それでもそれは、二人を繋ぐ、目に見えるたったひとつのものだと思ったから。
お互いの存在を確かめ合う、簡潔すぎる内容のメール。
読む人がいたとしても、これが恋人同士のやりとりとは、思いもしないだろう。
「……会いに行けばいいのに」
そんなに、淋しそうな顔をするくらいなら、と実里は思う。
千速は首を横に振る。
「行かない。まだ、瑞穂の立場は万全じゃないもの。何が原因で足元を掬われるかわからない」
「そんなもの?」
「そんなもの」
ふーん、と実里は納得しがたそうに相槌を打ち、「じゃあ、そんな顔するな」と、千速の額を指で弾いた。
「忙しい毎日を過ごす合間に、律儀に業務連絡を送るオトコ心にもっと自信を持ったら?」
額を押さえて千速が目を瞬き、くすりと笑う。
「業務連絡なのに?」
「それ以上のモノが送られてきた暁には、是非、私にも見せるように」
実里がニヤリと笑って言い、「「ありえなーい」」と、二人で笑い転げた。
* * *
瑞穂は多忙を極めていた。
父は数ヶ月で社長復帰の予定ではあるが、滞らせるわけには行かない取引も多い。
しかも、社内においても社外においても、名代として動く瑞穂の足元を見るような扱いや、力量を試すような駆け引きがあった。
それらを力で捻じ伏せながら、ひたすら前に進む。
程度の差こそあれ、いずれこれらの状況には直面しなければならなかったはずだ。
それが、少しばかり早まっただけ――
緊張を強いられる毎日を、どうにかこなしている。
とはいえ、社内の動揺は治まりつつあり、情勢を掌握しつつあるといってもよかった。
そしてまた、フォレストグループのクリスマスパーティーも、例年通り開催された。
社長名代として瑞穂が立ち、陣頭指揮を執る。
わずか二ヶ月であるが、実績を積み、名実共にその存在を後継者として認められつつあった――
本来ならば、千速を連れて参加するはずだったパーティーの後。
瑞穂は既に終わってしまったパーティーの招待状に、『来年は一緒に』と書き記し、封筒に入れた。
封筒を秘書であり、従兄弟でもある 時田 恵吾に渡す。
「出しておいてくれ」
そう言うと、恵吾は怪訝そうな表情を浮かべる。
「終わった後なのに?」
それから彼は、宛名をちらりと見て眉を上げた。
「そうだ」
「……了解」
この三つ年上の従兄弟は、自らも後継者たる資格があるにもかかわらず、「俺は、一番より二番手の方が実力を発揮できるタイプだ」と言って、早い段階から瑞穂のサポートに回ることを公言していた。
瑞穂の父が倒れたことによる突然の混乱にも、すぐさま瑞穂の元に赴き、そのフォローに奔走した。
二ヶ月で、ここまで情勢を掌握できたのも、彼のお陰だ。
多忙な瑞穂と常に行動を共にし、自らも多忙を極めている。
「ところで、瑞穂。パーティーの無事成功、おめでとう」
「いや。恵吾や協力してくれた皆のお陰だ」
満足そうに笑う恵吾に、瑞穂もふっと笑みを浮かべる。
笑みは、次第にニヤリとしたものに変わっていき、取り繕った雰囲気は消えうせた。
「あの、爺どもの苦々しい顔を見たか?」
「散々足を引っ張った上に、成功を収められて、自分たちの存在意義を失った」
ククク、と恵吾が笑う。
「あーすっきりした」
一緒に車に乗り、心地よい疲労感と共に帰宅の途につくと、瑞穂のスマートフォンにメールが着信した。
『仕事納めの日に部の忘年会があるの。今年はホテルで立食パーティーだって』
千速からの定期連絡だ。
車内でメールを確認した瑞穂は眉を顰め、いきなり電話をかけ始めた。
隣に座った恵吾が、おや? というようにとこちらを見たのがわかったが、気にしなかった。
「――俺だ。酒は飲むな」
『久方ぶりに聞く第一声がそれなの? お久しぶり、瑞穂。元気かしら?』
「……」
『それに、お忘れかもしれないけれど、お酒の限度は仕込まれていますから』
「仕込まれていてもだ。自覚がなくても、お前は酔っているだろうが」
『……そうだったかしら?』
瑞穂はちっと舌打ちする。
「今までは俺が目を光らせていた」
『そうなの? でも、須藤君もいるし』
「あいつじゃ、頼りにならないだろうが」
「……瑞穂。着くぞ」
『あら、移動中なのね? 大丈夫よ、心配しないでも。いつもの忘年会ですもの。じゃあね』
プツン、と切れたスマートフォンを瑞穂は睨み、再び別のナンバーに電話をかけ始めた。
「誠さん? 瑞穂です。仕事納めの日に部の忘年会があるとか。誠さんも、営業管轄の役員だから出ますよね?」
イライラと指で膝を叩く瑞穂を見て、恵吾は益々興味を引かれたようだ。
「いや、そうじゃなくて。行けませんよ、多分ドイツに行ってる。実は、依頼したいことがあって。加藤のことです――」
瑞穂の実家の前に、車は停められた。
通話を続けたまま恵吾の方を向き、じゃあ、明日、と片手を挙げ、瑞穂は車を降りた。
* * *
「それで、何でこんな側にべったりなんですか? お守りが必要な年齢じゃないんですから。いいですよ、ほら、他の方々と美味しいお酒を召し上がって来て下さい」
千速がウンザリした声で語った相手は、久世課長だ。
毎年恒例の部の忘年会。
成績優秀者の表彰があったりで、周囲は盛り上がっている。
「……俺も、是非ともそうしたいところだが、引継ぎが来るまでは責任があるからな」
「引継ぎ?」
先日、久々に瑞穂から電話が来たと思ったら、第一声が「酒を飲むな」であった。
ふんっ! と千速は思う。
業務連絡の次は、業務命令ですか。
私は、瑞穂の部下じゃありませんから。
ええ、ええ、美味しくワインを頂きますとも!
手にしたワイングラスを傾けようとすると、サッと横から手が出てきて止められた。
「?」
手の主を見ると、桜井常務であった。
「……常務?」
「遅いっ! 俺の酒が無くなる。ほれ、姫は無事引き継いだぞ」
久世は唸るように言うと、人混みに紛れていった。
「あの?」
「依頼があってね」
ニンマリ笑って桜井が言った。
「いやー。楽しい。実に、楽しい。何と、俺に女の見張りを頼んだ奴がいるんだ。『酒を飲ませるな』だとさ」
それから、背後に立った実里を振り向く。
「というわけで、ここからは谷口に交代。お前、よく見張っておけよ。全く俺まで巻き込んで、何なんだこれは。加藤君は酒乱の気でもあるのか?」
千速のこめかみに筋が立った。
「……あいつめー」
ぽん、と千速の肩を叩いた実里が、
「そういうわけで、じゃ、美味しいもの漁りに行こうか?これは――」
と言って、手にしていたワイングラスを取り上げた。
「ウーロン茶あたりに変更ってことで」
そして、千速に身を摺り寄せると囁いた。
「業務連絡程度とかあっさりしてるなー、って思っていたけど、もの凄い独占欲の一端を垣間見た気がするわ。いやー、わかってはいたけど、エライのに目を付けられちゃったねぇ、うっふっふ」
「何なのよ、もう」
膨れる千速を引き摺って、実里はブッフェコーナーに繰り出し、それとなく近寄ってくる男共を、これまたそれとなく遠ざけ、八面六臂の活躍をしたのであった。
「今度、何か驕らせなきゃねー」とハミングしながら。
若干手を入れてありますが、再掲載です。
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「スカイプとか?」
「アレが、仕事以外のことでパソコンに向かって話しているところなんて、想像できる?」
「ぶっ。ないね」
森瑞穂、突然の退職に、営業部はもとより社内は騒然となったが、整然と整えられた引継ぎの資料と、一身上の都合による突然の退職で迷惑をかけることを謝罪し、後を託すと記された一筆が残されただけで、詳細は語られなかった。
しかし、彼が実は森羅グループの後継者であり、そこに戻っていったという話は、その数日後に瞬く間に噂となって流れ、成程、あの態度といい能力といい、それは彼の企業の跡取りたる所以のものだったか、と皆を納得させたのであった。
千速は何人かから「知っていたの?」と興味本位に尋ねられたが、曖昧に微笑んで「私もビックリ」と答えると、やっぱりね、という顔で皆引き下がっていった。
千速を煩がらせた、瑞穂の取り巻きからの嫌がらせも、ぱたりと止んだ。
――去るものは日々に疎し。
多忙な日常に紛れ、やがて、それは過去の話題となっていった。
例によって、月曜の社員食堂である。
パソコンに向かって甘い言葉を吐く森瑞穂――実里は悶えて笑っているが、千速は目を伏せて肩を竦めた。
「そもそも、そんな時間が瑞穂には殆ど無いみたいだし、お互いの時間を合わせることも、難しいもの」
実里が笑いを納め、気遣わしげに尋ねる。
「連絡もなし?」
千速はちらり、と視線を上げて返した。
「……業務連絡のこと?」
「……」
あ、連絡は一応取れているのね、と実里は苦笑いした。
業務連絡程度ではあるが、それでもほぼ毎日、瑞穂からメールは届いた。
どこそこに居る、とか、何を食べた、とか、何を見た、とか。
それからわかるのは、国内外を問わず、もの凄い過密スケジュールで動いている、ということだ。
瑞穂が桜井コーポレーションを去って、約二ヶ月。
……きちんと、休めているのだろうか。
一方、業務連絡があってもなくても、千速は毎日コンスタントにメールを送っている。
内容は、業務連絡に毛が生えたようなもの。
それでもそれは、二人を繋ぐ、目に見えるたったひとつのものだと思ったから。
お互いの存在を確かめ合う、簡潔すぎる内容のメール。
読む人がいたとしても、これが恋人同士のやりとりとは、思いもしないだろう。
「……会いに行けばいいのに」
そんなに、淋しそうな顔をするくらいなら、と実里は思う。
千速は首を横に振る。
「行かない。まだ、瑞穂の立場は万全じゃないもの。何が原因で足元を掬われるかわからない」
「そんなもの?」
「そんなもの」
ふーん、と実里は納得しがたそうに相槌を打ち、「じゃあ、そんな顔するな」と、千速の額を指で弾いた。
「忙しい毎日を過ごす合間に、律儀に業務連絡を送るオトコ心にもっと自信を持ったら?」
額を押さえて千速が目を瞬き、くすりと笑う。
「業務連絡なのに?」
「それ以上のモノが送られてきた暁には、是非、私にも見せるように」
実里がニヤリと笑って言い、「「ありえなーい」」と、二人で笑い転げた。
* * *
瑞穂は多忙を極めていた。
父は数ヶ月で社長復帰の予定ではあるが、滞らせるわけには行かない取引も多い。
しかも、社内においても社外においても、名代として動く瑞穂の足元を見るような扱いや、力量を試すような駆け引きがあった。
それらを力で捻じ伏せながら、ひたすら前に進む。
程度の差こそあれ、いずれこれらの状況には直面しなければならなかったはずだ。
それが、少しばかり早まっただけ――
緊張を強いられる毎日を、どうにかこなしている。
とはいえ、社内の動揺は治まりつつあり、情勢を掌握しつつあるといってもよかった。
そしてまた、フォレストグループのクリスマスパーティーも、例年通り開催された。
社長名代として瑞穂が立ち、陣頭指揮を執る。
わずか二ヶ月であるが、実績を積み、名実共にその存在を後継者として認められつつあった――
本来ならば、千速を連れて参加するはずだったパーティーの後。
瑞穂は既に終わってしまったパーティーの招待状に、『来年は一緒に』と書き記し、封筒に入れた。
封筒を秘書であり、従兄弟でもある 時田 恵吾に渡す。
「出しておいてくれ」
そう言うと、恵吾は怪訝そうな表情を浮かべる。
「終わった後なのに?」
それから彼は、宛名をちらりと見て眉を上げた。
「そうだ」
「……了解」
この三つ年上の従兄弟は、自らも後継者たる資格があるにもかかわらず、「俺は、一番より二番手の方が実力を発揮できるタイプだ」と言って、早い段階から瑞穂のサポートに回ることを公言していた。
瑞穂の父が倒れたことによる突然の混乱にも、すぐさま瑞穂の元に赴き、そのフォローに奔走した。
二ヶ月で、ここまで情勢を掌握できたのも、彼のお陰だ。
多忙な瑞穂と常に行動を共にし、自らも多忙を極めている。
「ところで、瑞穂。パーティーの無事成功、おめでとう」
「いや。恵吾や協力してくれた皆のお陰だ」
満足そうに笑う恵吾に、瑞穂もふっと笑みを浮かべる。
笑みは、次第にニヤリとしたものに変わっていき、取り繕った雰囲気は消えうせた。
「あの、爺どもの苦々しい顔を見たか?」
「散々足を引っ張った上に、成功を収められて、自分たちの存在意義を失った」
ククク、と恵吾が笑う。
「あーすっきりした」
一緒に車に乗り、心地よい疲労感と共に帰宅の途につくと、瑞穂のスマートフォンにメールが着信した。
『仕事納めの日に部の忘年会があるの。今年はホテルで立食パーティーだって』
千速からの定期連絡だ。
車内でメールを確認した瑞穂は眉を顰め、いきなり電話をかけ始めた。
隣に座った恵吾が、おや? というようにとこちらを見たのがわかったが、気にしなかった。
「――俺だ。酒は飲むな」
『久方ぶりに聞く第一声がそれなの? お久しぶり、瑞穂。元気かしら?』
「……」
『それに、お忘れかもしれないけれど、お酒の限度は仕込まれていますから』
「仕込まれていてもだ。自覚がなくても、お前は酔っているだろうが」
『……そうだったかしら?』
瑞穂はちっと舌打ちする。
「今までは俺が目を光らせていた」
『そうなの? でも、須藤君もいるし』
「あいつじゃ、頼りにならないだろうが」
「……瑞穂。着くぞ」
『あら、移動中なのね? 大丈夫よ、心配しないでも。いつもの忘年会ですもの。じゃあね』
プツン、と切れたスマートフォンを瑞穂は睨み、再び別のナンバーに電話をかけ始めた。
「誠さん? 瑞穂です。仕事納めの日に部の忘年会があるとか。誠さんも、営業管轄の役員だから出ますよね?」
イライラと指で膝を叩く瑞穂を見て、恵吾は益々興味を引かれたようだ。
「いや、そうじゃなくて。行けませんよ、多分ドイツに行ってる。実は、依頼したいことがあって。加藤のことです――」
瑞穂の実家の前に、車は停められた。
通話を続けたまま恵吾の方を向き、じゃあ、明日、と片手を挙げ、瑞穂は車を降りた。
* * *
「それで、何でこんな側にべったりなんですか? お守りが必要な年齢じゃないんですから。いいですよ、ほら、他の方々と美味しいお酒を召し上がって来て下さい」
千速がウンザリした声で語った相手は、久世課長だ。
毎年恒例の部の忘年会。
成績優秀者の表彰があったりで、周囲は盛り上がっている。
「……俺も、是非ともそうしたいところだが、引継ぎが来るまでは責任があるからな」
「引継ぎ?」
先日、久々に瑞穂から電話が来たと思ったら、第一声が「酒を飲むな」であった。
ふんっ! と千速は思う。
業務連絡の次は、業務命令ですか。
私は、瑞穂の部下じゃありませんから。
ええ、ええ、美味しくワインを頂きますとも!
手にしたワイングラスを傾けようとすると、サッと横から手が出てきて止められた。
「?」
手の主を見ると、桜井常務であった。
「……常務?」
「遅いっ! 俺の酒が無くなる。ほれ、姫は無事引き継いだぞ」
久世は唸るように言うと、人混みに紛れていった。
「あの?」
「依頼があってね」
ニンマリ笑って桜井が言った。
「いやー。楽しい。実に、楽しい。何と、俺に女の見張りを頼んだ奴がいるんだ。『酒を飲ませるな』だとさ」
それから、背後に立った実里を振り向く。
「というわけで、ここからは谷口に交代。お前、よく見張っておけよ。全く俺まで巻き込んで、何なんだこれは。加藤君は酒乱の気でもあるのか?」
千速のこめかみに筋が立った。
「……あいつめー」
ぽん、と千速の肩を叩いた実里が、
「そういうわけで、じゃ、美味しいもの漁りに行こうか?これは――」
と言って、手にしていたワイングラスを取り上げた。
「ウーロン茶あたりに変更ってことで」
そして、千速に身を摺り寄せると囁いた。
「業務連絡程度とかあっさりしてるなー、って思っていたけど、もの凄い独占欲の一端を垣間見た気がするわ。いやー、わかってはいたけど、エライのに目を付けられちゃったねぇ、うっふっふ」
「何なのよ、もう」
膨れる千速を引き摺って、実里はブッフェコーナーに繰り出し、それとなく近寄ってくる男共を、これまたそれとなく遠ざけ、八面六臂の活躍をしたのであった。
「今度、何か驕らせなきゃねー」とハミングしながら。
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