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第6話
6-12
しおりを挟む囲場には丑の刻過ぎに到着し、昂呀の世話を護衛らに任せた翠玲は、天幕へ仁瑶を連れていく。
近づいてくる足音に気づいたのか、入り口の垂れ布をめくるより先に永宵が出てきた。
「哥哥、大丈夫?」
帝君としての威厳ある姿とは一転、永宵は仁瑶の前でだけ見せる弟らしい振る舞いで駆け寄ってくる。仁瑶を横抱きにしている翠玲に眉を跳ねあげたものの、かまわず仁瑶に手を差し伸べた。
たぶん、永宵は自分が仁瑶をかかえるつもりだったのだろう。
けれど仁瑶は、触れようとした永宵の手から顔を背けた。
常ならばあり得ない態度に、永宵は思わずといったふうに翠玲を一瞥し、すぐに気遣うように言った。
「ごめんなさい、疲れているよね。湯を沸かしてあるから、身を清めてゆっくり休んで。翠玲は余に報告を」
「はい」
首肯しながら、永宵の目ににじむ苛立ちに苦笑する。
帝位につく者は往々にして独占慾が激しい。永宵は、ただひとりの兄を翠玲に取られたように感じたのだろう。
救出する役目を譲ってもらったのだから、ここは甘んじて文句を受けよう。
そう思いつつ、仁瑶の躰を紅春に預けようとした時だった。
仁瑶の手が、翠玲の肩にしがみつく。力が入らないようで、そこまで強く爪をたてられたわけでもなかったが、予想だにしない事態に翠玲は目をまるくした。
仁瑶を見れば、紫紺の瞳が必死な色を湛えている。
「っ……いかないでくれ」
一瞬、翠玲はおのれの耳を疑った。
答えに詰まった翠玲に突き放されると思ったのか、仁瑶はなおも手を動かし、翠玲の身に縋りついてくる。
先刻の恐怖がまだ残っているのだろう。助け出したあと、ずっと翠玲が傍にいたから離れがたく思っているだけで、仁瑶のことを考えるのなら紅春に託したほうがよいとわかっている。
わかっているが、翠玲はおのれに縋ってくる仁瑶を他の誰にも渡したくなかった。
不安そうにこちらを見あげてくる仁瑶に、翠玲は微笑んで頬を寄せる。そうして、甘やかすように尋ねた。
「では、わたしが仁瑶様の湯浴みのお世話をいたしましょうか。帝君、報告は紅春に任せてもよろしゅうございますね?」
ここまで言えば拒まれるかとも思ったけれど、仁瑶はそれでよいとばかりに翠玲に身を寄せてくる。
視線をやれば、永宵は胡乱げな顔をした。
「かまわないが、……おまえ、弱っている哥哥に妙な真似はするなよ」
「もちろんです」
永宵はどこか胡散臭そうに目を細めた。それでも、翠玲が仁瑶の嫌がることはけしてしないと信用してくれているのだろう。紅春を連れて天幕を出ていった。
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