62 / 100
第5話
5-13
しおりを挟む颯憐の言わんとするところを察し、仁瑶は言葉の続きを避けるように溜息をつく。
「腹ごなしに、私も少し狩りをしてきてよろしいですか。妻に持って帰りたいので」
「……かまわないが、遠くへは行くなよ。迷子になってしまうやもしれぬ」
「気をつけます」
肩をすくめ、仁瑶は花純に跨った。矢筒を持つ紅春を伴い、颯憐たちからさほど遠くない場所で獲物を探す。
草影から兎と雉が姿を現したが、仁瑶は目で追うだけに留めた。
「仁瑶様」
狩りをと言いつつなにも獲ろうとしない仁瑶に、紅春が首を傾げる。
「……兎も雉も、翠玲は喜ばないだろう」
呟けば、紅春はますますわけがわからなそうに眉を跳ねあげた。
仁瑶は薄く笑みを刷く。
「太子殿下の言う通りだ。好きでもない相手をあてがわれて、可哀想に」
今頃、翠玲は永宵とふたりで楽しく過ごしているのだろう。もしかしたら、あの苺水を飲んでいるのかもしれない。永宵は甘いものが好きだから、喜んでいるのではないだろうか。
仁瑶はくちびるを噛む。
どうしてこんなにもみじめな心地がするのか。
こんなことなら、翠玲と出逢う前に適当な相手のもとへ嫁いでしまえばよかった。そうしたら、恋情に振り廻されることもなかったはずだ。
脳裏に浮かんだ考えに、否と首を振る。
たとえ他の誰かと婚礼をすませていても、翠玲を一目でも見てしまえば同じようになっていただろう。おのれの心がどうしてこれほど恋着するのかわからないけれど、どのような形で出逢っても、仁瑶は翠玲を求めるに違いない。
「仁瑶様、それほど気にしておいでなら、一度王妃様ときちんとお話なさってはいかがですか」
黙り込んだ仁瑶に、紅春が控えめに声をかけてくる。
「お心に巣食う憂いもお悩みも、すべて王妃様に打ち明けたらようございましょう。あのかたは、」
言い募ろうとした紅春を、仁瑶は手で制した。
木立の奥から妙な足音が複数聞こえる。颯憐かとも思ったが、馬蹄の音はしない。
「……なにか来る」
顔を見合わせた刹那、近くの樹に矢が当たった。鏃が幹を穿つ音に花純が嘶き、仁瑶と紅春は急いで近くの林へ逃げ込む。
木々を盾にしながら草むらを駆け、時折紅春が矢を射返した。
小川から仁瑶たちのいた場所まで、視界はほとんど開けている。それなのに颯憐が助けに来ないということは、すでに倒されているか、曲者が琅寧の人間であるかのどちらかだ。
仁瑶は佩いていた剣を抜き、花純めがけて飛んできた矢を払い落とす。
「私が相手になりますから、どうぞお逃げください」
言うや否や、紅春は花純の尻を叩いた。驚いた花純が駆け出すと同時に、匕首を手にした紅春が来た道へ戻っていく。
「紅春、待て!」
叫んだものの、紅春の影は木々の向こうへかき消えてしまった。
1
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ちょろぽよくんはお友達が欲しい
日月ゆの
BL
ふわふわ栗毛色の髪にどんぐりお目々に小さいお鼻と小さいお口。
おまけに性格は皆が心配になるほどぽよぽよしている。
詩音くん。
「えっ?僕とお友達になってくれるのぉ?」
「えへっ!うれしいっ!」
『黒もじゃアフロに瓶底メガネ』と明らかなアンチ系転入生と隣の席になったちょろぽよくんのお友達いっぱいつくりたい高校生活はどうなる?!
「いや……、俺はちょろくねぇよ?ケツの穴なんか掘らせる訳ないだろ。こんなくそガキ共によ!」
表紙はPicrewの「こあくまめーかー😈2nd」で作成しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる