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第5話
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しおりを挟む朝餉を終えた頃、颯憐の遣いが天幕を訪れた。帝君から囲場の外へ出る赦しを得たので、遠乗りに行こうという。
昨夜の醜態ゆえ、このまま翠玲の傍にいるのも憚られる。仁瑶は迷いつつも、颯憐の誘いを受けることにした。
翠玲のもとへも永宵の遣いが来ていたので、今日もまたふたりで狩りをするのだろう。胸中に涌いた苦みを誤魔化し、仁瑶は支度をすませて天幕を出た。
護衛は琅寧の武官たちが担うというので、仁瑶は紅春だけを伴う。
囲場の外には広大な森が広がっており、そこを馬で抜けるだけでも一時辰ほどを要した。そうして木立ちの群れが途切れがちになってくると、目の前にひらけた大地が覗く。
風の音にまじり、かすかなせせらぎの音も聞こえた。
「案内したい場所までもう暫くかかる。少し馬を休めよう」
颯憐の言葉に頷いて、一行は近くの小川へと馬首を向けた。小川の傍には可憐な花々がいくつも咲き乱れ、風が舞うたびに花びらを散らしている。
蜜に誘われていた蝶が不意に花純の鼻先にとまり、ふるりと首を振れば今度は頭の上で翅をひらめかせた。
「可愛らしいな、花純。髪飾りをつけたようだぞ」
颯憐が声をかけると、花純は満更でもなさそうに鼻を鳴らした。
仁瑶と数名の護衛が馬に水を飲ませている間に、颯憐は弓を取り、雉や鴨などを仕留めてきた。
護衛が炉をつくり、捌いた肉を炙っていく。持参した塩と香辛料を使っただけの簡単な料理だったが、ひと口かじっただけで香ばしい味がひろがり、美味しかった。
地面に敷いた布の上に、炙り肉の他、果実酒と黒麦の面包も並べられた。
颯憐は果実酒を飲みながら、肉を食べている仁瑶へ笑みを向けてくる。
「囲場も素晴らしいが、こうして自然の中を駆け廻るほうがより自由を感じられると思わないか」
「殿下はそうでしょうね」
「阿仁は違うと?」
仁瑶は黙ったまま肉を飲み込む。
「王族になど生まれるものじゃない。金の獄に繋がれ、子をつくれと好きでもない相手をあてがわれる日々のどこに自由がある? 愛するひとりだけを娶って幸せに暮らすことのできる民のほうが、よほど自由で幸福だ」
涼やかな東風が髪を揺らす。さやめく花々が甘い匂いを漂わせ、鼻腔をくすぐった。
「すでに生を受けてしまったのに、今更生まれを嘆いても詮無いことでしょう」
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