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第5話
5-8
しおりを挟む「ご心配にならずとも、仁瑶様は王妃様を嫌ってはおられません」
宥めるように告げられ、翠玲は口籠る。
嫌われていなくとも、好かれてもいないのなら同じだと思った。
それに、仁瑶がどこまで紅春に本音を話しているかもわからない。ふくれあがる猜疑心に自分でも呆れかけた時、ふと、腕に抱いた躰が妙に熱っぽく感じた。
酔いで火照ったというよりも、発熱しているといってよいかもしれない。
翠玲は慌てて紅春を振り仰ぐ。
「紅春、宋太医を呼んできてくれ。仁瑶様のご様子が変だ」
「はい」
頷いた紅春が太医たちの天幕へ向かう。
翠玲も急いで戻り、華桜と燕児に命じて湯や薬湯の準備をさせた。
牀榻に仁瑶を寝かせると、木蓮の香りがいっそう濃くなった気がした。心なしか、呼吸も浅く速いものになっているように見える。
(もしかして、発情期が来てしまったのだろうか)
元宵節の夜以降、翠玲は仁瑶の迷惑にならぬよう、遠巻きに行動していた。そのせいもあってか、夫君の体調に気を配るのも妻の務めであるのに、仁瑶の発情の周期がどうなっているのかわからない。普段どんなふうに発情に対処していたのかすら知らなかった。
翠玲はとにかく抑制薬を煎じてくるよう、控えていた桃心に命じた。
「誰にも気づかれぬよう、細心の注意を払ってくれ。それから、燕児は天幕の外で蓬を焚いてほしい」
「はい」
「翠玲様、どうして蓬を?」
「匂い消しだ。天幕に燃え移らぬよう気をつけて行いなさい。もしなにか訊かれたら、蚊やりだと答えればいいから」
首をかしげた燕児にそう言えば、どういう意味か察してくれたらしい。
足早に出ていくふたりと入れ違いに、紅春に連れられた宋太医が入ってきた。
宋太医はすぐに仁瑶を脈診し、ひとしきり診察してから曖昧に言う。
「仁瑶様は、……強いお酒を召しあがりすぎたのでしょう。お躰が酒精を受けつけられず、お熱を出されたようです」
「肌香が出ているのに、発情ではないと?」
間違いなく発情の症状ではないのかと訴える翠玲に、宋太医は困ったふうに眉を寄せた。
「紅春太監」
「仁瑶様の発情の周期は、今月ではありません」
「脈診からも、発情の気配は窺えませんでした。お疲れもあったのでしょう。目を覚まされましたら、酔い覚ましの薬湯を飲ませて差しあげてください」
薬材を用意しようとする宋太医に、翠玲は蛾眉をひそめた。
「仁瑶様が発情しているわけではないと、どうして言い切れる? 確かに肌香は強くないが、敏感な者がこの天幕に近づけば気づくほどには漏れているんだぞ」
「それは、……」
宋太医は言い淀み、助けを求めるように紅春を見やる。
紅春は暫く黙っていたものの、やがて静かに長息した。
「申し訳ありませんが、紀太監がたは退出していただけますか。仁瑶様に関わることですので、王妃様にだけお伝えしたいのです」
翠玲は華桜たちに目配せする。三人が拝辞するのを待ってから、紅春は躊躇いがちに口を開いた。
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