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第5話
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しおりを挟むふんわりと木蓮の香が漂う。
周辺の木々ではなく、腕の中の存在から香る甘やかな匂いに、翠玲は落ち着かない心地がした。
「……仁瑶様」
どれほど酒を召したのか、仁瑶は呼びかけても目を覚まさなかった。
無防備な姿で寄りかかっていたところを見るに、兄太子に対してさほどの悪感情を持っているわけではないのだろうか。
胸裡に嫌な予感がよぎる。
なぜ颯憐の求婚に応えないのかと問うた時、仁瑶は後宮での諍いに加わるのが嫌だと言っていた。
(帝位につく者の情など、この世で最も信用ならないとも……)
それは翻せば、颯憐の情がいつか失せるのを恐れているということではないのだろうか。
颯憐が仁瑶だけを愛していても、太子の務めとして、他の妃と夜伽をしないわけにはいかない。肌を重ねていれば、そのうちに情が湧くこともあるだろう。万が一にも、颯憐に裏切られるのが嫌で、仁瑶は婚姻を避けたのではないのか。
「っ――」
胸を刺すような痛みを感じ、翠玲は顔を歪める。
渡したくない。たとえそれが仁瑶の望みであろうと、颯憐にも、誰にも、伴侶の座を譲りたくない。
ねばついた妬心がこみあげてきて、息苦しいほどだ。
翠玲はたまらず、華桜とともに控えている紅春を振り返った。
「なにか」
視線に気づいた紅春が軽く傾首する。
翠玲は言葉を探るようにくちびるを動かす。
「その、……仁瑶様は、兄上のことをどう思っていらっしゃるのか」
「琅寧の太子として尊重していらっしゃいます」
思いがけずきっぱりと答えられ、翠玲は狼狽えた。
「それだけか? 恋心をお持ちなのでは?」
「仁瑶様は王太子にそのような感情をお持ちではありません。もしそうなら、王妃様とのご婚姻も承諾なさらなかったはずです」
紅春はまっすぐ翠玲を見据えており、嘘をついているようには見えなかった。
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