皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第4話

4-10

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 息を呑んだ翠玲に、仁瑶は静かに続ける。
「夫婦になったとはいえ、仮初のものだ。私にかまわず、あなたの好きなように過ごしなさい」
 翠玲はなにか言おうとしたものの、くちびるがふるえただけだった。
 どうしてよいかわからなくて、立ち尽くしたまま仁瑶を見つめることしかできない。
「春になれば、帝君が狩りに向かわれる。あなたの同行も許可されたから、準備しておくといい」
 翠玲はやっとのことで頭を振った。
 どうして今、永宵の話が出てくるのか。
「っ……狩りには仁瑶様も出向かれるのですよね。仮初なのだとしても、わたしは仁瑶様の妻です。同行するのなら、仁瑶様のお傍でお仕えします」
「必要ありません」
「仁瑶様がわたしに怒っておられるのはわかっています。慾に任せて無礼を働いたのですから、憎まれて当然です。ですが、挽回の機会もいただけないのですか?」
「怒ってなどいません。発情時の衝動は耐えがたいものですし、あの時のことは仕方ないものだと私もわかっています。だからどうか、翠玲殿も気になさらないでください」
 突き放すような口調で告げられ、翠玲はあたたかかった胸の奥が冷えていくのを感じた。
「なら、……っどうして、今日は」
 あんなにもやさしくしてくれたのだろうか。
 甘やかな微笑みを向けて、大切なものでも扱うかのように接してくれたのだろうか。
「あなたが、妻としての務めを果たしたがっていたから。今宵だけ夫として振る舞っただけです」
「っ――」
「私の役目は、転化したあなたが後宮の外で自由に生きられるようにすることだ。婚姻したからといって、番になることまで強要する気はありません。まして、妻の務めを果たせと求めるつもりもない。私のことも、夫と思っていただかなくて結構です。だからどうか、放っておいてください」
 仁瑶はそう言うと、翠玲にかまわず歩き出す。王府の門をくぐり、姿が見えなくなってしまうまで、こちらを振り返りもしなかった。
「ぁ、あ……」
 ひとり取り残されて、翠玲はようやく喉をふるわせる。
 なにもかも、翠玲のためのお芝居だった。仁瑶は翠玲を大切に思っていないし、番になる気もないのだ。
(願いが叶うとよいと、微笑ってくださったのに)
 頬を雫がすべっていく。
 怒っていると言われたほうがまだましだった。嫌われていると言われたほうが、ずっとよかった。
(仁瑶様は、わたしになんの関心もなかった……)
 ただ、義務として翠玲との婚姻を受け入れただけ。
「翠玲様っ」
 膝からくずおれそうになった翠玲を、燕児と華桜が慌てて支える。
「翠玲様、大丈夫ですか。殿下はなぜあんなことを」
「わたしが迷惑をかけてしまったからだ」
 眉をひそめた華桜に、かすれた声で答える。
「わたしが、仁瑶様との縁を望んだから。仁瑶様はただそれを承知してくださっただけだったのに、分不相応にも出しゃばった真似をしたから、……だから、呆れてしまわれたんだ」
 慾をかくまいと思っていたのに、求める心を抑えきれなかった。
 華燭の夜、仁瑶は喜ばしいことなどひとつもないと言っていたのに。その気持ちを深く考えず、精一杯仕えれば赦してもらえると、受け入れてもらえると、勝手に思い込んだのは翠玲だ。
 ごめんなさい、と縋る相手の姿はない。
 冷えてしまった手で顔を覆う。
 冴えた月が、嘲笑うように影を照らしていた。
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