皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第4話

4-7

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 翠玲は朝餉あさげの給仕も担い、菜肴おかずを取り分ける姿を眺めながら、仁瑶は内心で苦笑を漏らす。
「こんなに尽くしてくださるのですから、私も夫としてなにかお返ししなければいけませんね」
 言えば、翠玲は皿を持ったまま目をまるくした。
「なかなか夫婦らしいこともできていませんし、年が明けたら一緒に出かけませんか。民にまじって遊ぶのは楽しいですよ。……もし、翠玲殿がお嫌でなければ」
「嫌だなんて、そんな。っ……嬉しいです。仁瑶様とお出かけできるのを、楽しみにしておりますね」
 親王妃としての務めを果たせるのが嬉しいのだろう。
 そうとわかっていても、花顔かがんをほころばせた翠玲に、仁瑶は須臾しゅゆの間見惚れる。
「それならよかった」
 味のしない朝餉を飲み込んで、どうにかそれだけ返事をした。

***

 年が明け、翠玲は初めて迎える煌蘭での元宵節げんしょうせつに心を浮きたたせていた。
 仁瑶は粥廠しゅくしょうの管理などで年始を過ぎても忙しくしており、それでもこの日だけは翠玲のために暇をつくってくれたのだと、永宵から教えられていたからだ。
 華桜カオウと燕児の手を借り、翠玲は裙裳くんもくつはもちろん、簪や歩搖ほよう指甲套つめかざりに至るまで装いを凝らす。
 微行おしのびのため、商家の夫人に見えるよう化粧にも気を遣った。
「翠玲様、とってもお綺麗ですよ」
 真珠の白粉おしろいを手に、燕児が感嘆の息を漏らす。
 入宮にゅうきゅうした当初よりも背が伸びたとはいえ、翠玲は充分女人に扮することができた。仁瑶と並べば、他人からは若夫婦として見られるだろう。
 純白の上襦じょうじゅに紅梅色の長裙ちょうくんを合わせ、胡蝶の刺繍が施された外套を羽織る。外套の襟もとには白貂しろてんの毛皮が縫い留められており、頬を寄せればふんわりとやわらかい。
 浮きたつ心地のまま外院で待っていた仁瑶のもとへ向かうと、紫紺しこんの瞳が翠玲を見留みとめて弧を描いた。
「今宵もお美しいですね」
「仁瑶様も、とても素敵です」
 褒められたことが嬉しくて、翠玲は含羞して答える。
 事実、純白のさんと裙に、紅梅色の薄い裳を合わせ、翠玲と揃いの外套を羽織った仁瑶の姿は、お世辞でもなんでもなく美しかった。大路を歩けば、きっと老若男女問わず惹かれてしまうだろう。
 仁瑶は少しだけ照れたように眉宇を下げた。
「馬車は目立ってしまうので、ゆっくり歩いていきましょうか」
 仁瑶から手を差し伸べられ、鼓動が跳ねる。おそるおそる手を重ねれば、やさしく引き寄せられた。
 寄り添って門をくぐると、翠玲は華やかな灯りに目が眩むのを感じた。京師の家々はどこもかしこも蘭灯らんとうを提げ、夜とは思えないほどの明るさに包まれている。
 大路には人があふれ、数えきれないほどの屋台が立ち並んでいた。
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