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第4話
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しおりを挟む暗くなってから王府へ戻ると、先に帰っていたらしい翠玲が慌てて駆け寄ってきた。
「仁瑶様、お躰が冷えてしまわれたのではありませんか」
蛾眉を寄せ、背に触れようとしてきた翠玲の手から、仁瑶は咄嗟に身を躱す。
琥珀瞳が傷ついた色を浮かべたことには気づかないまま、取り繕うように言葉を紡いだ。
「少し疲れただけですから、大丈夫。湯浴みをしてきますので、翠玲殿は先に夕餉を食べていてください」
「でしたら、わたしに湯浴みのお世話をさせてくださいませ」
「は?」
思いもよらない返事に、仁瑶は目をまるくする。
翠玲はもう一度言い募った。
「妻の務めを果たしたいのです。琅寧では、夫君の湯浴みのお世話をさせていただくのは嫡妻の役目でした。わたしも、仁瑶様のお世話をしたく存じます」
「あなたにそんなことをさせられるわけがないでしょう」
仁瑶は慌てて首を横に振る。
翠玲は「でも」と食い下がった。
「それでは妻にしていただいた意味がありません。仁瑶様のお傍でお仕えしたいのです」
「お気持ちは嬉しく思いますが、どうかそんなことを気になさらないでください。先に夕餉の席について待っていてくださいませんか。久しぶりに一緒に食べましょう、ね?」
「では、……夕餉の席で、仁瑶様の給仕をしてもよろしいですか?」
翠玲がなぜそんなことをしたいのか心底疑問だったが、湯浴みの世話をされるよりはましだと、仁瑶は頷いた。
軽く汗を流し、久方ぶりに夫婦で円卓を囲む。
翠玲は嬉々として白身魚の羹を椀によそい、あれもこれもと仁瑶の皿に料理を取り分けた。いくつかは自分が作ったのだという翠玲に、美味しいと笑みを返す。
(……永宵を恋慕しているのが後ろめたくて、こんなふうに尽くそうとするんだろうか)
料理はどれも温かなものばかりなのに、仁瑶は胸の底が冷えていくのを感じた。
卑屈にねじ曲がり、妬心で引きちぎれそうな心を必死に押し殺し、どうにか夕餉を終える。
翠玲は夜もともに過ごしたそうな様子だったが、仁瑶は明日の準備があるからと閨に向かうのを避けた。
書房で夜を過ごし、朝になってもなんとなく怠い躰を牀に預けていると、小さく扉の開く音が聞こえた。
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