皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第4話

4-5

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 暗くなってから王府へ戻ると、先に帰っていたらしい翠玲が慌てて駆け寄ってきた。
「仁瑶様、お躰が冷えてしまわれたのではありませんか」
 蛾眉を寄せ、背に触れようとしてきた翠玲の手から、仁瑶は咄嗟に身を躱す。
 琥珀瞳こはくとうが傷ついた色を浮かべたことには気づかないまま、取り繕うように言葉を紡いだ。
「少し疲れただけですから、大丈夫。湯浴みをしてきますので、翠玲殿は先に夕餉を食べていてください」
「でしたら、わたしに湯浴みのお世話をさせてくださいませ」
「は?」
 思いもよらない返事に、仁瑶は目をまるくする。
 翠玲はもう一度言い募った。
「妻の務めを果たしたいのです。琅寧では、夫君の湯浴みのお世話をさせていただくのは嫡妻ちゃくさいの役目でした。わたしも、仁瑶様のお世話をしたく存じます」
「あなたにそんなことをさせられるわけがないでしょう」
 仁瑶は慌てて首を横に振る。
 翠玲は「でも」と食い下がった。
「それでは妻にしていただいた意味がありません。仁瑶様のお傍でお仕えしたいのです」
「お気持ちは嬉しく思いますが、どうかそんなことを気になさらないでください。先に夕餉ゆうげの席について待っていてくださいませんか。久しぶりに一緒に食べましょう、ね?」
「では、……夕餉の席で、仁瑶様の給仕をしてもよろしいですか?」
 翠玲がなぜそんなことをしたいのか心底疑問だったが、湯浴みの世話をされるよりはましだと、仁瑶は頷いた。
 軽く汗を流し、久方ぶりに夫婦で円卓を囲む。
 翠玲は嬉々として白身魚のあつものを椀によそい、あれもこれもと仁瑶の皿に料理を取り分けた。いくつかは自分が作ったのだという翠玲に、美味しいと笑みを返す。
(……永宵を恋慕しているのが後ろめたくて、こんなふうに尽くそうとするんだろうか)
 料理はどれも温かなものばかりなのに、仁瑶は胸の底が冷えていくのを感じた。
 卑屈にねじ曲がり、妬心で引きちぎれそうな心を必死に押し殺し、どうにか夕餉を終える。
 翠玲は夜もともに過ごしたそうな様子だったが、仁瑶は明日の準備があるからとねやに向かうのを避けた。
 書房で夜を過ごし、朝になってもなんとなく怠い躰をとこに預けていると、小さく扉の開く音が聞こえた。
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