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第4話
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しおりを挟む「図星だろう。いったいなにをやったか言ってみろ、余が兄上に取りなしてやろう」
翠玲はむっとしつつも、躊躇いがちに食盒から龍蓮糕を差し出す。
途端、永宵は可笑しそうに鼻を鳴らした。
「おまえ、これを兄上に持っていったのか?」
「そうです。皇貴太妃様から、仁瑶様がお好きな菓子だと教えていただきましたので」
「はっ」
嘲弄を含んだ笑声をこぼし、永宵は無遠慮な仕草で龍蓮糕をかじる。三口ほどで平らげてから、至上の天陽と謳われる玉容を美しく歪めた。
「兄上のお好きな菓子はこれではないよ。おまえ、尋ねる相手を間違えたな」
「っ――で、ですが、皇貴太妃様が仰ったのですよ」
「皇貴太妃は、兄上が檸檬入りの龍蓮糕がお嫌いだと知らないんだ。上手に隠しておられるからな、気づかなくとも無理はない」
「そんな……」
翠玲は狼狽えて、おのれの作った菓子を見つめた。
知らなかったとはいえ、仁瑶に嫌いなものを食べさせてしまったのだと思うと、後悔が押し寄せてくる。
いらないと拒むことだってできたはずなのに、仁瑶は翠玲が傷つかないよう、美味しいと言ってくれたのだ。
(わたしがいたらなかったせいで、仁瑶様に嘘をつかせてしまったのか……)
うなだれていると、ふたつめに手を伸ばした永宵が面倒そうに紫苑色の瞳を眇める。
「辛気臭い顔をするなよ。兄上はつぶした杏入りの龍蓮糕がお好きなんだ。おまえが作るよりお上手だから、後でねだって作ってもらえばいい」
「簡単に言わないでください。仁瑶様にそんな厚かましいお願いができるわけないでしょう」
「夫婦なのにか? 可哀想に」
揶揄するような口調に、翠玲はたまらず永宵を睨んだ。
永宵は気にしたふうもなく、わざとらしい溜息をついてから宝座に寄りかかる。
「初めから余のもとへ聞きにくればよかったんだ。兄上のお好きなものも、お嫌いなものも、ぜんぶ知っているのは余だけなのだから」
「教えてくださるのですか?」
「言っておくが、兄上のためであって、おまえのためじゃないぞ。おまえの料理の腕が下手くそで失敗しても、次は助けてやらないからな」
翠玲は勢いよく頷く。
永宵は適当な紙を取り出すと、食材の切り方から煮炊きの仕方まで細かに示しながら、仁瑶の好物とそうでないものとを書き記していった。
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