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第3話
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玄愁月の吉日、仁瑶と翠玲の婚儀が執り行われた。
深紅の花婿衣裳を纏った仁瑶が、王府から馬に乗って花嫁を迎えに行く。
大路では大勢の民衆が、行きも帰りも婚礼の行列を見守っていた。すれ違いざまに祝福の言葉を伝えてくる者も多く、京師全体が慶祝の雰囲気に包まれていた。
梨花宮から花轎に乗った翠玲が仁瑶の祥媛王府に到着すると、出迎えに並んだ使用人たちは麗しい新妻に嘆息を漏らした。
紅蓋頭越しでもわかるほどの甘美な艶容は、帝君に入宮した折よりさらに瑞々しさを増したのではないかと思われるほど。
揃いの婚礼衣裳を身に纏った仁瑶と並ぶとこれまた息を呑むような美しさで、ふたりを一目見ようと王府の門外に集まっていた民たちも頬を赤らめずにはいられなかった。
紅絹でつくった花と双喜字で飾られた正庁には、帝君の他、太上皇と皇后、皇貴太妃も参列し、彼らの前に進み出た仁瑶と翠玲は、恭しい仕草で拝礼する。
天地に一拝、父母に一拝、そして互いに対して一拝。
「夫婦仲睦まじく、よき子を産むように」
太上皇が述べて、皇后、皇貴太妃とともに手ずから落花生、棗、桂円、栗子を錦に詰め、仁瑶と翠玲に下賜する。
多子多福を願われても仕方がないだろうにと内心で苦く笑いつつ、仁瑶は深く叩頭して錦を受け取った。詰められた四種の種子を花婿と花嫁が互いに食べさせあうことで、婚姻が成立するのだ。
儀式が終わると、父皇たちは皇宮へ戻り、翠玲は一足先に洞房へ向かう。賓客たちはそのまま正庁での祝宴に参加し、仁瑶を言祝いだ。
琅寧からは王太子颯憐と、翠玲にとって母方の叔父となる紗那氏を含む将軍数名がやって来ていた。挨拶に向かうと、祝いの言葉を口にした紗那氏から「ぜひ殿下にも、一度翠玲とともに琅寧へいらしていただきたいものです」という誘いも受ける。
仁瑶は明確な返答を避け、穏やかな微笑を返すに留めた。
他の客たちとも言葉を交わしつつ、酒を勧めたり勧められたりしながら過ごす。そのうちに、陽はすっかり落ちてしまった。
夕闇に紅い蘭灯が咲くのを見て取って、控えていた紅春がそろそろ紅閨へ向かう時間だと耳打ちしてくる。
仁瑶は持っていた酒杯を揺らし、いくらか逡巡してから客たちに拝辞の礼を取った。
揶揄いまじりの声を背に、賑やかしい宴の場を後にする。気乗りしないまま回廊を進んでいると、正庁から少し離れたあたりで誰かに呼び止められた。
「……これは、王太子殿下」
振り向いた先に立っていたのは颯憐だった。
仁瑶が軽く揖礼すれば、颯憐も礼を返して笑みを浮かべる。
翠玲と同じ濡羽色の長髪を腰のあたりで緩く結び、煮詰めた蜜のような瞳を静かに眇めた颯憐は、月光のもとでしなやかな狼のように映った。
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