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第3話
3-6
しおりを挟む「……」
くゆれた湯気で視界が滲む。
翠玲とて、仁瑶との婚姻を本心から望んだわけではないはずだ。
永宵と間違われ、うなじを咬まれた際のことを思い出す。あれほど永宵に好意を寄せていたのなら、後宮を出されてさぞ無念だったろう。もしかすると、わずかでも永宵との繋がりを残しておきたくて、仁瑶の妻にと申し出たのかもしれない。
永宵も、あるいは仁瑶の配偶者とすることで翠玲と会う口実を作れると判じたのかもしれない。あんなに寵愛していたのだから、転化したとはいえ手放すのは惜しいのだろう。
(好いた相手にも心から求めてもらえない……、それもそうか。他ならぬ私が、愛も恋も信じていないのだもの)
おのれが信じていないのに、他人に愛情を求めてどうするのか。自嘲気味に笑みをこぼし、仁瑶は顔を覆った。
意趣返しに王太子に嫁いでやろうかとも思ったが、それは誰への反抗になるのだろうか。
入りたくもない後宮で諍いに巻き込まれるより、心は得られずとも、せめて想うひとと形だけでも夫婦となるほうがましだ。翠玲が仁瑶を抱こうとするとも思えないし、いずれ永宵以外に好きな相手ができるようなら、離縁してもよいだろう。
たとえ永宵の傍にいるための手段であっても、仁瑶を望んでくれたのだ。それだけで満足すべきだと、そっと息を吐いた。
ぬるくなってしまった茶杯に口をつける。胸の痛みを誤魔化すように一気に嚥下して、榻に身を預けた。
***
仁瑶と翠玲の婚姻が発表されると、皇宮内や城下にて様々な憶測が飛び交った。
寧嬪だった翠玲が失寵した際に愛が芽生えたのだとか、もともとは仁瑶が翠玲を望んでいたことを鑑みて帝君が譲ったのだとか、そもそも翠玲の想いびとは仁瑶であり、転化したことをきっかけに恋を成就させたのだとか、琅寧太子との婚姻を厭うた仁瑶が苦肉の策で翠玲を望んだのだとか。
これまで誰も受け入れなかった高嶺の花が選んだ相手が、弟帝の妃嬪だった美貌の五公子というのも相まって、巷ではふたりを題材にした劇までできたという。
仁瑶は婚姻を承諾して以降、周囲から向けられる雑音をすべて黙殺し、淡々と日々を過ごした。
翠玲の輿入れの準備は、永宵がすべて差配した。
短期間で仕上げられたにもかかわらず、婚礼衣裳は紅絹に真珠が散りばめられ、金糸銀糸で艶やかな百花が咲き乱れる華やかなものであった。花嫁道具として揃えられた品々も、皇后のお道具もかくやと言わんばかり。
手がけた職人たちにも心づけとして多額の報酬が支払われたというので、民の間では翠玲が未だ天寵をそそがれているのではないかと噂された。
一方の琅寧側も、仁瑶と翠玲の婚姻を歓迎し、祝宴には太子の他に翠玲の家族や重臣たちを参列させたいと願い出た。
梨花宮にいる翠玲のもとへも遣いが訪れ、兄太子ですら得られなかった良縁を大切にするべしという父王からの言葉を伝えられる。
「ようございましたね、翠玲様」
遣いが帰ってから、華桜が穏やかな笑みを浮かべた。
翠玲も口もとを綻ばせる。
「ああ、本当に……」
仁瑶が婚姻を承諾してくれたと聞いた時、翠玲はたまらないほどの喜びにうちふるえた。
あの蛮行を赦し、翠玲を妻にしてもよいと思ってくださったのだろうか。
仁瑶の傍で朝な夕な仕えることができるのだと思うと、翠玲は子供のようにはしゃぐ気持ちを抑えられなかった。
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