皇兄は艶花に酔う

第３話

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　宗室の人間として生まれたなら、国益のための婚姻は当然の義務である。これまで仁瑶が目こぼしされてきたのは、永宵がなにかと理由をつけて、降嫁を進言する大臣たちから庇ってくれていたからだ。
　それなのに、他ならぬ永宵が仁瑶に嫁娶かしゅを勧めている。皇太后と母太妃を同席させたのは、断る余地がないことを暗に示すためだろう。
　仁瑶は乾いたくちびるをふるわせた。
「……少し、考える時間をください。突然そのような申し出をされても、すぐには決められません」
　呻くように呟けば、永宵は「勿論」と頷く。
「哥哥への褒美なんだもの。ゆっくり考えてくれてかまわないよ」
「ありがとうございます、帝君」
　礼を述べると、仁瑶は悄然とした面持ちでその場を拝辞した。
　王府へ戻り、書房の榻ながいすに腰を下ろす。道中もずっと無言のままだった仁瑶に、茶壷きゅうすを運んできた紅春が気遣わしげな視線を向けてきた。
「仁瑶様、どうなさるおつもりですか？」
「……どう、とは？」
「翠玲公子を娶られるのか、王太子に嫁がれるのか、どちらをお選びに？」
「そなたはどちらがよいと思う」
　尋ね返せば、紅春は躊躇いがちに続けた。
「翠玲公子を娶られるのがよいかと。王太子に嫁がれれば、仁瑶様のお嫌いな後宮に身を置くこととなりましょう。草原の暮らしはただでさえ厳しいというのに、王太子の妃嬪たちとの諍いまで加わっては、日々おつらい思いをなさるはずです。翠玲公子を細君とすれば王府に留まることができますし、煩わしい縁談も来なくなりますよ」
　香りたつ茶を受け取りながら、仁瑶は同意するでもなく茶杯を見つめる。
　紅春が心配そうに顔を覗き込んできた。
「仁瑶様は、翠玲公子がお好きなのでしょう？　公子が天陽種となり、仁瑶様に嫁ぎたいと申し出があったのですから、僥倖ではありませんか」
「……本当にそう思うか？」
　切れ長の黒瞳が見開かれる。
「仁瑶様」
「下がっていろ。そなたと問答する気はない」
　なにか言いたそうな紅春を無理やり書房から追い出し、仁瑶はしんなりと溜息をついた。