皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

文字の大きさ
上 下
25 / 74
第2話

2-17

しおりを挟む

 牀榻の傍で跪いて待っていると、やって来た永宵が呆れたように溜息をつく。
「帝君にご挨拶申しあげます」
「目覚めたばかりなんだろう、寝ていればよい」
「お心遣いありがとうございます」
 礼を述べる翠玲にかまわず、永宵は牀榻の傍に腰を下ろした。
 臥室でふたりきりになるのはいつ以来だろうか。牀榻へ戻りじっと言葉を待っていると、興味なさげに翠玲を眺めていた永宵が問うてきた。
「天陽種に転化したとか」
 華桜が運んできた茶杯を受け取り、翠玲は首肯する。
「ええ。花痣も消えましたゆえ、このまま帝君の妃嬪でいるのは難しいかと」
 煌蘭の後宮において、皇帝の妃嬪妾妃しょうひとして選ばれるのは天陽種の女人か下邪種の男女のみ。天陽種に転化してしまった男の翠玲は、原則として宝珠宮から退かねばならない。
 寧嬪の座に留めることを帝君が強く望めば話は別かもしれないが、永宵がそこまで翠玲に執着しているはずもなく、翠玲とて御免だった。
 永宵は静かに続けた。
「寧嬪の位からは退いてくれてかまわない。今後は貴殿を琅寧の第五公子として、改めて歓待しよう。宝珠宮からは出てもらわねばならないが、かわりに外朝がいちょう梨花宮りかきゅうを整えさせたゆえ、そちらに移るとよい」
 後宮が内朝ないちょうと称されるのに対し、政を行う場を外朝と称す。梨花宮は、外朝にある国賓用の宮殿のうち最も格式の高い殿舎だった。本来ならば他国の王、あるいは太子の身分にある者が滞在を赦される場所であり、第五公子の身分である翠玲にあてがうのは破格の待遇だ。
「なるほど、わたしに関する不名誉な噂を打ち消すための処置というわけですね」
 燕児は先程、翠玲の無罪が明らかになり、禁足は解かれたと言っていた。後宮で飛び交っている流言飛語を黙らせ、翠玲に対する宮人たちの態度を改めさせるため、永宵は梨花宮を選んだのだろう。
「まさか琅寧の五公子に、黴の生えた食材を出す奴はいまい。そうでなくとも、貴殿に対して礼を失した輩は兄上の頼みで罷免した」
「……っ」
「余の妃嬪に無礼を働くは、余を軽視しているも同然だと言われてしまってはな。貴殿も兄上のお心遣いに感謝せよ」
「わかっております」
 翠玲だけを庇っては、他の妃嬪妾妃を輩出している国内の家門が反発する。琅寧を慮り、かつ廷臣ていしんたちの肯定も得るために、仁瑶はそのような言い方をしたに違いなかった。
 胸の詰まる思いでうつむいた翠玲に、永宵は軽く鼻を鳴らす。
「転化してしまった以上、貴殿には良縁を下賜することになるが、誰か意中の相手はいるのか? 皇后以外であれば、余の妃嬪の中から選んでもよいぞ」
「滅相もない。帝君の妃嬪妾妃とのご縁を賜るなど、わたしの身に余ります」
「毒花ばかりだからな。貴殿の手には負えんか」
「そんなふうに仰っては、掖庭えきていの花々が気を悪くいたしましょう」
「口だけはやさしいな。他にはどうだ、女官で見初めた者がいるとか? いないのなら、こちらで適当な家門の娘を選ぶぞ」
「――いいえ」
 永宵の提案に、翠玲は首を横に振った。
 目の前の紫苑の瞳を見据える。ひらいたくちびるがふるえた。
「叶えていただけるのでしたら、どうか、仁瑶様とのご縁を賜りたく存じます」
 深く頭を下げた翠玲に、永宵は面倒そうに長息する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

そこにワナがあればハマるのが礼儀でしょ!~ビッチ勇者とガチムチ戦士のエロ冒険譚~

天岸 あおい
BL
ビッチ勇者がワザと魔物に捕まってエッチされたがるので、頑張って戦士が庇って大変な目にあうエロコメディ。 ※ビッチ勇者×ガチムチ戦士。同じ村に住んでいた幼馴染コンビ。 ※魔物×戦士の描写も多め。戦士がエロい災難に遭いまくるお話。 ※エッチな描写ありの話は話タイトルの前に印が入ります。勇者×戦士『○』。魔物×戦士『▼』。また勇者視点の時は『※』が入ります。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

溺愛αの初恋に、痛みを抱えたβは気付かない

桃栗
BL
幼馴染の上位アルファの怒りにより、突然オメガに変異させられたベータの智洋とそのアルファ、晴翔とが結ばれるまでの物語。 カプは固定ですが、2人共に他との絡みがあります。

処理中です...