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第2話
2-17
しおりを挟む牀榻の傍で跪いて待っていると、やって来た永宵が呆れたように溜息をつく。
「帝君にご挨拶申しあげます」
「目覚めたばかりなんだろう、寝ていればよい」
「お心遣いありがとうございます」
礼を述べる翠玲にかまわず、永宵は牀榻の傍に腰を下ろした。
臥室でふたりきりになるのはいつ以来だろうか。牀榻へ戻りじっと言葉を待っていると、興味なさげに翠玲を眺めていた永宵が問うてきた。
「天陽種に転化したとか」
華桜が運んできた茶杯を受け取り、翠玲は首肯する。
「ええ。花痣も消えましたゆえ、このまま帝君の妃嬪でいるのは難しいかと」
煌蘭の後宮において、皇帝の妃嬪妾妃として選ばれるのは天陽種の女人か下邪種の男女のみ。天陽種に転化してしまった男の翠玲は、原則として宝珠宮から退かねばならない。
寧嬪の座に留めることを帝君が強く望めば話は別かもしれないが、永宵がそこまで翠玲に執着しているはずもなく、翠玲とて御免だった。
永宵は静かに続けた。
「寧嬪の位からは退いてくれてかまわない。今後は貴殿を琅寧の第五公子として、改めて歓待しよう。宝珠宮からは出てもらわねばならないが、かわりに外朝の梨花宮を整えさせたゆえ、そちらに移るとよい」
後宮が内朝と称されるのに対し、政を行う場を外朝と称す。梨花宮は、外朝にある国賓用の宮殿のうち最も格式の高い殿舎だった。本来ならば他国の王、あるいは太子の身分にある者が滞在を赦される場所であり、第五公子の身分である翠玲にあてがうのは破格の待遇だ。
「なるほど、わたしに関する不名誉な噂を打ち消すための処置というわけですね」
燕児は先程、翠玲の無罪が明らかになり、禁足は解かれたと言っていた。後宮で飛び交っている流言飛語を黙らせ、翠玲に対する宮人たちの態度を改めさせるため、永宵は梨花宮を選んだのだろう。
「まさか琅寧の五公子に、黴の生えた食材を出す奴はいまい。そうでなくとも、貴殿に対して礼を失した輩は兄上の頼みで罷免した」
「……っ」
「余の妃嬪に無礼を働くは、余を軽視しているも同然だと言われてしまってはな。貴殿も兄上のお心遣いに感謝せよ」
「わかっております」
翠玲だけを庇っては、他の妃嬪妾妃を輩出している国内の家門が反発する。琅寧を慮り、かつ廷臣たちの肯定も得るために、仁瑶はそのような言い方をしたに違いなかった。
胸の詰まる思いでうつむいた翠玲に、永宵は軽く鼻を鳴らす。
「転化してしまった以上、貴殿には良縁を下賜することになるが、誰か意中の相手はいるのか? 皇后以外であれば、余の妃嬪の中から選んでもよいぞ」
「滅相もない。帝君の妃嬪妾妃とのご縁を賜るなど、わたしの身に余ります」
「毒花ばかりだからな。貴殿の手には負えんか」
「そんなふうに仰っては、掖庭の花々が気を悪くいたしましょう」
「口だけはやさしいな。他にはどうだ、女官で見初めた者がいるとか? いないのなら、こちらで適当な家門の娘を選ぶぞ」
「――いいえ」
永宵の提案に、翠玲は首を横に振った。
目の前の紫苑の瞳を見据える。ひらいたくちびるがふるえた。
「叶えていただけるのでしたら、どうか、仁瑶様とのご縁を賜りたく存じます」
深く頭を下げた翠玲に、永宵は面倒そうに長息する。
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