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第2話
2-13
しおりを挟む――躰に変調が起きたのは、それからひと月ほど経った頃だった。
常の発情期と異なり、翠玲の全身を針で刺されているような痛みが襲った。かすかな衣擦れでさえも肌に鋭い痛みが走り、薬湯を口にすることもできない。華桜が処理を手伝おうとしてくれたけれど、身に触れられるだけでも不快で拒んでしまった。
下腹部が灼けるように熱い。それに呼応するかのように花痣も疼いて、翠玲はもどかしい苦痛に喘いだ。無意識にうなじの皮膚を掻き毟り、血が出てたことにかまう余裕もない。
華桜と燕児がどうにかして翠玲に薬湯を飲ませ、傷ついたうなじに膏薬を塗ろうとしていたが、それすら鬱陶しくてふたりを追い払ってしまった。
理由のない焦燥感がこみあげてきてどうしようもなくなった時、翠玲の耳に恋しいひとの声が響いた。
『小玲』
仁瑶からそんなふうに呼ばれるはずがない。幻聴だろうかと戸惑っていると、肩に指先が触れた。
途端、神経がひりつく。痛みとも快感とも取れないなにかが肌膚をふるわせ、翠玲は反射的に逃げようとした。
しかし、牀榻から降りる前にあたたかな腕に阻まれ、振り払おうとすればいっそう強く抱きしめられ、狼狽する。
痛い。気持ちが良い。痛い。痛い。苦しい。恋しい。
喉を反らし、言葉にならない絶叫をあげた翠玲を、甘い匂いが包んだ。耳もとでやさしく囁かれ、愛おしむように抱きしめられているうちに、躰から徐々に痛みが薄れていく。
早鐘を打っていた鼓動が落ち着きを取り戻し、翠玲は木蓮の香りを放つ目の前のひとに腕を伸ばした。
抱き返すように縋りつくと、仁瑶は褒めるように腰のあたりを撫でてくれた。そうされるとたまらないほど心地よく、甘えるような声が漏れてしまう。
頭の隅では醜態を晒していることを理解していたものの、仁瑶の背にしがみつく手を離せなかった。与えられる快感はひどくやわらかで、翠玲の官能をくすぐる。灼けるようだった痛みは失せ、まるで揺籠にいるような感覚がしていた。
このままずっと微睡んでいたいのに、熱がひいていくと同時に理性が戻ってくる。
薬湯を飲ませてもらってから、翠玲は仁瑶の前で粗相してしまったことを恥じた。自分の発情の始末さえつけられないのかと、今度こそ呆れられると青褪めた翠玲を、仁瑶は甘やかすように撫でてくれた。
仁瑶が去った後、翠玲は沐浴しながら、おのれを包んでくれていた木蓮の匂いを想っていた。あれは間違いなく仁瑶の肌の匂いだ。あたたかな体温と甘やかな肌の香りを思い出してしまえば、仁瑶がひどく恋しくなる。
あの躰に直接触れることができたなら、どれほどの幸福だろう。真珠色の肌にくちづけて、その身を愛する栄誉を賜れたなら、この世のなによりも仁瑶を大切にすると誓うのに。
鎮まりかけていた発情の慾が、再び疼き出す。本来ならば番である永宵を求めるはずの翠玲の身體は、どうしてか仁瑶に焦がれていた。
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