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第2話
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翠玲は、仁瑶の気を惹いたがために妃嬪にされただけ。
そう思うと、胸が高鳴るのを抑えられなかった。
――本当だろうか。本当に、仁瑶も翠玲を見ていてくれたのだろうか。
まさかと思う半面、期待せずにはいられなかった。
後見となってくれた皇貴太妃の計らいで、一度だけ挨拶を交わしたけれど、その時は緊張しすぎて上手く話すこともままならなかった。
仁瑶にもう一度会って言葉を交わしたら、その心を窺い知ることもできるだろうか。
思いたった翠玲は、琅寧から連れてきた愛馬のことを口実に、百駿園へ向かうことにした。出迎えてくれた仁瑶は、緊張で強張る翠玲に対し気さくに接してくれた。
話しかけてもらうばかりで、ろくに物も言えない翠玲を咎めるでもなく、やさしい眼差しを向けられる。
昂呀がおのれ以外に馴れないことを言い訳に、翠玲は百駿園へ通うようになった。仁瑶の前では相変わらず緊張したけれど、少し話せるだけでも幸福で、調子にのって莫迦なことを訊いた。
ご結婚なさらないのですか、なんて。
兄太子との縁談を勧めるようなことを言ったが、翠玲としては本心から琅寧に嫁いでほしいわけではなかった。ただ、仁瑶がどうして頑なに縁談を結ばないのか疑問だったのだ。他に想うひとがいるのか、いるのならそれはどんな人物なのか、知りたかっただけだ。
だから、伉儷を探している、という仁瑶の答えに動揺を隠せなかった。
――伉儷。天意によって結ばれた番。
もしも本当にそんなものが存在するなら、仁瑶と結ばれるのはどんな天陽種の男だろう。少なくとも、下邪から転化するような中途半端な天陽ではない。
翠玲は足もとがおぼつかなくなるのを感じた。
こんなことなら、下邪としての義務を果たすために、颯憐の妃になると言われたほうがましだった。
浮かれていた心が、冷水を浴びせられたように冷えていく。
気にかけてもらっていたからなんだというのか。仁瑶にとって、永宵の妃嬪である翠玲など単なる遠縁の下邪でしかない。皇貴太妃が後見となっているから、無下に扱えないだけ。この身が仁瑶に想われるなど、夢のまた夢でしかないのだ。
唐突に、翠玲は自分がひどく惨めで滑稽に思えてきた。これ以上仁瑶の近くにいれば、また莫迦な勘違いを起こしてしまう。
以降、翠玲は百駿園へ赴いても、仁瑶との会話は形式的な挨拶だけに留めるようにした。
されど、距離を取れば取るほど胸が痛んだ。
仁瑶がいつ伉儷を見つけるのか。いつ他の誰かに嫁いでしまうのかと詮無いことばかりを考えては、苦しくて夜も眠れず、褥を涙で濡らしたことも一度や二度ではない。
もともと厭わしかった伽はさらに億劫になった。加えてまったく孕む気配のない翠玲に、永宵のなけなしの関心も失せたのだろう。入宮から一年が経つ頃には、別の妃嬪が龍床に召されるようになっていた。
翠玲も昂呀の世話をしたり、皇貴太妃や皇后のもとへご機嫌伺いに出向く他は殿舎に籠りがちになった。失寵したと見做されたゆえに、下邪のくせに素腹だと嘲笑されることも度々あったけれど、なにもかもどうでもよかった。
永宵に気に入られ、子を産むことこそ生国の利となる。そう父王や兄太子から手紙で叱責されても、心はしおれたままだった。
そう思うと、胸が高鳴るのを抑えられなかった。
――本当だろうか。本当に、仁瑶も翠玲を見ていてくれたのだろうか。
まさかと思う半面、期待せずにはいられなかった。
後見となってくれた皇貴太妃の計らいで、一度だけ挨拶を交わしたけれど、その時は緊張しすぎて上手く話すこともままならなかった。
仁瑶にもう一度会って言葉を交わしたら、その心を窺い知ることもできるだろうか。
思いたった翠玲は、琅寧から連れてきた愛馬のことを口実に、百駿園へ向かうことにした。出迎えてくれた仁瑶は、緊張で強張る翠玲に対し気さくに接してくれた。
話しかけてもらうばかりで、ろくに物も言えない翠玲を咎めるでもなく、やさしい眼差しを向けられる。
昂呀がおのれ以外に馴れないことを言い訳に、翠玲は百駿園へ通うようになった。仁瑶の前では相変わらず緊張したけれど、少し話せるだけでも幸福で、調子にのって莫迦なことを訊いた。
ご結婚なさらないのですか、なんて。
兄太子との縁談を勧めるようなことを言ったが、翠玲としては本心から琅寧に嫁いでほしいわけではなかった。ただ、仁瑶がどうして頑なに縁談を結ばないのか疑問だったのだ。他に想うひとがいるのか、いるのならそれはどんな人物なのか、知りたかっただけだ。
だから、伉儷を探している、という仁瑶の答えに動揺を隠せなかった。
――伉儷。天意によって結ばれた番。
もしも本当にそんなものが存在するなら、仁瑶と結ばれるのはどんな天陽種の男だろう。少なくとも、下邪から転化するような中途半端な天陽ではない。
翠玲は足もとがおぼつかなくなるのを感じた。
こんなことなら、下邪としての義務を果たすために、颯憐の妃になると言われたほうがましだった。
浮かれていた心が、冷水を浴びせられたように冷えていく。
気にかけてもらっていたからなんだというのか。仁瑶にとって、永宵の妃嬪である翠玲など単なる遠縁の下邪でしかない。皇貴太妃が後見となっているから、無下に扱えないだけ。この身が仁瑶に想われるなど、夢のまた夢でしかないのだ。
唐突に、翠玲は自分がひどく惨めで滑稽に思えてきた。これ以上仁瑶の近くにいれば、また莫迦な勘違いを起こしてしまう。
以降、翠玲は百駿園へ赴いても、仁瑶との会話は形式的な挨拶だけに留めるようにした。
されど、距離を取れば取るほど胸が痛んだ。
仁瑶がいつ伉儷を見つけるのか。いつ他の誰かに嫁いでしまうのかと詮無いことばかりを考えては、苦しくて夜も眠れず、褥を涙で濡らしたことも一度や二度ではない。
もともと厭わしかった伽はさらに億劫になった。加えてまったく孕む気配のない翠玲に、永宵のなけなしの関心も失せたのだろう。入宮から一年が経つ頃には、別の妃嬪が龍床に召されるようになっていた。
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永宵に気に入られ、子を産むことこそ生国の利となる。そう父王や兄太子から手紙で叱責されても、心はしおれたままだった。
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