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第2話
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***
「待って……っ、待ってください、ッ」
走り去っていく仁瑶に追い縋ろうとして、翠玲は平衡を崩した。
牀榻から落ち、床に這いつくばった恰好で「待って」と叫んだけれど、立ちあがるまでの間に仁瑶はいなくなってしまった。
「翠玲様、いかがなさったのです!」
肩で息をしながら臥室から出ていこうとした翠玲の躰を、駆け寄ってきた華桜と燕児が慌てて支えようとする。
「仁瑶殿下となにがあったのです?」
翠玲は黙ったまま、よろめく足で前院まで歩を進めた。
さりとて、垂花門はすでに固く閉ざされ、仁瑶の気配すらない。
「っ――」
声にならない声を漏らして、翠玲はその場にくずおれた。仁瑶がいなくなってしまったと思った途端、うなじと下腹部に激痛を感じ、くちびるからうめきが漏れる。
「ぅ、あ……っ!」
「翠玲様!」
「翠玲様! 誰か早く太医を呼んで! 翠玲様が死んでしまう!」
身をよじって悶える翠玲の耳に、華桜と燕児の切迫した声が遠く響く。
発情の熱ではない。もっと強い痛みがひっきりなしに襲ってきて、全身がばらばらになりそうだった。
息も絶え絶えに喘ぎながら、翠玲は仁瑶を想う。
(殿下……)
瞼の裏には、恐ろしいものでも見るような目つきで翠玲を見つめる仁瑶の姿が焼きついていた。
あんな顔をさせたかったわけではないのに、額にくちづけられて情動が抑えきれなかった。下邪のくせに、同じ下邪種である仁瑶を自分のものにしてしまいたくて仕方なかったのだ。
(殿下、……っ殿下、仁瑶様)
仁瑶を初めて目の当たりにしたのは、新帝践祚の宴席の場だった。
異母兄である颯憐太子の持っている絵姿で、その容貌の清艶なことは知っていた。それなのに、実物を目にした折は息を呑まずにいられなかった。
大国煌蘭のふたりの皇子。清らかで臈長けた下邪種の皇長子と、艶やかで華麗な天陽種の皇次子は諸外国でも注目の的。もちろん琅寧も例外ではなく、颯憐は早くから、仁瑶を是が非にも妻にしたいと乞い願っていた。
「待って……っ、待ってください、ッ」
走り去っていく仁瑶に追い縋ろうとして、翠玲は平衡を崩した。
牀榻から落ち、床に這いつくばった恰好で「待って」と叫んだけれど、立ちあがるまでの間に仁瑶はいなくなってしまった。
「翠玲様、いかがなさったのです!」
肩で息をしながら臥室から出ていこうとした翠玲の躰を、駆け寄ってきた華桜と燕児が慌てて支えようとする。
「仁瑶殿下となにがあったのです?」
翠玲は黙ったまま、よろめく足で前院まで歩を進めた。
さりとて、垂花門はすでに固く閉ざされ、仁瑶の気配すらない。
「っ――」
声にならない声を漏らして、翠玲はその場にくずおれた。仁瑶がいなくなってしまったと思った途端、うなじと下腹部に激痛を感じ、くちびるからうめきが漏れる。
「ぅ、あ……っ!」
「翠玲様!」
「翠玲様! 誰か早く太医を呼んで! 翠玲様が死んでしまう!」
身をよじって悶える翠玲の耳に、華桜と燕児の切迫した声が遠く響く。
発情の熱ではない。もっと強い痛みがひっきりなしに襲ってきて、全身がばらばらになりそうだった。
息も絶え絶えに喘ぎながら、翠玲は仁瑶を想う。
(殿下……)
瞼の裏には、恐ろしいものでも見るような目つきで翠玲を見つめる仁瑶の姿が焼きついていた。
あんな顔をさせたかったわけではないのに、額にくちづけられて情動が抑えきれなかった。下邪のくせに、同じ下邪種である仁瑶を自分のものにしてしまいたくて仕方なかったのだ。
(殿下、……っ殿下、仁瑶様)
仁瑶を初めて目の当たりにしたのは、新帝践祚の宴席の場だった。
異母兄である颯憐太子の持っている絵姿で、その容貌の清艶なことは知っていた。それなのに、実物を目にした折は息を呑まずにいられなかった。
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