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第1話
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宮正司の獄で女官が自害したとの一報を受けたのは、それから三日後のことだった。
亡骸を前にした仁瑶は、黒幕の有無どころか、翠玲の無実を証明することも難しくなってしまったことに歯噛みする。翠玲の殿舎に仕えている女官や宦官、もぐり込ませていた桃心にも話を聞いたが、死んだ女官が別の宮に出入りしていたり、他の妃嬪と懇意にしていたという証言さえ得られなかった。
調査に時間がかかるほど、後宮では翠玲が永宵を殺めようとしたという噂が広まっていく。
帝君の命に関わることでもあり、仁瑶の母も下手に庇いだてできず、翠玲の立場は悪くなるばかりだった。
禁足を命じられたとはいえ、位を降格されたわけでも、剥奪されたわけでもない。
されど、周囲はそうは見做さない。後宮を管理する天官府は、翠玲へ届ける日用品や絹などを粗悪なものばかりにし、食材にも腐ったものや黴の生えたものをまぜるようになった。
紅春から報告を受けた仁瑶は、いてもたってもいられなくなり、母太妃への面会を口実に後宮へ入った。
翠玲の殿舎、宝珠宮の門前では宦官二名が見張りをしている。仁瑶は彼らにいくらか金子を握らせ、持ってきた荷を急いで運び入れた。
人目につかぬようあまり多くの品は用意できなかったが、日々の消耗品や絹、新鮮な食材に薬材などを渡すと、翠玲は困惑の色を浮かべた。
「このようなことをなさっては、殿下のお立場が悪くなりますでしょう。妃嬪たちにどんな噂をされるか、……殿下の名誉まで穢されてしまいます」
蛾眉をひそめた翠玲に、仁瑶は微笑って首を振る。
「私は寧嬪と同じ下邪種ですし、なんとでも弁明できますので、どうぞお気になさらず。それよりも、なにか足りないものはありませんか? 私がこちらに伺えない時は紅春を寄こしますので、なにか不足があればいつでも申しつけてください」
揖礼した紅春を見やった翠玲は、それでもまだ不安げな様子だった。仁瑶の厚意を素直に受け取ってよいものか迷っているのだろう。
「殿下がなにをお望みなのかはわかりかねますが、今のわたしではお役にたてないかと」
絹団扇の向こうで、琥珀糖が伏せられる。
仁瑶は笑み含んだまま続けた。
「私の望みは、寧嬪がお健やかに過ごされることですから。昂呀の世話も任せておいてください」
「あ、……」
「あまり長居してはご迷惑でしょうし、私はこれで失礼します。寧嬪に罪がないことは帝君も承知のうえですから、遠からず禁足は解かれるでしょう。それまでどうかご辛抱ください」
翠玲は黙って一礼する。
拝辞する際、仁瑶が門前で振り返ると、翠玲はじっとこちらを見つめていた。
亡骸を前にした仁瑶は、黒幕の有無どころか、翠玲の無実を証明することも難しくなってしまったことに歯噛みする。翠玲の殿舎に仕えている女官や宦官、もぐり込ませていた桃心にも話を聞いたが、死んだ女官が別の宮に出入りしていたり、他の妃嬪と懇意にしていたという証言さえ得られなかった。
調査に時間がかかるほど、後宮では翠玲が永宵を殺めようとしたという噂が広まっていく。
帝君の命に関わることでもあり、仁瑶の母も下手に庇いだてできず、翠玲の立場は悪くなるばかりだった。
禁足を命じられたとはいえ、位を降格されたわけでも、剥奪されたわけでもない。
されど、周囲はそうは見做さない。後宮を管理する天官府は、翠玲へ届ける日用品や絹などを粗悪なものばかりにし、食材にも腐ったものや黴の生えたものをまぜるようになった。
紅春から報告を受けた仁瑶は、いてもたってもいられなくなり、母太妃への面会を口実に後宮へ入った。
翠玲の殿舎、宝珠宮の門前では宦官二名が見張りをしている。仁瑶は彼らにいくらか金子を握らせ、持ってきた荷を急いで運び入れた。
人目につかぬようあまり多くの品は用意できなかったが、日々の消耗品や絹、新鮮な食材に薬材などを渡すと、翠玲は困惑の色を浮かべた。
「このようなことをなさっては、殿下のお立場が悪くなりますでしょう。妃嬪たちにどんな噂をされるか、……殿下の名誉まで穢されてしまいます」
蛾眉をひそめた翠玲に、仁瑶は微笑って首を振る。
「私は寧嬪と同じ下邪種ですし、なんとでも弁明できますので、どうぞお気になさらず。それよりも、なにか足りないものはありませんか? 私がこちらに伺えない時は紅春を寄こしますので、なにか不足があればいつでも申しつけてください」
揖礼した紅春を見やった翠玲は、それでもまだ不安げな様子だった。仁瑶の厚意を素直に受け取ってよいものか迷っているのだろう。
「殿下がなにをお望みなのかはわかりかねますが、今のわたしではお役にたてないかと」
絹団扇の向こうで、琥珀糖が伏せられる。
仁瑶は笑み含んだまま続けた。
「私の望みは、寧嬪がお健やかに過ごされることですから。昂呀の世話も任せておいてください」
「あ、……」
「あまり長居してはご迷惑でしょうし、私はこれで失礼します。寧嬪に罪がないことは帝君も承知のうえですから、遠からず禁足は解かれるでしょう。それまでどうかご辛抱ください」
翠玲は黙って一礼する。
拝辞する際、仁瑶が門前で振り返ると、翠玲はじっとこちらを見つめていた。
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