6 / 106
第1話
1-6
しおりを挟むなにかしら理由をつけて辞退されるのではと懸念していたものの、翠玲は永宵の招きに応じた。
龍宮殿の客庁。中央に据えられた円卓には仁瑶の指示で、煌蘭だけでなく琅寧の料理も並べられている。
香ばしい羊の燻製肉、香辛料をたっぷり使い、芋と干し肉を入れた山羊乳の湯菜、奶酪を練り込んだ麵包。その他、羊肉や山羊乳の苦手な永宵のために、五香紛をまぶした鶏の揚物、香草をちらした蝦仁と燕窩の清湯なども饗された。
「羊肉は久しぶりなのではありませんか? たくさん食べてくださいね」
「……ありがとうございます、殿下」
仁瑶が手ずから料理を取り分けると、翠玲は気まずそうに礼を述べた。
「哥哥、俺にも清湯をよそって」
羊肉や山羊の乳が苦手な永宵は、仁瑶に「鶏も切ってほしい」とねだってくる。
異母弟に給仕してやりながらそっと翠玲を見やると、白い指で器用に肉と骨を外して食べていた。
無理やり設けた場だからか、永宵も翠玲も、互いに会話らしい会話がない。仁瑶が話題を振っても軽く相槌をうつ程度で、ともすれば目も合わせようとしない有り様だった。
(……番っているのに)
仁瑶の胸に苦いものが広がる。
たったひとりとしか番えない下邪種と異なり、天陽種は複数の番を持つことができる。番うという言葉の重みがそもそも違うのだと、仁瑶はくちびるを噛んだ。
永宵は皇帝である。帝位についた時点で、誰かひとりの男になることは赦されない。皇帝にとって情をそそぐのは国と蒼生であり、妃嬪に与える寵は政を円滑に行うための手段でしかないからだ。
ゆえに、後宮に集った者たち全員を幸福にすることなど不可能であると仁瑶とてわかっている。わかっているが、翠玲を放っておけなかった。
後宮では寵愛の多寡で待遇が決まる。上位の位階にいても、帝君からの関心が薄いと見られれば宦官や女官の態度が如実に変わる。翠玲にそんな暮らしはさせたくなかった。
(だが、余計なお世話だったかもしれないな)
番ったからといって、翠玲は永宵に溺れているわけではない。琅寧のことを第一に考え、自身の立場をわきまえているからこそ、この場にいるのだ。
食後に出された甘味を見つめ、仁瑶は微笑んだ。
翠玲が作ってきたのは、銀耳と龍眼の甜湯だった。ちらした枸杞子が目に鮮やかで、甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
龍眼は永宵の好物でもあり、それだけでも翠玲の気遣いが窺われた。
さりながら、毒味役の宦官が甜湯を口にした途端泡を吹いて倒れ、状況は一変した。
「仁瑶様!」
「帝君!」
紅春と皇帝付き首席宦官の楊清玄がそれぞれに声をあげ、仁瑶と永宵を庇うように円卓から遠ざける。
他の内監らが倒れた毒味役に駆け寄るのを一瞥し、永宵は冷ややかな眼差しを翠玲へ向けた。
「余と兄上に毒を盛ろうとするとは。琅寧王になにを吹き込まれたんだ、寧嬪」
「わたしではありません」
「おまえが持ってきた甘味だろう」
「こちらへ立ち入る前に、楊太監が銀針を用いて調べております。そうですね、楊太監」
睨みつける永宵を毅然と見返して、翠玲が言う。
清玄が頷いた。
「はい、確かに調べました。ですが、その時は異常はなにも」
「わたしは琅寧の民のためにここにいるのです。たとえ疎んじられようと、帝君の玉体を害そうなどと考えたりいたしません」
「もうよい」
翠玲の言葉を遮り、永宵は翠玲付きの者たちを連れてくるよう清玄に指図する。
御前で跪かされた女官たちは、一様に怯えた顔をしていた。ただひとり、琅寧人の女官だけは翠玲を信じているようで、怯えた様子はない。
「甘味を運んできたのはおまえだな」
永宵が声をかけたのは、誰よりもふるえていた女官だった。
7
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。
家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。
しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。
調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
///////////////////////////////
※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
///////////////////////////////
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる