皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

文字の大きさ
上 下
6 / 74
第1話

1-6

しおりを挟む


 なにかしら理由をつけて辞退されるのではと懸念していたものの、翠玲は永宵の招きに応じた。
 龍宮殿の客庁きゃくま。中央に据えられた円卓には仁瑶の指示で、煌蘭だけでなく琅寧の料理も並べられている。
 香ばしい羊の燻製肉、香辛料をたっぷり使い、芋と干し肉を入れた山羊乳の湯菜しるもの奶酪チーズを練り込んだ麵包パン。その他、羊肉や山羊乳の苦手な永宵のために、五香紛ごこうふんをまぶしたとり揚物あげもの、香草をちらした蝦仁むきえび燕窩つばめのす清湯しるものなども饗された。
「羊肉は久しぶりなのではありませんか? たくさん食べてくださいね」
「……ありがとうございます、殿下」
 仁瑶が手ずから料理を取り分けると、翠玲は気まずそうに礼を述べた。
「哥哥、俺にも清湯をよそって」
 羊肉や山羊の乳が苦手な永宵は、仁瑶に「鶏も切ってほしい」とねだってくる。
 異母弟に給仕してやりながらそっと翠玲を見やると、白い指で器用に肉と骨を外して食べていた。
 無理やり設けた場だからか、永宵も翠玲も、互いに会話らしい会話がない。仁瑶が話題を振っても軽く相槌をうつ程度で、ともすれば目も合わせようとしない有り様だった。
(……番っているのに)
 仁瑶の胸に苦いものが広がる。
 たったひとりとしか番えない下邪種と異なり、天陽種は複数の番を持つことができる。番うという言葉の重みがそもそも違うのだと、仁瑶はくちびるを噛んだ。
 永宵は皇帝である。帝位についた時点で、誰かひとりの男になることは赦されない。皇帝にとって情をそそぐのは国と蒼生であり、妃嬪に与える寵は政を円滑に行うための手段でしかないからだ。
 ゆえに、後宮に集った者たち全員を幸福にすることなど不可能であると仁瑶とてわかっている。わかっているが、翠玲を放っておけなかった。
 後宮では寵愛の多寡たかで待遇が決まる。上位の位階にいても、帝君からの関心が薄いと見られれば宦官や女官の態度が如実に変わる。翠玲にそんな暮らしはさせたくなかった。
(だが、余計なお世話だったかもしれないな)
 番ったからといって、翠玲は永宵に溺れているわけではない。琅寧のことを第一に考え、自身の立場をわきまえているからこそ、この場にいるのだ。
 食後に出された甘味を見つめ、仁瑶は微笑んだ。
 翠玲が作ってきたのは、銀耳しろきくらげ龍眼りゅうがん甜湯しるものだった。ちらした枸杞子くこしが目に鮮やかで、甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
 龍眼は永宵の好物でもあり、それだけでも翠玲の気遣いが窺われた。
 さりながら、毒味役の宦官が甜湯を口にした途端泡を吹いて倒れ、状況は一変した。
「仁瑶様!」
「帝君!」
 紅春と皇帝付き首席宦官のヨウ清玄セイゲンがそれぞれに声をあげ、仁瑶と永宵を庇うように円卓から遠ざける。
 他の内監らが倒れた毒味役に駆け寄るのを一瞥し、永宵は冷ややかな眼差しを翠玲へ向けた。
「余と兄上に毒を盛ろうとするとは。琅寧王になにを吹き込まれたんだ、寧嬪」
「わたしではありません」
「おまえが持ってきた甘味だろう」
「こちらへ立ち入る前に、楊太監が銀針ぎんしんを用いて調べております。そうですね、楊太監」
 睨みつける永宵を毅然と見返して、翠玲が言う。
 清玄が頷いた。
「はい、確かに調べました。ですが、その時は異常はなにも」
「わたしは琅寧の民のためにここにいるのです。たとえ疎んじられようと、帝君の玉体を害そうなどと考えたりいたしません」
「もうよい」
 翠玲の言葉を遮り、永宵は翠玲付きの者たちを連れてくるよう清玄に指図する。
 御前で跪かされた女官たちは、一様に怯えた顔をしていた。ただひとり、琅寧人の女官だけは翠玲を信じているようで、怯えた様子はない。
「甘味を運んできたのはおまえだな」
 永宵が声をかけたのは、誰よりもふるえていた女官だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

そこにワナがあればハマるのが礼儀でしょ!~ビッチ勇者とガチムチ戦士のエロ冒険譚~

天岸 あおい
BL
ビッチ勇者がワザと魔物に捕まってエッチされたがるので、頑張って戦士が庇って大変な目にあうエロコメディ。 ※ビッチ勇者×ガチムチ戦士。同じ村に住んでいた幼馴染コンビ。 ※魔物×戦士の描写も多め。戦士がエロい災難に遭いまくるお話。 ※エッチな描写ありの話は話タイトルの前に印が入ります。勇者×戦士『○』。魔物×戦士『▼』。また勇者視点の時は『※』が入ります。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

溺愛αの初恋に、痛みを抱えたβは気付かない

桃栗
BL
幼馴染の上位アルファの怒りにより、突然オメガに変異させられたベータの智洋とそのアルファ、晴翔とが結ばれるまでの物語。 カプは固定ですが、2人共に他との絡みがあります。

処理中です...