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第1話
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しおりを挟むなにかしら理由をつけて辞退されるのではと懸念していたものの、翠玲は永宵の招きに応じた。
龍宮殿の客庁。中央に据えられた円卓には仁瑶の指示で、煌蘭だけでなく琅寧の料理も並べられている。
香ばしい羊の燻製肉、香辛料をたっぷり使い、芋と干し肉を入れた山羊乳の湯菜、奶酪を練り込んだ麵包。その他、羊肉や山羊乳の苦手な永宵のために、五香紛をまぶした鶏の揚物、香草をちらした蝦仁と燕窩の清湯なども饗された。
「羊肉は久しぶりなのではありませんか? たくさん食べてくださいね」
「……ありがとうございます、殿下」
仁瑶が手ずから料理を取り分けると、翠玲は気まずそうに礼を述べた。
「哥哥、俺にも清湯をよそって」
羊肉や山羊の乳が苦手な永宵は、仁瑶に「鶏も切ってほしい」とねだってくる。
異母弟に給仕してやりながらそっと翠玲を見やると、白い指で器用に肉と骨を外して食べていた。
無理やり設けた場だからか、永宵も翠玲も、互いに会話らしい会話がない。仁瑶が話題を振っても軽く相槌をうつ程度で、ともすれば目も合わせようとしない有り様だった。
(……番っているのに)
仁瑶の胸に苦いものが広がる。
たったひとりとしか番えない下邪種と異なり、天陽種は複数の番を持つことができる。番うという言葉の重みがそもそも違うのだと、仁瑶はくちびるを噛んだ。
永宵は皇帝である。帝位についた時点で、誰かひとりの男になることは赦されない。皇帝にとって情をそそぐのは国と蒼生であり、妃嬪に与える寵は政を円滑に行うための手段でしかないからだ。
ゆえに、後宮に集った者たち全員を幸福にすることなど不可能であると仁瑶とてわかっている。わかっているが、翠玲を放っておけなかった。
後宮では寵愛の多寡で待遇が決まる。上位の位階にいても、帝君からの関心が薄いと見られれば宦官や女官の態度が如実に変わる。翠玲にそんな暮らしはさせたくなかった。
(だが、余計なお世話だったかもしれないな)
番ったからといって、翠玲は永宵に溺れているわけではない。琅寧のことを第一に考え、自身の立場をわきまえているからこそ、この場にいるのだ。
食後に出された甘味を見つめ、仁瑶は微笑んだ。
翠玲が作ってきたのは、銀耳と龍眼の甜湯だった。ちらした枸杞子が目に鮮やかで、甘やかな香りが鼻腔をくすぐる。
龍眼は永宵の好物でもあり、それだけでも翠玲の気遣いが窺われた。
さりながら、毒味役の宦官が甜湯を口にした途端泡を吹いて倒れ、状況は一変した。
「仁瑶様!」
「帝君!」
紅春と皇帝付き首席宦官の楊清玄がそれぞれに声をあげ、仁瑶と永宵を庇うように円卓から遠ざける。
他の内監らが倒れた毒味役に駆け寄るのを一瞥し、永宵は冷ややかな眼差しを翠玲へ向けた。
「余と兄上に毒を盛ろうとするとは。琅寧王になにを吹き込まれたんだ、寧嬪」
「わたしではありません」
「おまえが持ってきた甘味だろう」
「こちらへ立ち入る前に、楊太監が銀針を用いて調べております。そうですね、楊太監」
睨みつける永宵を毅然と見返して、翠玲が言う。
清玄が頷いた。
「はい、確かに調べました。ですが、その時は異常はなにも」
「わたしは琅寧の民のためにここにいるのです。たとえ疎んじられようと、帝君の玉体を害そうなどと考えたりいたしません」
「もうよい」
翠玲の言葉を遮り、永宵は翠玲付きの者たちを連れてくるよう清玄に指図する。
御前で跪かされた女官たちは、一様に怯えた顔をしていた。ただひとり、琅寧人の女官だけは翠玲を信じているようで、怯えた様子はない。
「甘味を運んできたのはおまえだな」
永宵が声をかけたのは、誰よりもふるえていた女官だった。
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