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第1話
1-5
しおりを挟む永宵が政務を執っている間、仁瑶は龍宮殿の厨房へ赴き、龍蓮糕を作った。蓮の花を模った生地の中に、つぶした杏子と蜜をまぜたものを挟んだ焼菓子は、永宵の好物でもある。
甘く香ばしい匂いが漂う頃、務めを終えた永宵が厨房へ顔を出した。焼きたてをひとつ取って渡してやると、永宵は喜んで頬張る。
「やっぱり哥哥の龍蓮糕が一番美味しい」
口もとに菓子の欠片をつけて言う永宵に、仁瑶もあたたかな気分になる。幼い子にするように指で拭ってやると、永宵はくすぐったそうに笑み含んだ。
ふたりで菓子を食べてから、永宵の寝殿で山水画や美人画を鑑賞する。楽しげに画人の筆致や技法について話す永宵に相槌をうちつつ、仁瑶はさりげなく尋ねた。
「寧嬪とは、近頃はこうして画を見たりなさらないのですか?」
途端、永宵はくちびるを尖らせる。
「どうしてそんなことを訊くの」
不機嫌になった永宵に、仁瑶は努めてやわらかな声を出した。
「寧嬪の後見は私の母なので。もしや帝君のご不興を買ったのではないかと、母も私も心配しているのですよ。些細なことで、長く続く琅寧との友好関係を壊してはなりませんから」
「ふたりしかいないんだから、帝君だなんて呼ばないで」
「……小永」
駄々をこねる永宵に、仁瑶は微苦笑を浮かべて言い直す。
永宵はすねた顔で答えた。
「別に、寧嬪を冷遇してるわけじゃないよ。孕むようなら、産まれた子は哥哥の養子にしてあげようと思っていたのに、素腹だったからもう進御させる必要はないと思っただけ。それにしたって、前はあんなに寧嬪以外を召せって煩かったくせに、そのとおりにしたら今度は琅寧との友好にかかわるから仲良くしろだなんて。皇貴太妃様も随分身勝手なことを言うね」
「小永」
仁瑶は思わず声をあげた。
咎めるような眼差しを向ければ、永宵はわずかに身をすくませる。
「なにも間違ったことは言ってないでしょ」
柳眉を下げて反駁し、永宵は甘えるように仁瑶にしがみついてきた。
「哥哥、怒らないで」
「怒ったわけじゃありません」
仁瑶は溜息をついた。
「ただ、周囲の者は小永の態度を目敏く見ています。あんなに寵愛していた寧嬪を急に遠ざければ、いらぬ憶測をする輩も出てくるのですよ。小永だって、寧嬪について皇宮内でどんな噂がされているか、知らないわけではないでしょう?」
永宵はぐっと口をつぐんだものの、仁瑶の言葉に小さく頷いた。
「無理に龍床に招けとは言いません。ただ、昼間の一時だけでも、寧嬪とともに過ごす時間をつくっていただきたいのです。それが両国のためにも、ひいては小永のためにもなりますからね」
「……っ」
「もしも小永が、寧嬪とふたりになるのは気が進まないというのなら、私もご一緒させてください」
「うん、……でも、あんまり寧嬪と仲良くしないで。哥哥は小永の哥哥なんだから」
「わかっていますよ」
じっとりと睨んでくる永宵に微笑って、やさしく背を撫でてやる。それで満足したのか、永宵はさっそく明日の昼餉を翠玲と食べると約束してくれた。
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