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第1話
1-2
しおりを挟むきちんと言葉を交わす機会が巡ってきたのは、それからさらに数週間後。皇宮内の百駿園にて献上馬の馴致をしていた仁瑶は、翠玲がやって来たことに気づいて馬首を向けた。
「寧嬪」
声をかけると、翠玲は柵を挟んで万福礼する。
「お久しぶりですね。乗馬をなさりにいらしたのですか?」
鞍から降りて礼を返した仁瑶に、翠玲は小さく頷いた。
百駿園には広大な馬場があり、皇帝や妃嬪たちが乗馬をする際にも利用されている。
「私もちょうど散策に行こうとかと思っていたのです。もしよろしければ、ご一緒いたしませんか」
翠玲は皇帝の妃嬪ゆえ、いくら皇兄とはいえ仁瑶が近づきすぎてよい相手ではない。
されど、護衛の名目もかねて乗馬の供をするくらいなら赦されるだろう。
断られることも考えたが、翠玲は快く誘いを受けてくれた。
翠玲の乗馬技術はなかなかのもので、琅寧から連れてきたという白毛の馬を駆る姿は傍目にも美しく映った。
「さすがお上手ですね。その馬も、世話係の内監たちは気性が荒いと言っていましたが、寧嬪の言うことをよく聞いている」
感心して話しかけると、翠玲は微苦笑を浮かべた。
「昂呀はわたしにしか懐かないのです。そう仰る殿下の馬も、とても大人しくて賢いこですね」
琥珀瞳に見つめられ、仁瑶を乗せた花純が得意げに鼻を鳴らす。
「ええ、花純は私のことをよくわかってくれているので。私にとっては、頼りになる姉のような存在ですよ」
それぞれの愛馬の鬣を撫でながら、ふたりはのんびりと歩を進めた。
小高い丘から皇宮内を見晴るかす。息抜きにはちょうどよいものの、眼前の景色は広大な琅寧の草原とは比べものにならない。だからだろうか、口もとに笑みを浮かべていても、翠玲の面持ちにはどこか諦観の色がにじんでいた。
永宵の後宮に入ることを承諾したからといって、それが翠玲の本心だったとは限らない。
どの国でも、王族は自身ではなく民のために人生を捧げなければならない。まして、下邪種というだけで同じ男に組み敷かれなければならない屈辱はどれほどのものだろうか。
「寧嬪……、翠玲様」
呼びかけて、言い直す。翠玲はかすかに瞠目し、黙したまま仁瑶を仰いだ。
琥珀瞳と視線を搦め、仁瑶は静かに言葉を紡ぐ。
「私は煌家の人間ですが、翠玲様とは遠縁の間柄で、同じ男性下邪種でもあります。なにかあればいつでもお力になりますので、後宮でご不便があれば仰ってください」
「……帝君にはとてもよくしていただいておりますし、不便などありません。けれど、殿下のお気遣いには感謝いたします」
すぐに信用されるとは思っていなかったが、案の定、翠玲はやんわりと拒否の意を示した。
それでもかまわないと、仁瑶は肩をすくめる。
他国の人間に容易く心を赦すほうが問題だ。今後、仁瑶が信頼に足る人物だと判じられれば、翠玲はおのずと警戒を解いてくれるだろう。
「帝君に心配をかけてはいけませんから、そろそろ戻りましょうか」
言い募るでもなく話頭を変えた仁瑶に、翠玲は少し意外そうな顔をした。まるくなった琥珀瞳が可愛らしく、ようやく年相応の表情が見られたことに仁瑶は笑み含む。
甘い花の香りが濃さを増し、花びらを纏った風が昂呀と花純の脚にじゃれていった。
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