上 下
24 / 56

24、遺留物のこと

しおりを挟む
塔に残されていた物を眺める回です。
若干のR15成分があります。ご注意ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

 朝食を食べ終え、みなで手を合わせてから食器を下げる。この国では、特に食前の挨拶やら祈りやらがあるわけではない。いつだったか、私がうっかり『いただきます』をやってしまってからコンラッド様が真似をし始め、今ではすっかりおなじみになっている。
 なんかしらの宗教やら慣習やらに引っかかりやしないかと慌てて調べたのはいい思い出だ。マジで何もなくてほっとした。

「さて、どこから掃除する?」

「まずはキッチンですね。埃まみれのご飯は嫌です」

「たしかに」

 本日はたくさん動く予定なので、運動のできる簡易な服を着てもらった。シンプルな服だと余計に妖精感があるレンドル家の皆さま。眼福だ。

「では皆さま! 食器をお片付けがてらキッチンのお掃除をいたしますよ!」

 腕捲りをしてやるぞと構えれば、皆さまそれぞれお返事を返してくれた。手始めにはじめから備え付けられていた調理器具やら、いつのものかも分からない調味料やらを全部出して床へ並べていく。期待は全くしていなかったけれど、案外ちゃんとした鍋やフライパンから泡立て器、果てはクッキーの抜き型まで仕舞いこまれていて、もしや昔は普通に毎日使用されていたのでは? なんて推測が立つ。

 ここがいったいどこなのかという議論は情報がなさ過ぎて行われていない。ただ、ここに昔いた人を想像するのは楽しかった。お菓子を作る人だから子供もいたかもしれないとか、大きい寸胴鍋があるから元々たくさん人がいただろうとか、そういうことを話しながら作業を進める。

「クロード、これなに?」

 ジェーンお嬢様が棚の奥から取り出したのは、小さな瓶のようだった。しっかり蓋がされていて、中は見えない。

「失礼します、ちょっと開けてみますね……」

 私が片手で持てるサイズ感だ。調味料か、あるいはお酒かもしれない。ぎゅっと閉まった蓋を開けてみようとして力を込める。…………かっったいなこれ。

「くっ……か、固ぁ……すみません、ちょっと温めてみましょう……」

「僕もやりたい」

「どうぞ、無理なさいませんように」

 お湯につけたら開きやすくなるとか聞いたことがある。己の腕力に無理を強いる気になれず、私はコンラッド様へ瓶を渡して水を手近な鍋へ溜めた。

「あ、開いた」

「へ?」

 パコッ、と音がしてそちらを見れば、両手にそれぞれ蓋と瓶を持っているコンラッド様がいる。きれいに開いた瓶の中身は、どうやら水飴か何かのようだ。

「お兄様すごいです!」

「お兄ちゃんだからな!」

 弟妹様たちにやんやと褒められているコンラッド様。同い年のはずなんだけどな……と、複雑な気分でそれを眺めながら、私も凄いですねと拍手を送った。いや、さすがは私のご主人様だ。

「中身は蜂蜜だな」

「食べてもいい?」

「だめ。おやつの時間まで我慢な」

「……はぁーい」

 もう一度緩く蓋を締め直して、コンラッド様は私へ瓶を手渡した。管理は宜しくということだろう。

「…………な、クロード」

「はい、なんでしょう?」

 私に渡った甘味は諦めることにしたのか、弟妹様たちは次の棚へ取り掛かっている。するりと私へ近付いたコンラッド様は、心持ちひそりと声を低くして私の名を呼んだ。

「僕凄かった?」

「ええ。私も鍛えないといけませんね」

「……ご褒美、ほしい」

「蜂蜜はおやつの時間ですよ」

「ううん」

 甘える声が、妙に低く聞こえる。艶っぽい男の声に。

 暖かな体温が触れる距離まで近付いて、あどけない天使にも似た彼は、私の耳元で密やかにねだる。

「昨日の、気持ち良いのしたい」

 私は、気付かなかった。自分がどうであったかさえ忘れていたから、はじめてのソレがどれほど印象深いかを理解していなかった。

「……ご自分でなさらないと」

「やだ。クロードと一緒がいい」

「コンラッド様、」

「クロード、おねがい」

 気持ちの良い自慰行為、の認識に、『クロードと行う』の一節が付属するかもしれない可能性に、私は思い至らなかった。

 コンラッド様はよくよく私という従者を知っている。私が彼のに弱いことも、なんだかんだ皆さまへ甘いことも。こういうねだり方をするのは、どうしたって譲りたくない時だ。

 ……いや駄目だろう。癖をつけるのは駄目だ。コンラッド様は公爵令息なのだ、婚約者を思って……とかならまだしも従者と無駄打ちは業が深すぎる。私の方が色々と爛れている自覚があるのでもっと駄目だ。ああ、早いとこ此処を出てまともな教育を受け直して貰いたい。

「…………弟妹様たちがお昼寝してから、もう一度お話ししましょう」

「分かった。……約束な」

 思惑通りに突っぱねられなくなった私は、辛うじて即答を避けた。さてどうやって断ろうかと思案する間も、するりと私を撫でた主の手の感触が、頬にこびりついていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...