上 下
19 / 56

19、移動のこと

しおりを挟む
お泊まり会場()に移動する回です。
できない事もあるし、できない事の方が多い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「坊ちゃんがた、準備のほどはいかがですか」

 にっこり、と笑って、余所行きの顔をするのは、私のを聞いてお役目を捩じ込んでくれたアルフだ。別の意味で怖い気はするが、物理で来られてもコンラッド様は対処出来るはずなので、それなら他の使用人よりは良いと思う。

 こうして見ると普通に顔の良い従僕なんだよな……アルフ……。どうしてあんなに歪んでしまったのだろう。私が言えたことじゃないけど普通にしてたら普通に好い人だってできたろうに。

「大丈夫」

「それは良ぅございます。お荷物をお預かりしても?」

「僕、自分で持てる」

 子供好きなんだろうなぁ……って笑顔で愛想よく話し掛けて作業を進めるアルフは、従僕として見るなら優秀な部類なんだと思う。私以外の全ての使用人を警戒するコンラッド様によってすげなく断られているけれど。

「そうですか……では、馬車の準備が整いましたらご案内致しますね。メアリお嬢様たちのお荷物は……」

「こちらにご用意してあります」

 3人分3つ。なんとか鞄に収めてもらった。大きなそれを弟妹様たちに持たせるのは流石に酷なので、これらを運ぶのは私たちの役目だ。最悪私とコンラッド様で運ぶことも視野に入れてあったけれど、アルフの反応を見るにまともな仕事をしてくれそうだ。

 よいしょ、と軽々大きな鞄2つを持ち上げるアルフにちょっと年齢の理不尽さを感じた。見てるからな、とジェスチャーして、私も1つ分を持ち上げる。

「先に荷物を積み込んでまいりますね」

「うん」

 アルフにはにっこり笑われたが、コンラッド様へ一礼して部屋を出る。特に話すこともない。うっかりしてもかなわないし、何より私たちはすぐにも抜け出して反撃を行う予定だ。その時まで、この男には「敵」でいてもらわねば困る。

「…………なあ」

 ただ、話し掛けられたなら、少しくらいは答えても良いかもしれない。そう思うくらいには、なんとなく情……と、いうか、離したくない手駒感が沸いていたのかもしれない。

「なんですか」

「そんなに大事か」

 …………コンラッド様の事だろう。明らかに不穏なにさえ付いて仕えるほどなのか、と。大事に決まっている。価値観も常識も己の肉体さえ違う世界に放り込まれて、気を違えることなく生きられているのは彼のおかげと言って過言ではない。良く知らん暴力男に尻を許している時点で頭がおかしいと言われれば反論できないが。

 コンラッド様が味方でいてくれたから、1人ではなかったから、私は生きているのだ。読者の私前世でも悪役として好きだった彼へ仕えられるとなったら、そりゃあ地の果てまで精魂尽くしてお仕えする以外無いだろう。

「当たり前じゃないですか」

 何を今更、と答えれば、アルフは不快げに眉を寄せた。嫌そうだなあ、と内心で笑う。

「帰ってきたら土産話をしてあげますよ」

「……いらねぇよ」

 舌打ちでもしそうな様子のアルフは、少々乱暴に荷台を開けて鞄を積み込んだ。私が両手で苦労しながら運んだ鞄を、ひょいと片手で取り上げられると悲しいものがある。……せっかくだから監禁証拠集める間に筋トレでもしようかな。

 ゴードン伯爵の用意した使用人や御者はすでに揃っていて、あとは荷を確認し、コンラッド様たちが乗り込むだけのようだ。呼んできてくれ、と言われて子供部屋へ戻る。私も一緒に行くのだということは周知されているようで、数名からは気遣わしげな視線が向けられた。

「コンラッド様、メアリお嬢様、ジョン坊ちゃん、ジェーンお嬢様、出発の準備が整ったようです」

「そうか。じゃあ行こう」

「はい」

 立ち上がったコンラッド様と、元気良くお返事をくれる弟妹様たちと共に部屋を出る。

「……がんばろうな」

「はい」

 するりと私に近付いたコンラッド様が、低い声で言った。私は当然それにこたえて、見送りのない廊下でお互いに手を繋いだ。
 いいな、と目ざとくそれを見つけたジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様が空いている手を握って、メアリお嬢様がジェーンお嬢様と手を繋いだ。きっと頑張れる、と思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...