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2、努力のこと

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一応頑張りはしてるんですの回です。
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「それでは、行って参ります」

「おう。行ってらっしゃい」

 手紙を貰って数日後。バスケットと鞄を持って出掛ける。4年ほど前から始めて、すっかり馴染んだ習慣だ。いくら忙しくとも週に一度はこうやって出掛けているし、ある程度慣れてからはコンラッド様へ報告をするようにもなった。……よく許可をいただけているなとは思うが。私の主人は従者にとても甘い。

 さて、一時の暇をいただいて、こっそりと屋敷を出る。物語として神の視点を読んでいる私は知っているのだ。『乳兄弟コンラッド様以外は信用できない』。もちろん、弟妹様方が悪気無く話してしまうかもという用心を含めて。

 バスケットに用意したのは、私が屋敷で雑用をして稼いだ小金と廃棄寸前のパン。廃棄とは言ってもそれはお貴族様の基準で、前世が庶民だった私からすればまだまだ美味しく食べられる。残飯がどうのと言われそうだがここは異世界、ブロンデル皇国。使い回しがなんぼのモンである。私は主人たちと、ついでに私の命が惜しい。

「いつもご苦労だね、クロード」

「いいえ、街に出るのは楽しいですから。今日は何かありますか?」

「あー、ならこれを頼むよ」

「はい!」

 懇意にしている門番から買い物のメモを貰う。お出掛けを見逃して貰う代わりに、おつかいを申し出たのだ。いやあ、私の顔が売れていなくて良かった。まだお披露目さえしていない、公爵家長男の従者が護衛も付けずに街に出るとか、知ってたら絶対止めるもんな。

「行ってきます」

「はいよー」

 門番の騎士たちの中では、私はせいぜい使用人の子供という認識なのだろう。私もそう見えるよう振る舞っている。快く送り出してくれたので、軽く手を振って門を出た。貴族の大きな邸宅と豪奢な店が並ぶ通りを抜けてまずは商人街へ。おつかいと買い出しを済ませておこう。

 まだ小さい足でとことこ歩く。早く大きくなりたいものだ。この街はそれほど大きくないとはいえ、移動だけでも一苦労する。いずれ馬か、魔術による移動手段を考えようと思う。

 しばらく徒歩で進み、平民が住む区画に入れば、途端に増す人と声。その間を抜けて、メモを片手に目的地へ。傍目にはイイとこの小間使いくらいに見えているはずだ。

「やあクロード!」

「こんにちは、マイヤーさん」

「あらクロード、いらっしゃい」

「お久しぶりです、ミカさん」

 4年も続けていれば、街に顔見知りも出来る。店先から掛けられる声に応えながら、買い物客で賑わう通りを進む。

 ここ、ブロンデル皇国の北東に位置するレンドル領は、国境が近い事もあってそれなりに人の出入りが多く、栄えている印象を受ける。国境警備があるから治安もそこそこ。他の領地を見る機会は少ないが、悪い街では無いと思う。

「おっ、クロードか。今日のおつかいはなんだ?」

「こんにちはルドガーさん。今日はこれです。よろしくお願いします」

 貰ったメモをそのまま渡して、商品を包んでもらう。彼らのおつかいはだいたいが酒とツマミだ。自分で調達する方が絶対に良い物を買えるはずなのだけれど、どうも彼は酔えれば良いらしい。……警備が心配になる門番である。

「いつもご苦労さん。これオマケな」

「ありがとうございます!」

 ただ、街に出るたび八方美人を振りまいていれば良い事もある。酒屋の店主から、おそらくツマミの類なのだろう、果物の砂糖漬けを貰った。持って帰ってコンラッド様と一緒に食べようと思う。

「それじゃあ、また来ます!」

「おー、気ぃ付けてなー」

 鞄に荷物を詰めて、手を振って酒屋を出た。
 本当は、私がこっそり街で小銭を稼げれば良かったんだが……剣と魔法のファンタジーに想像するような冒険者ギルドとか、そういったものは存在しなかった。私くらいの子供が金を稼ごうと思ったらせいぜい仲良くなってお店のお手伝いとか、どこかの職人に弟子入りとか、そんなもの。長年の夢が潰えた気分である。

 なお、私が当初想像していたギルド的な役割は領地の騎士団や貴族たちが担当しているらしい。公務員って大変だな。お披露目がまだの私はいまいち『国』に仕えている実感が沸かないが。ただ、生き延びれば明日は我が身である。大人たちには清く正しいお仕事を心掛けていただきたい。

 そんなことを考えつつ、歩く街は賑わっていた。流行り病が広がっているとはいえ、前世と違って宅配も在宅ワークも発達していないから、出歩かないわけにはいかないのだろう。ちょっとばかり生活魔法が使えれば、浄化の魔法で消毒も出来る。大賑わいとはいかずとも、人々に悲壮感がないのはそのへんが理由だと思う。レンドル領はまだそこまで深刻な被害がないらしいし。

「こんにちはキースさん」

 重たい扉を両手で開け、少し薄暗い店内へ入る。次に訪れた古道具屋のお爺さんは、とても無口で偏屈だ。が、私が子供だからといって変に値切ったりぼったくったりしない。良い人だ。今も、ちらっと顔を向けただけで難しげな表情をして新聞に目を落としているけれど。

「見させて貰いますねー」

 彼の対応はいつものことなので、そのまま店内を見て回る。ここは小物や中古品や、問題のある品が並ぶ店だ。私の稼いだ小銭でも手の届く品が多い。店主の修理の腕が良いのか中古品にしては質の良い物が見つかることもあり、私が現状を良くする為にとてもお世話になっている店である。

「お願いします」

 目的の物はすぐに見つかり、ある程度見聞してからそれらをカウンターへ持っていく。店主はさも面倒そうに新聞を置いて、こちらへ向き直った。

「……また買うのか」

 ぎゅっと眉根を寄せた店主は、カウンターにばらりと置かれた赤い小石を見やる。

 宝石のように少し透き通って艶めくそれは、一般に『魔石』と呼ばれる品だ。魔力を持つ生き物全てに存在し、死しても腐らず大きさに見合った魔力を溜め込む、まだまだ謎多き器官。もちろん我々人間にも存在している。小説ではさらっと要素が出てきただけだが、生活になくてはならない消耗品だ。

「はい。あとこれも一緒に」

 本日の成果は魔石と靴。良い状態の革靴が安く売られていたので確保しておくことにした。店主は怪訝な顔をするが、いつも通り何か訪ねてくることはない。噂として客のことを話す人ではないということも知っている。この店に通う理由の1つだ。

「……まいど」

 不機嫌そうな店主は、それでもちゃんとお会計を済ませてくれた。まあ、どっちも今の私イイとこの小間使いが古道具屋で買う品ではないからな、そりゃあ不審に思うか。

 4年間せっせと愛想を振り撒いてきたから……本来の私領主の息子の従者であるとバレたとしても、多少は好意的な対応をしてもらえる……と、いいな。

 ちなみに靴は今から赴く場所でのプレゼント用。単なる安価な贈り物だ。そして魔石は燃料用である。4年前から、小説の筋書きを見越してコツコツ貯めてきた。小さな魔石だが、専用の道具にセットして使えばお役立ち家電の動力。小さすぎて使い回し出来ないから、使い捨てなのが欠点だ。

「ありがとうございまーす!」

 店主に礼を言って、これらも一度鞄に仕舞い込む。店を出て向かうのは、商店街も市民街も抜けた先にある、城壁にほど近い場所。高い壁のせいで昼でも薄暗く、無理に増設された建物たちが入り組んだ狭い路地を造り、人の目が届かないため悪人や家を失った人たちがこぞって身を寄せる区画。いわゆる『貧民街』と呼ばれる所だ。


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Tips ブロンデル皇国

大陸西部に位置し、山岳と港を有する国。首都はロンダール。隣接するブロンプトン帝国とは元々1つの国だったが、反乱によって2つの国に分かれ、現在まで山脈を挟んで小競り合いが頻発しているため統一は成されていない。身分制度を採用しており、皇族、貴族、平民の括りで大まかに分けられている。なお、皇族・貴族は世襲制であり、平民への褒賞として騎士伯位が存在する。
特産品は海産資源と鉱物、それらを使った工芸品など。
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