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 ひんやりと冷たい空気が階段の下から昇ってくる。ここにモンスターはいないはずだけれど、階段の先が暗く沈んでいるからか、なんだか恐ろしく感じてしまった。

「ここが言ってた隠し通路か。凄いな」

 後ろから、ひょこりとウィリウスが顔を出す。彼はどちらかというとわくわくしているようだった。慣れた冒険者なら、未踏の地は好奇心の対象なのかもしれない。

「ウィリウス、こっち入って来て」

「ん」

 ダンジョンによくある仕組みとして、別の区画に進むと後ろの扉が閉じてしまうことがある。この通路がまさしくそれで、ウィリウスが数歩中に入ると、ゆっくり壁が狭まるように入口が閉じてしまった。また開くには内側から同じ作業をする必要がある。あまり人に見られたくなかったので、思惑通りでありがたい。が、自分たちの持つ灯りだけになった暗闇は少々不気味だ。

 灯りを少し大きくして、入口の部分を見回す。ゲームだとここにセーブがあったのだけど……青白く光るセーブポイントは見当たらない。代わりに、それがあった場所には小さな宝箱がちょこんと置いてあった。やっぱり、セーブやらロードやらのガチチートは使わせてもらえないらしい。

「シン、これか?」

「……ううん、違う。けど、開けてみていい?」

「一応罠が無いか解析掛けとけ」

「うん」

 念のために解析魔法をかけ、問題ないことを確認してから蓋を開ける。思えば、今回ダンジョンで宝箱を見つけるのは始めてだ。浅い階層では初心者が大勢取り合うのだろうから、見つかる方が幸運だと思う。

「……ナイフだ」

「武器か、アタリだな。後で鑑定してもらおう」

 素材や消費アイテムではなく武器武具はアタリの宝箱らしい。武骨で装飾もほとんどない、全長30㎝くらいの片刃ナイフ。武器というより、昨日の解体作業の時の道具を思い出させる造りだ。ウィリウスにマジックバッグへ回収しておいてもらう。

「この奥にあるはずなんだ、行こう」

「おう」

 これまでと同じく、ウィリウスが先頭に立って進んでくれる。一本道だし危険はなさそうだけど、念のためだ。頭上や壁、足元を確認しつつ、ゆっくりと階段を下りていく。10分も経たないうちに、終わりが見えてきた。狭く急だった階段の先がぽかりと開けて、小さな部屋になっている。松明が1本設置されていて、オレンジ色の灯りがぼうとそこを照らしていた。炎が燃えているはずなのに、暖かくも息苦しくもない。不思議な空間だ。

「これか?」

「うん。そのはず」

「罠は……無いみたいだな、開けて良いか?」

「うん」

 小さな部屋の真ん中に、仰々しく設置された宝箱。上にあった物とは違い、箱にも少しの装飾が施されていてなかなか豪華だ。小部屋自体はのっぺりとした壁と松明くらいしかないので、トラップの有無を確認してウィリウスに開けてもらった。

「おぉ……ポーションか? 良いな、高そうだ」

「間違っても売らないでよ、俺の覚え間違いじゃなければ万能薬エリクサーだから」

「は!? え、初級ダンジョンだぞ? ンなとこにそんな高価なモン、……あ、だから隠し通路か」

 宝箱の中に入っていたのは、小さな小瓶に入った薄青の液体。一口くらいしか無さそうなアイテムだが、しっかりと封蝋がされておりいかにも価値がありますよ、と言いたげな見た目だ。ウィリウスが袋の中に仕舞い込んだのを確認して正体を教える。本当にあるかどうかも分からなかったから、あまり希望を与えてもなと思って伝えていなかった。ウィリウスは盛大に二度見して驚いてくれたので、なんだか満足だ。

「早いうちに確保しときたかったんだ。1つ屋敷に置いてあればなんとなく安心だろ」

「まあ……そうだな。こんな高価なモンがあるとは思ってなかったけど、万能薬ってくらいだから使い道には困らないだろうし」

 若干恐るおそる、袋を持ち直すウィリウス。ダンジョンに潜る冒険者は生傷の絶えない仕事だから、難易度の高い場所に行く前にこれを手に入れておきたかった。セーブポイントは見つからなかったが、良さそうなナイフも手に入れたし、大収穫だろう。

「ありがと、俺の用事はこれで済んだよ」

 無理を言って連れてきて貰ったので、収穫があってほっとした。正直、自分が戦闘に耐えない人間だというのは初戦で嫌というほど思い知っている。ウィリウスに負担をかけるのは嫌なので、あとは彼の指示に従って撤退するべきだろう。

「そうか、良かった。……しかし本当凄いなお前。エリクサーなんぞ親父でも買えるか分からんアイテムだぞ」

「おう、敬ってくれ」

 きちんとした店で購入するなら金貨が山積みに必要なアイテム。何度も周回して攻略も知っているから分かったが、普通に探索しただけでは分かりっこない場所の宝箱に入っている。とはいえ、無償で手に入れられるのはまさしく破格だ。覚えていてよかった。

「その調子で他のも頼むよ。俺が大怪我したら使ってくれ」

「うん。……ずっと取っとこうね」

「はは。そうだな」

 赤黒く汚れた装備を撫でたら、へらっと笑われる。さあ帰ろう、と微笑むウィリウスはいつも通りだった。慣れなくてはいけないな、とは思うのに、どうにもそんな気分にはなれない。

「今日は帰ろうか。行くぞ」

「ん」

 荷物と装備を整え直した彼に連れられ、細い階段を通って帰路についた。
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