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第13話 異能バトル『経験値1000倍の敵』②
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「ここから下に降りるのか。大丈夫かアリッサ?」
「はい、大丈夫です!」と彼女は緊張した様子で答える。
またしても何も知らない新人魔法使いのアリッサさんとコンビを組むことになった。
ターゲットが潜伏しているのは、町の地下。つまり下水道となる。
時々、大ネズミやスライムが住み着くので、新人冒険者が受ける最初の討伐依頼は、ここ下水道が舞台になりやすい。
「新人冒険者が巻き込まれなくてよかった……いや、俺たちも新人冒険者のはずなんだが?」
文句を言いながら、地下に続く入り口、鉄蓋を開いた。 このハシゴを下り、地下水道に行くのだが、視線の先には暗闇だけが見える。
「俺から、先に降りる」とアリッサに確認する。 あらためて、彼女の姿を見ると普段と変わらぬ服装だった。
すな、武器には新品の杖。装備は白いローブ。その内側は薄着で、短めのスカートだった。
はて、下水道を進むと伝えていたはずだが―――― そんな俺に疑問に気づいたのか、アリッサは、
「だ、大丈夫です。私なら、ユウキさんに見られても平気です」
思わず「何を言ってるんだ、お前は?」と口に出すところだった。
どうやら、以前のサウナ騒動から、邪な視線を向けられることが多々ある。
もしかしたら、サウナの件で露出趣味に目覚めてしまったのではないか……
いや、たぶん気のせいだ。 貴族の令嬢に特殊性癖を刻んでしまったとなると、俺の命は儚く、ギロチンの露と消えてしまうだろう。
「最近の私、なんだかユウキさんにだったら見て欲しいって欲求が……」
「え!? 俺、本当にギロチンの露と消えるの!?!?」
さて、冗談は置いといて、今回のターゲットについて復習をしていこう。
ターゲットは――――
『経験値1000倍』のホムンクルス。
ホムンクルスそのものは、使い魔として生み出される人型のモンスター。
急激に成長して、短命。非力な体の反面、通常の人間よりも遥かに高い魔力をもって生まれる。
そんなホムンクルスにハンニバルが生み付けたスキルは『経験値1000倍』
過去の勇者が保有していたと言われる強力なスキルだ。
そのスキルの効果により、ターゲットのホムンクルスは1日で3年分の成長をする。
さらに、ホムンクルスの3年分は人間換算で30年に該当する。
つまり、極端に成長をするモンスターに極端に成長するスキルが加わったことになる。
現時点で300歳くらいまで成長したホムンクルス。いったい、どうなっているのか誰も想像できない。
さて――――
この複雑に張り巡らせられた道は迷宮と比べても遜色はないだろう。
そんな下水道に隠れ住むモンスターを探しだして、討伐せよという依頼。
もはや、冒険者と言うよりも狩猟家《ハンター》の仕事じゃないか?
「下水道のはずなのに、それほど臭いませんね」
「あぁ、モンスターの棲み家になっていたから、簡単な浄化装置を作ったそうだ」
「浄化装置ですか? この下水道の全てに?」
「さすがに全てじゃないさ。大ネズミやスライムの数を減らすのが目的だからな。ただ……」
「ただ、なんですか?」
「確かにモンスターの数は減少した。その分、下水道で生き残ってるモンスターは強い個体……獰猛で凶悪な奴だけが徘徊することになった」
「それは、失敗なのですか? 成功なのですか?」
「さぁ?」と俺は肩をすくめた。 失敗か、成功かは、未来の人間が判断すること……ってやつだ。
「儘《まま》ならないもんだな。そんな話をしてると……モンスターがきたぞ!」
「はい!」とアリッサは素早く杖を構えた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
現れたのは大ネズミだった。
その名前の通り、大きなねずみのモンスター。猪くらいのサイズ……って言うと大きさを盛りすぎかな?
初見で戦うには妥当なモンスターだ。 しかし、過酷な環境に変わった下水で生活している大ネズミは、通常とは違い狂暴化している。
それも複数……5匹、いや、6匹か?
「気をつけろ。ここは下水路だ。通常の戦い方とは違うぞ」
「はい!」と彼女は返事をした。 事前に注意点を伝えている。
薄暗く、狭い通路。 だが、灯りをつけるのは得策ではない。
糞尿によるガスの発生。そのガスが引火して大爆発……そんな事が起きる事は滅多にないそうだ。
しかし、何らかの要因で爆発の条件が揃う可能性は0ではない。
当然ながら火魔法も避けた方がよい。
魔法使いのアリッサにとって火属性の魔法攻撃を封じられるのは、戦いに大きく影響が出るだろう。
「お願いします、氷の精霊さん。私に力を貸してください!」
『極寒氷結の弾丸』
彼女が放ったのは文字通り、氷の弾丸。
一撃ではない。 複数の弾丸が同時に大ネズミに向かって次々と命中していく。
正確な射撃で6匹全ての大ネズミに命中。 魔法が当たった大ネズミたちの体は氷漬けになり、動けなくなった。
「精度が高いな。命中力が普通の魔法使いとは比較にならないぞ」
「えへへへ……ありがとうございます」
最初の戦闘が終わった事で緊張感がよい方向に解れていく。
このまま、迷宮のような下水道を進んで行く……と。
「……何か来る。この音は大ネズミではない!」
新手のモンスターが現れた。どうやら、件のホムンクルスではないようだ。
なぜなら『がさがさ……』と嫌な足音が聞こえてきたからだ。
おおかた、大ネズミとの戦闘音を聞きつけて、興奮しているのだろう。
ソイツは薄暗い地下でもハッキリと見える。
「――――金色蟲だ」
金色蟲。この下水道では、ボスとして扱われる強力なモンスターだ。
その姿にアリッサは「ひぃ!」と悲鳴を出した。
金色蟲は名前の通り、虫型モンスター……ゴキブリによく似ていているので、女性冒険者からは気持ち悪いと嫌われている。
金色に輝く巨大ゴキブリみたいな虫が襲って来るのだ。仕方ない。
けど、体の内部に金をため込む性質があるので、倒した後に金塊が残されたりする。
「俺は嫌いじゃないぜ!」と剣を抜いて構えた。
暗がりの中、輝く金色蟲は……なるほど、グロテスクな姿だ。
下水道で餌となる生物が激減したのが原因だろうか。 普段なら、積極的に人を襲うモンスターではないが、今は俺に向かって突進をしてくる。
「なるほど、追い詰められた狐はジャッカルよりも狂暴だ……そんな格言が俺が住んでた国にもあるからな」
俺は素早く剣を振り、鋭い一撃で金色蟲に迫る。
しかし、金色蟲はその速さを生かして攻撃をかわしていく。あまつさえ、機敏に反撃してくるじゃないか。
金色蟲の攻撃パターンはシンプルなので読みやすい。体当たりと噛み付きだ。
注意すべきは噛み付き。その口から生えた牙は、簡単に人間の手足を切断してしまう。
だが、俺はカウンターを放った。 牙が生えた口内に刺突。
剣が深々と刺さっていく。
「勝った!」と勝利を確信したが、金色蟲は生命力が異常に高かった。
そのまま、剣から離れると背中を向けて逃走を開始する。
「あっ! 待て」と追いかけようとするが背後から――――
「私にまかせてください、ユウキさん」とアリッサから魔法の気配がした。
『極寒氷結の弾丸』
彼女の魔法による氷の弾丸。 命中力の高いはずの彼女の魔法は惜しくも金色蟲に直撃しなかった。
それほどまでに金色蟲の回避力は高い。
「けど、まだまだこれからです!」と魔法を狙う。
それを俺は止める。
「待て、アリッサ。狙うなら、そこだ!」
「え? 下水ですか? 凍り付かせたら町にも影響が……」
「いや、凍らせるの上側……表面を滑らせるように撃て!」
「はい、わかました――――『極寒氷結の弾丸』」
俺の指示通り、彼女の魔法は下水の上部だけを凍りつかせていく。
すると、逃げ回っていた金色蟲にも異変が起きた。
「あっ! 金色蟲の動きが鈍くなっていきます」
それは俺の予想通りだった。
先ほどから続けているアリッサの氷魔法。直撃はしなかったが、避けたはずの金色蟲の動きが鈍っていたのを俺は見逃していなかった。
やはり、虫型のモンスターは寒さに弱い。 どうやら、金色蟲もそれに当てはまっていたようだ。
「それじゃ、これで終わりだ!」
完全に動きを止めた金色蟲に剣を突き刺した。
金色蟲の体が霧散していく。あとには、少量の金塊がゴロリと転がっているだけ。
「これで幾らくらいになりますかね?」とアリッサは嬉しそうに駆け寄ってきた。
ん? 貴族令嬢だから、お金には困っていないのでは? 俺は不思議に思った。
……いや、家出をしているから実家からの支援はないのか。
もしかしたら、俺が思っているよりも貧困生活をしているのでは……
「これ、お前にやるよ。普通の職業なら3ヶ月分の給料相当の金額になるから」
俺は良い。王都に帰れば貴族と同レベルの家がある。 魔王を倒すための旅で得た金銀財宝。加えて10年間、国の命令に従ってブラック企業のように働き続けてきた。
結果、俺が馬車馬のように働いて得た金額は、俺の孫の代まで遊んで暮らせるほどに膨らんでいる。
いや、俺に孫どころか子供を残せるかはわからないが…… とにかく、貧乏暮らしをしているであろうアリッサに、金塊の全てを渡した。
「え? 良いんですか! 嬉しいな。これって2人で冒険するようになって初めての宝物。 初ドロップですよ。記念にペンダントに加工してもらおうかしら」
「アリッサさん、参考までに現在は、どちらに住んでおられますか?」
「どうしたんですか、突然? ビスストリートの1丁目です。あっ! ユウキさんならいつ来ても大丈夫です。できたら、事前に連絡を……」
はい、高級住宅街でした! アリッサさんは、ゲルベルクでもセレブ生活を楽しんでおられました!
羨ましいかぎりでございます。 そんなやり取りをしていると……
「アリッサ、これを見てくれ」と俺は足元に転がる物を発見した。
「これは骨ですね。人間の物ではありません。モンスターが何か動物を食べたのでしょうか?」
「いや、どうやらコイツは調理した痕跡がある。ここ下水道で狩猟をして生活している奴がいるみたいだ」
「それってつまり……ターゲットのホムンクルス。それが近くにいるってことですか?」
俺は静かに頷いた。それと同時にホムンクルスをおびき寄せるための妙案を思い付いていた。
時間にして2時間くらいだろうか? 一度、地上に戻った俺たちは、準備を済ませて戻ってきた。
「本当にこれでおびき寄せる事ができるのでしょうか?」
「さて、普段は人を襲わない大ネズミや金色蟲が凶暴化するほどに餌不足が起きてるんだ。やってみる価値はあると思うぜ」
手にしたのは大量の肉。 ここが不衛生な下水道じゃなければ、みんな大好きなBBQパーティとシャレ込むところだったぜ。
密閉空間ならばメタンガスが溜まってる危険性もあるが、まぁ大丈夫だろう(前言撤回)
一応、ガスの有無は確認しておく。
下水道は、貯まった雨水が腐敗して酸素が減少しているらしい。 酸素濃度と火ってどのくらい関係ある?
「まぁ、何か問題が起きても、俺の魔法『肉体強化』なら、耐えれるだろう。それにアリッサの魔法もある」
俺の魔法『肉体強化』は、ただ身体能力を上げるだけの魔法じゃない。
短時間なら宇宙空間に投げ出されても、太陽に着地しても平気だ(実は経験済み)。
「それじゃいきますよ。幽冥炎舞《ゴースト・フレイムダンス》! 少し火力減少バージョンです!」
彼女の魔法で、用意した薪に火が着く。
「まずはシンプルに鶏肉からかな?」
俺はモモ肉を串に刺して焼き鳥を作る。 自分で食べるわけではないが、食べ物を不衛生な場所に置くのは禁忌感があって自然と避ける。
次々にできる焼き鳥たち。 アリッサにはパタパタとうちわで扇いでもらう。
この下水道ダンジョンに匂いが広がっていくようにだ。
「次はこいつだ。豚肉をこうやって!」
俺は、刺又《さすまた》を取り出した。 当然ながら、武器に使うのではない。
料理に使うのだ。 下ごしらえの終わっている豚に刺又を突き刺した。
要するに豚の丸焼き……おっと、豚をただ焼くだけの料理だと思って甘く見てはいけない。
中国では伝統的な高級料理として振る舞われる。
開いた豚の内側に塩や醤といった調味料を塗る。表面には砂糖水をかけて、こんがり焼くだけ。
それゆえ熟練の技が必要とされ……まぁ、俺は料理人でもなければ、中国の調味料『醤』は手に入らないので、そこは適当に……
「よし、完成だ。これで匂いを拡散してやると……」
そこで俺は言葉を止めた。 気配を極限までに消した希薄な存在。
俺でなければ気づかなかっただろう。 ターゲットは、既にこの場に現れていた。
「はい、大丈夫です!」と彼女は緊張した様子で答える。
またしても何も知らない新人魔法使いのアリッサさんとコンビを組むことになった。
ターゲットが潜伏しているのは、町の地下。つまり下水道となる。
時々、大ネズミやスライムが住み着くので、新人冒険者が受ける最初の討伐依頼は、ここ下水道が舞台になりやすい。
「新人冒険者が巻き込まれなくてよかった……いや、俺たちも新人冒険者のはずなんだが?」
文句を言いながら、地下に続く入り口、鉄蓋を開いた。 このハシゴを下り、地下水道に行くのだが、視線の先には暗闇だけが見える。
「俺から、先に降りる」とアリッサに確認する。 あらためて、彼女の姿を見ると普段と変わらぬ服装だった。
すな、武器には新品の杖。装備は白いローブ。その内側は薄着で、短めのスカートだった。
はて、下水道を進むと伝えていたはずだが―――― そんな俺に疑問に気づいたのか、アリッサは、
「だ、大丈夫です。私なら、ユウキさんに見られても平気です」
思わず「何を言ってるんだ、お前は?」と口に出すところだった。
どうやら、以前のサウナ騒動から、邪な視線を向けられることが多々ある。
もしかしたら、サウナの件で露出趣味に目覚めてしまったのではないか……
いや、たぶん気のせいだ。 貴族の令嬢に特殊性癖を刻んでしまったとなると、俺の命は儚く、ギロチンの露と消えてしまうだろう。
「最近の私、なんだかユウキさんにだったら見て欲しいって欲求が……」
「え!? 俺、本当にギロチンの露と消えるの!?!?」
さて、冗談は置いといて、今回のターゲットについて復習をしていこう。
ターゲットは――――
『経験値1000倍』のホムンクルス。
ホムンクルスそのものは、使い魔として生み出される人型のモンスター。
急激に成長して、短命。非力な体の反面、通常の人間よりも遥かに高い魔力をもって生まれる。
そんなホムンクルスにハンニバルが生み付けたスキルは『経験値1000倍』
過去の勇者が保有していたと言われる強力なスキルだ。
そのスキルの効果により、ターゲットのホムンクルスは1日で3年分の成長をする。
さらに、ホムンクルスの3年分は人間換算で30年に該当する。
つまり、極端に成長をするモンスターに極端に成長するスキルが加わったことになる。
現時点で300歳くらいまで成長したホムンクルス。いったい、どうなっているのか誰も想像できない。
さて――――
この複雑に張り巡らせられた道は迷宮と比べても遜色はないだろう。
そんな下水道に隠れ住むモンスターを探しだして、討伐せよという依頼。
もはや、冒険者と言うよりも狩猟家《ハンター》の仕事じゃないか?
「下水道のはずなのに、それほど臭いませんね」
「あぁ、モンスターの棲み家になっていたから、簡単な浄化装置を作ったそうだ」
「浄化装置ですか? この下水道の全てに?」
「さすがに全てじゃないさ。大ネズミやスライムの数を減らすのが目的だからな。ただ……」
「ただ、なんですか?」
「確かにモンスターの数は減少した。その分、下水道で生き残ってるモンスターは強い個体……獰猛で凶悪な奴だけが徘徊することになった」
「それは、失敗なのですか? 成功なのですか?」
「さぁ?」と俺は肩をすくめた。 失敗か、成功かは、未来の人間が判断すること……ってやつだ。
「儘《まま》ならないもんだな。そんな話をしてると……モンスターがきたぞ!」
「はい!」とアリッサは素早く杖を構えた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
現れたのは大ネズミだった。
その名前の通り、大きなねずみのモンスター。猪くらいのサイズ……って言うと大きさを盛りすぎかな?
初見で戦うには妥当なモンスターだ。 しかし、過酷な環境に変わった下水で生活している大ネズミは、通常とは違い狂暴化している。
それも複数……5匹、いや、6匹か?
「気をつけろ。ここは下水路だ。通常の戦い方とは違うぞ」
「はい!」と彼女は返事をした。 事前に注意点を伝えている。
薄暗く、狭い通路。 だが、灯りをつけるのは得策ではない。
糞尿によるガスの発生。そのガスが引火して大爆発……そんな事が起きる事は滅多にないそうだ。
しかし、何らかの要因で爆発の条件が揃う可能性は0ではない。
当然ながら火魔法も避けた方がよい。
魔法使いのアリッサにとって火属性の魔法攻撃を封じられるのは、戦いに大きく影響が出るだろう。
「お願いします、氷の精霊さん。私に力を貸してください!」
『極寒氷結の弾丸』
彼女が放ったのは文字通り、氷の弾丸。
一撃ではない。 複数の弾丸が同時に大ネズミに向かって次々と命中していく。
正確な射撃で6匹全ての大ネズミに命中。 魔法が当たった大ネズミたちの体は氷漬けになり、動けなくなった。
「精度が高いな。命中力が普通の魔法使いとは比較にならないぞ」
「えへへへ……ありがとうございます」
最初の戦闘が終わった事で緊張感がよい方向に解れていく。
このまま、迷宮のような下水道を進んで行く……と。
「……何か来る。この音は大ネズミではない!」
新手のモンスターが現れた。どうやら、件のホムンクルスではないようだ。
なぜなら『がさがさ……』と嫌な足音が聞こえてきたからだ。
おおかた、大ネズミとの戦闘音を聞きつけて、興奮しているのだろう。
ソイツは薄暗い地下でもハッキリと見える。
「――――金色蟲だ」
金色蟲。この下水道では、ボスとして扱われる強力なモンスターだ。
その姿にアリッサは「ひぃ!」と悲鳴を出した。
金色蟲は名前の通り、虫型モンスター……ゴキブリによく似ていているので、女性冒険者からは気持ち悪いと嫌われている。
金色に輝く巨大ゴキブリみたいな虫が襲って来るのだ。仕方ない。
けど、体の内部に金をため込む性質があるので、倒した後に金塊が残されたりする。
「俺は嫌いじゃないぜ!」と剣を抜いて構えた。
暗がりの中、輝く金色蟲は……なるほど、グロテスクな姿だ。
下水道で餌となる生物が激減したのが原因だろうか。 普段なら、積極的に人を襲うモンスターではないが、今は俺に向かって突進をしてくる。
「なるほど、追い詰められた狐はジャッカルよりも狂暴だ……そんな格言が俺が住んでた国にもあるからな」
俺は素早く剣を振り、鋭い一撃で金色蟲に迫る。
しかし、金色蟲はその速さを生かして攻撃をかわしていく。あまつさえ、機敏に反撃してくるじゃないか。
金色蟲の攻撃パターンはシンプルなので読みやすい。体当たりと噛み付きだ。
注意すべきは噛み付き。その口から生えた牙は、簡単に人間の手足を切断してしまう。
だが、俺はカウンターを放った。 牙が生えた口内に刺突。
剣が深々と刺さっていく。
「勝った!」と勝利を確信したが、金色蟲は生命力が異常に高かった。
そのまま、剣から離れると背中を向けて逃走を開始する。
「あっ! 待て」と追いかけようとするが背後から――――
「私にまかせてください、ユウキさん」とアリッサから魔法の気配がした。
『極寒氷結の弾丸』
彼女の魔法による氷の弾丸。 命中力の高いはずの彼女の魔法は惜しくも金色蟲に直撃しなかった。
それほどまでに金色蟲の回避力は高い。
「けど、まだまだこれからです!」と魔法を狙う。
それを俺は止める。
「待て、アリッサ。狙うなら、そこだ!」
「え? 下水ですか? 凍り付かせたら町にも影響が……」
「いや、凍らせるの上側……表面を滑らせるように撃て!」
「はい、わかました――――『極寒氷結の弾丸』」
俺の指示通り、彼女の魔法は下水の上部だけを凍りつかせていく。
すると、逃げ回っていた金色蟲にも異変が起きた。
「あっ! 金色蟲の動きが鈍くなっていきます」
それは俺の予想通りだった。
先ほどから続けているアリッサの氷魔法。直撃はしなかったが、避けたはずの金色蟲の動きが鈍っていたのを俺は見逃していなかった。
やはり、虫型のモンスターは寒さに弱い。 どうやら、金色蟲もそれに当てはまっていたようだ。
「それじゃ、これで終わりだ!」
完全に動きを止めた金色蟲に剣を突き刺した。
金色蟲の体が霧散していく。あとには、少量の金塊がゴロリと転がっているだけ。
「これで幾らくらいになりますかね?」とアリッサは嬉しそうに駆け寄ってきた。
ん? 貴族令嬢だから、お金には困っていないのでは? 俺は不思議に思った。
……いや、家出をしているから実家からの支援はないのか。
もしかしたら、俺が思っているよりも貧困生活をしているのでは……
「これ、お前にやるよ。普通の職業なら3ヶ月分の給料相当の金額になるから」
俺は良い。王都に帰れば貴族と同レベルの家がある。 魔王を倒すための旅で得た金銀財宝。加えて10年間、国の命令に従ってブラック企業のように働き続けてきた。
結果、俺が馬車馬のように働いて得た金額は、俺の孫の代まで遊んで暮らせるほどに膨らんでいる。
いや、俺に孫どころか子供を残せるかはわからないが…… とにかく、貧乏暮らしをしているであろうアリッサに、金塊の全てを渡した。
「え? 良いんですか! 嬉しいな。これって2人で冒険するようになって初めての宝物。 初ドロップですよ。記念にペンダントに加工してもらおうかしら」
「アリッサさん、参考までに現在は、どちらに住んでおられますか?」
「どうしたんですか、突然? ビスストリートの1丁目です。あっ! ユウキさんならいつ来ても大丈夫です。できたら、事前に連絡を……」
はい、高級住宅街でした! アリッサさんは、ゲルベルクでもセレブ生活を楽しんでおられました!
羨ましいかぎりでございます。 そんなやり取りをしていると……
「アリッサ、これを見てくれ」と俺は足元に転がる物を発見した。
「これは骨ですね。人間の物ではありません。モンスターが何か動物を食べたのでしょうか?」
「いや、どうやらコイツは調理した痕跡がある。ここ下水道で狩猟をして生活している奴がいるみたいだ」
「それってつまり……ターゲットのホムンクルス。それが近くにいるってことですか?」
俺は静かに頷いた。それと同時にホムンクルスをおびき寄せるための妙案を思い付いていた。
時間にして2時間くらいだろうか? 一度、地上に戻った俺たちは、準備を済ませて戻ってきた。
「本当にこれでおびき寄せる事ができるのでしょうか?」
「さて、普段は人を襲わない大ネズミや金色蟲が凶暴化するほどに餌不足が起きてるんだ。やってみる価値はあると思うぜ」
手にしたのは大量の肉。 ここが不衛生な下水道じゃなければ、みんな大好きなBBQパーティとシャレ込むところだったぜ。
密閉空間ならばメタンガスが溜まってる危険性もあるが、まぁ大丈夫だろう(前言撤回)
一応、ガスの有無は確認しておく。
下水道は、貯まった雨水が腐敗して酸素が減少しているらしい。 酸素濃度と火ってどのくらい関係ある?
「まぁ、何か問題が起きても、俺の魔法『肉体強化』なら、耐えれるだろう。それにアリッサの魔法もある」
俺の魔法『肉体強化』は、ただ身体能力を上げるだけの魔法じゃない。
短時間なら宇宙空間に投げ出されても、太陽に着地しても平気だ(実は経験済み)。
「それじゃいきますよ。幽冥炎舞《ゴースト・フレイムダンス》! 少し火力減少バージョンです!」
彼女の魔法で、用意した薪に火が着く。
「まずはシンプルに鶏肉からかな?」
俺はモモ肉を串に刺して焼き鳥を作る。 自分で食べるわけではないが、食べ物を不衛生な場所に置くのは禁忌感があって自然と避ける。
次々にできる焼き鳥たち。 アリッサにはパタパタとうちわで扇いでもらう。
この下水道ダンジョンに匂いが広がっていくようにだ。
「次はこいつだ。豚肉をこうやって!」
俺は、刺又《さすまた》を取り出した。 当然ながら、武器に使うのではない。
料理に使うのだ。 下ごしらえの終わっている豚に刺又を突き刺した。
要するに豚の丸焼き……おっと、豚をただ焼くだけの料理だと思って甘く見てはいけない。
中国では伝統的な高級料理として振る舞われる。
開いた豚の内側に塩や醤といった調味料を塗る。表面には砂糖水をかけて、こんがり焼くだけ。
それゆえ熟練の技が必要とされ……まぁ、俺は料理人でもなければ、中国の調味料『醤』は手に入らないので、そこは適当に……
「よし、完成だ。これで匂いを拡散してやると……」
そこで俺は言葉を止めた。 気配を極限までに消した希薄な存在。
俺でなければ気づかなかっただろう。 ターゲットは、既にこの場に現れていた。
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しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
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元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
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魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
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本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
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