11 / 34
第11話 闘技場での闘い???
しおりを挟む
「いや、待ってくれ」と俺は焦っていた。なぜなら――――
「何も聞いていないぞ。翌日、試合なんて!」
闘技場。
戦士と戦士が素手あるいは武器を持って戦う場所。
古代ローマの闘技場《コロッセオ》そのままで、戦車を走らせる競技《レース》や船を浮かべて海戦なんかもしたりする。
なぜか、そんな場所で俺は素手で試合をすることが決まっていた。
闘技場の試合を仕切る興行主に言っても――――
「え? 正式な書面でユウキさんから承諾を得ているはずですよ?」
「間違いありません」と断言された。
対戦相手側の広報に言っても――――
「え? 対戦相手は決定済みですよ? 契約書にもサインをいただいています」
「間違いありません」と断言された。
念のため、対戦相手に言っても――――
「私はあなたを倒すだけです。 私とあなた――――武を競い合い、互いに高めるだけを望んでいます」
武人として正々堂々と戦う事を誓われてしまった。
一体、どういう事なのか? みんな疑問符が頭の中に漂っている様子だ。
ただ1人を除いて……
「謀ったな、ソフィア!」
「えっと、何の事だかわからないです」
「試合の契約書を貰って来た。これ1日トーナメントだな……それも出場者4人。つまり、1回勝つと?」
「ソフィアとお兄様の試合になりますね!」と声を弾ませて答える彼女だった。
「お前、俺と戦うためだけに文書偽造までして、犯罪だぞ」
「それは大丈夫なのです! ソフィアの計画にミスはあり得ないのです。犯罪の証拠なんてポイポイって消しているのですよ」
「語るに落ちるとはこの事だな!」
「なんてこった……」と俺は天井を仰いだ。 何が悪かったのか? どこで育て方を間違えてしまったのか?
「でも、流石ですお兄様。何だかんだと言っても、本気で戦うことを止めようとしてませんね」
「まぁ……俺も嫌いじゃないよ、格闘技。闘技場の試合は何度がやってるわけだし」
「存じ上げているのです。お兄様は私の師なのですから」
確かに、素手で戦う事に特化したソフィアのスキルを知って、俺は彼女の戦い方を指導した。
だが、俺はきっかけを与えたに過ぎない。 彼女が強くなったのは、彼女の実力と努力の結果でしかない。
「師匠越えを望む弟子の心情。察してはいただけなのですか?」
「いや」と俺は否定した。 彼女は目を伏せる。 だが――――
「まだ弟子に越えさせるには、早いだろよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
第一試合。
ソフィア・アイアンフィストは勝利した。
試合開始と同時に放った打撃。 たった1撃で彼女の記録は157勝1敗1引き分けに増えたのだ。
その洗礼された動きから、前日の疲労やダメージは残っていないのはわかる。
彼女は一足先に勝者の席で俺を待つ事になった。
そして、第二試合。
俺……ユウキ・ライトは闘技場に立った。
さて、ここからは俺がどう戦うか。より臨場感を味わえるために一人称から三人称に切り換えようではないか。
なに、気にすることではない。 ただのファンサービスというものだ。
観客のボルテージは彼の姿を見ただけで最高潮まで跳ね上がっているのではないか? 試合前にも関わずに……
既に相手はユウキを待ち受けていた。
「私は武人として、ユウキ・ライトの武勲は聞いて来ました。本気で戦うことになるなんて、楽しみだ」
そう言って握手を求めてきた手をユウキは握り返した。 互いに力強い握手だった。
そのユウキに対峙する男の名前は――――シルヴァン・ソードブレイズ
端正な顔立ち。腰まで伸びた金髪を後ろにまとめている。
闘技者よりも舞台役者が似合っていそうだ。 観客席から彼に黄色い声援を投げている女性も少なくはない。
彼の肉体を評するならば――――
堅固な筋肉を持ちながらも、その仕草は女性的な柔らかさを秘めている。
まるで、彫刻のように鍛えられた筋肉を持つが、普通の動きには女性的なしなやかさが漂っているのだ。
(俺とは真逆の体だ)
ユウキは、そう思った。
(俺が過酷な環境に身をやり、戦いの連続で作り上げてきた不自然な体とは真逆の体をしている)
きっと、彼――――シルヴァンは丁寧に肉体を作り上げてきたのだろう。
むしろ、闘技者として異端なのはユウキの方。 正しいのはシルヴァンの体なのだ。
「それでは行くぞ。私の技を受けてもらいたい」
シルヴァンの構え。 半身から腰を大きく落としている。
両腕は腰の位置。ユウキから見えない場所に手を隠して構えている。
それをユウキは短く「居合か」と呟いた。
この世界ではよくあることだ。 ここは剣があり、魔法がある世界だ。
徒手空拳の技は、剣や魔法ほど優先されない。されど、剣が折れ、魔力が尽きた時に必要不可欠の技となる。
ならば、どうする?
剣の技を素手に置き換えて練習すればよい。 剣と素手を同時に修練すればよいではないか。
そういう考えが合理的とされる流れが武の世界にはあるのだ。
つまり、シルヴァンの構えは居合い。あるいは抜刀術に近い。
攻撃の初動を読まさせず、高速の手刀を放つ技。 しかし、ユウキの読みでは、それだけではないようだ。
「丹念に積み重ねてきた技。それにスキルというオリジナルを加えるつもりだな」
「その通りです。ユウキ殿はスキルをもっていないと聞いています。卑怯と思われますか?」
「いや、何でも使えばいい。それが勝つための方法ならね。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない。プライベートの用件でな。できるだけスキルの使い手と戦ってみたいと思っていたところだったのさ」
スキルを使用するモンスターを作ってるマッドサイエンティストがいる。まさか、こんな場所で公言するわけにはいかなかった。
もしかしたら、そんなユウキの心の変化を読み取っていたのかもしれない。
シルヴァンは、このタイミングでスキルを使用した。
『加速』
初動を殺した抜刀術に、さらなる加速が加えられる。
シルヴァンの手。それがもはや、人が認識することすらできぬ魔拳ならず魔剣の領域まで引き上げられた。
そんなシルヴァンの必殺技であったが、ユウキには届かなかった。
超加速したシルヴァンの目前に何かが出現したのだ。 バチバチと全身を蜂にでも刺されたような痛みが走り抜けていた。
大きくバランスを崩して倒れたシルヴァンだったが、すぐに立ち上がった。
そして痛みの正体に気づいた。
「……まさか、私が仕掛けるタイミングで砂を?」
「あぁ、砂を蹴り上げた」と俺は答える。
高速移動中に砂をかけられたのだ。シルヴァンにしてみたら、急に砂嵐に襲われたようなもの。
「こういう技は、切り札として温存しておけ。自然な攻防の流れに紛らせて使わなければ、簡単に対処される」
「高速移動する人間に砂をかけれるのはあなたくらいですよ」と言うと、シルヴァンは戦法を変えてきた。
手刀で突きを繰り出してくるつもりのようだ。
ここからは、手技での戦いは始まる。
対するユウキの構えは、利き腕とは逆の腕を大きく下げ前に出している。
ボクシングでいう超攻撃型と言われるデトロイトスタイル。
「なんです? その構えは」とシルヴァンは困惑を隠せなかった。
「見てればわかるさ」とユウキは拳を軽く動かし、プレッシャーをかける。
前記した通り、この世界の武術は、剣技や魔法の延長として考える。
それが実戦的だからだ。
(まさか、シルヴァンも俺が異世界の武術――――それも素手だけで戦うことを前提とした技を使うとは想像もできなかっただろう。増してカメラみたいに映像を録画することはできないもんな)
魔法やスキルで代用は可能だが…… それが使えるのは限られた人のみ。
つまり、勇者ユウキが闘技場で戦った過去の記録を残っていても、
どのような技を使い、どのような動きをして、どのように勝ったか?
詳細まで広がることはない。
「うっ!」とシルヴァンの動きが止まる。
牽制のジャブ。 しかし、彼にとって左ジャブを放たれるのは初体験。
それがどのような技か? 自然と警戒心が強くなり、動きが鈍くなっているのがわかる。
だが、シルヴァンも闘技者。 恐怖に打ち勝ち、間合いを縮める。
コンッ! コンッ! と音が鳴る。 体の固い部分同士が接触するとこのような音が出るのだ。
ユウキのガードしたシルヴァンの腕に当たる。 時にはガードをすり抜け、固い額にユウキは叩いた。
観客たちにとってはひどく退屈な試合に見えるだろう。 なんせ、観客が闘技場で求めるのは蛮性が溢れる原始的なファイト。
しかし、ブーイングのような不満の声は奇妙なほど少なかった。
(へぇ、わかるのか? 俺が何をしていて、これからしようとしているのかが。さすが王都シュタットの観客が目が肥えている)
このままではじり貧。シルヴァンにはそれがわかったのだろう。
多少、強引でも前に出てユウキの攻撃を阻害しに来る。
だが、それはユウキの誘いだった。 焦れた相手が強引で出る動きに合わせてのカウンター。 しかし、それは打撃のカウンターではなかった。
胴タックル
ユウキの戦闘スタイルは、ボクシングではない。
強いていうならMMAスタイル。 打撃と寝技のミックスしたスタイルだ。
抱きつかれたシルヴァンは倒れまいと耐える。
一流の嗅覚ゆえだろうか? 倒されたら何かがまずい。
そういう嗅覚。 あるいはユウキから、勝利への絶対の自信が溢れていたのかもしれない。
耐えるシルヴァン。 倒そうと力を入れるユウキ。
力を入れるため、後ろに下がったシルヴァンの足に何かが絡まっていく。
まるで蛇のようなソレはユウキの足だった。
ついにバランスを崩したシルヴァンの体にユウキは馬乗りになった。
馬乗り
その時だった。 会場内で流れていた解説の声が大きく乱れた。
「え? なにこれ? ユウキ選手の戦歴に間違いがあった。修正? そんな場合じゃ……え? 400戦無敗!? なんでこれが、今までわからなかったの? え? 他国の闘技場で試合をしていたから?」
あらためて、ユウキ・ライトの戦歴が紹介される。
「シルヴァン、ここはタップをしたまえって言うところみたいだ。 お前が相手をしているのは400戦無敗の男……らしいぜ?」
シルヴァンは暴れる。 だが、ただ馬乗りになっているだけのユウキが振り落とせずにいた。
ただ、馬乗りになっているだけ? 違う。これは歴とした技術なのだ。
やがて、疲れたシルヴァンの動きが止まる。 そのタイミングでユウキが拳を振り落とす。
だが、寸止め。 目の前で拳は止められた。
「ギブアップをしろ」
その言葉に反応して、シルヴァンが先程よりも激しく暴れる。
だが、長くは保たない。 動きが再び止まると……
「ギブアップをしろ」と同じ言葉を繰り返した。
またシルヴァンが動く。 汗で地面に水溜まりが生まれる。
砂で緩和されているとは言え、固い地面で暴れれば皮膚が切れる。
異常な光景。 それでも両者は
「ギブアップをしろ」
まるで処刑人のような無慈悲な声。 無限に終わらない地獄の獄卒のように見え、ついには……
「ギブアップ」と聞こえてきた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「さすがですお兄様なのです。相手にダメージを与えず心だけを砕く慈悲の拳。勉強になります」
「いや、言うほど慈悲か? トラウマになってそうだけどな」
試合が終わったばかりの会場に勝者である絶対女王 ソフィア・ アイアンフィストが降臨した。
「このまま試合をするつもりか? 疲れているなら翌日にしても良いが?」
そんな俺にソフィアは呆れたように返す。
「それはこちらの台詞なのですよ。 お兄様の試合は終わったばかりなのです。それで万全の戦いが……できそうですね」
「あぁ、跳ね返った弟子にまだ早いって首根っこを押さえ込むのは嫌いじゃないからな」
「相変わらず、悪い趣味なのですよ」
そういうとソフィアは構えた。 それが戦いの開始を合図した。
戦いは1時間47分の激闘だった。 格闘技の試合として考えれば異常に長い試合時間だろう。
俺は師匠の意地を見せることができた。両足がガクガクと震えながらも立ち続け、勝利の名乗りを受けれた。
「もう二度とやらね!」
試合直後、そう言いきった俺だった。しかし、ソフィアは俺が帰る直前――――
「次に王都に帰って来るのは二か月後ですね。再戦が楽しみなのです!」と上機嫌だった。
いや、待て。俺の顔がボコボコなのに、なんでお前はダメージがない!
「女の子の顔は、怪我をしても気合ですぐに治るようになってるのです」
いや、絶対に嘘だ。 絶対、高い金を払って優秀な治癒魔法の使い手を雇ってるに違いない。
流石にダメージが抜ききれないまま、走って『地方都市ゲルベルク』まで帰る気にならなかった。
ゆっくりと馬車に揺られ『王都シュタット』の街並みを眺めながら……
「いや、待てよ!」と俺は馬車から飛び降りようとした。
町の人込みに見たことある顔があった。
かつての依頼人――――モンスターを改造したマッドサイエンティスト。
あの男がいた……そんな気がしたのだ。
「何も聞いていないぞ。翌日、試合なんて!」
闘技場。
戦士と戦士が素手あるいは武器を持って戦う場所。
古代ローマの闘技場《コロッセオ》そのままで、戦車を走らせる競技《レース》や船を浮かべて海戦なんかもしたりする。
なぜか、そんな場所で俺は素手で試合をすることが決まっていた。
闘技場の試合を仕切る興行主に言っても――――
「え? 正式な書面でユウキさんから承諾を得ているはずですよ?」
「間違いありません」と断言された。
対戦相手側の広報に言っても――――
「え? 対戦相手は決定済みですよ? 契約書にもサインをいただいています」
「間違いありません」と断言された。
念のため、対戦相手に言っても――――
「私はあなたを倒すだけです。 私とあなた――――武を競い合い、互いに高めるだけを望んでいます」
武人として正々堂々と戦う事を誓われてしまった。
一体、どういう事なのか? みんな疑問符が頭の中に漂っている様子だ。
ただ1人を除いて……
「謀ったな、ソフィア!」
「えっと、何の事だかわからないです」
「試合の契約書を貰って来た。これ1日トーナメントだな……それも出場者4人。つまり、1回勝つと?」
「ソフィアとお兄様の試合になりますね!」と声を弾ませて答える彼女だった。
「お前、俺と戦うためだけに文書偽造までして、犯罪だぞ」
「それは大丈夫なのです! ソフィアの計画にミスはあり得ないのです。犯罪の証拠なんてポイポイって消しているのですよ」
「語るに落ちるとはこの事だな!」
「なんてこった……」と俺は天井を仰いだ。 何が悪かったのか? どこで育て方を間違えてしまったのか?
「でも、流石ですお兄様。何だかんだと言っても、本気で戦うことを止めようとしてませんね」
「まぁ……俺も嫌いじゃないよ、格闘技。闘技場の試合は何度がやってるわけだし」
「存じ上げているのです。お兄様は私の師なのですから」
確かに、素手で戦う事に特化したソフィアのスキルを知って、俺は彼女の戦い方を指導した。
だが、俺はきっかけを与えたに過ぎない。 彼女が強くなったのは、彼女の実力と努力の結果でしかない。
「師匠越えを望む弟子の心情。察してはいただけなのですか?」
「いや」と俺は否定した。 彼女は目を伏せる。 だが――――
「まだ弟子に越えさせるには、早いだろよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
第一試合。
ソフィア・アイアンフィストは勝利した。
試合開始と同時に放った打撃。 たった1撃で彼女の記録は157勝1敗1引き分けに増えたのだ。
その洗礼された動きから、前日の疲労やダメージは残っていないのはわかる。
彼女は一足先に勝者の席で俺を待つ事になった。
そして、第二試合。
俺……ユウキ・ライトは闘技場に立った。
さて、ここからは俺がどう戦うか。より臨場感を味わえるために一人称から三人称に切り換えようではないか。
なに、気にすることではない。 ただのファンサービスというものだ。
観客のボルテージは彼の姿を見ただけで最高潮まで跳ね上がっているのではないか? 試合前にも関わずに……
既に相手はユウキを待ち受けていた。
「私は武人として、ユウキ・ライトの武勲は聞いて来ました。本気で戦うことになるなんて、楽しみだ」
そう言って握手を求めてきた手をユウキは握り返した。 互いに力強い握手だった。
そのユウキに対峙する男の名前は――――シルヴァン・ソードブレイズ
端正な顔立ち。腰まで伸びた金髪を後ろにまとめている。
闘技者よりも舞台役者が似合っていそうだ。 観客席から彼に黄色い声援を投げている女性も少なくはない。
彼の肉体を評するならば――――
堅固な筋肉を持ちながらも、その仕草は女性的な柔らかさを秘めている。
まるで、彫刻のように鍛えられた筋肉を持つが、普通の動きには女性的なしなやかさが漂っているのだ。
(俺とは真逆の体だ)
ユウキは、そう思った。
(俺が過酷な環境に身をやり、戦いの連続で作り上げてきた不自然な体とは真逆の体をしている)
きっと、彼――――シルヴァンは丁寧に肉体を作り上げてきたのだろう。
むしろ、闘技者として異端なのはユウキの方。 正しいのはシルヴァンの体なのだ。
「それでは行くぞ。私の技を受けてもらいたい」
シルヴァンの構え。 半身から腰を大きく落としている。
両腕は腰の位置。ユウキから見えない場所に手を隠して構えている。
それをユウキは短く「居合か」と呟いた。
この世界ではよくあることだ。 ここは剣があり、魔法がある世界だ。
徒手空拳の技は、剣や魔法ほど優先されない。されど、剣が折れ、魔力が尽きた時に必要不可欠の技となる。
ならば、どうする?
剣の技を素手に置き換えて練習すればよい。 剣と素手を同時に修練すればよいではないか。
そういう考えが合理的とされる流れが武の世界にはあるのだ。
つまり、シルヴァンの構えは居合い。あるいは抜刀術に近い。
攻撃の初動を読まさせず、高速の手刀を放つ技。 しかし、ユウキの読みでは、それだけではないようだ。
「丹念に積み重ねてきた技。それにスキルというオリジナルを加えるつもりだな」
「その通りです。ユウキ殿はスキルをもっていないと聞いています。卑怯と思われますか?」
「いや、何でも使えばいい。それが勝つための方法ならね。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない。プライベートの用件でな。できるだけスキルの使い手と戦ってみたいと思っていたところだったのさ」
スキルを使用するモンスターを作ってるマッドサイエンティストがいる。まさか、こんな場所で公言するわけにはいかなかった。
もしかしたら、そんなユウキの心の変化を読み取っていたのかもしれない。
シルヴァンは、このタイミングでスキルを使用した。
『加速』
初動を殺した抜刀術に、さらなる加速が加えられる。
シルヴァンの手。それがもはや、人が認識することすらできぬ魔拳ならず魔剣の領域まで引き上げられた。
そんなシルヴァンの必殺技であったが、ユウキには届かなかった。
超加速したシルヴァンの目前に何かが出現したのだ。 バチバチと全身を蜂にでも刺されたような痛みが走り抜けていた。
大きくバランスを崩して倒れたシルヴァンだったが、すぐに立ち上がった。
そして痛みの正体に気づいた。
「……まさか、私が仕掛けるタイミングで砂を?」
「あぁ、砂を蹴り上げた」と俺は答える。
高速移動中に砂をかけられたのだ。シルヴァンにしてみたら、急に砂嵐に襲われたようなもの。
「こういう技は、切り札として温存しておけ。自然な攻防の流れに紛らせて使わなければ、簡単に対処される」
「高速移動する人間に砂をかけれるのはあなたくらいですよ」と言うと、シルヴァンは戦法を変えてきた。
手刀で突きを繰り出してくるつもりのようだ。
ここからは、手技での戦いは始まる。
対するユウキの構えは、利き腕とは逆の腕を大きく下げ前に出している。
ボクシングでいう超攻撃型と言われるデトロイトスタイル。
「なんです? その構えは」とシルヴァンは困惑を隠せなかった。
「見てればわかるさ」とユウキは拳を軽く動かし、プレッシャーをかける。
前記した通り、この世界の武術は、剣技や魔法の延長として考える。
それが実戦的だからだ。
(まさか、シルヴァンも俺が異世界の武術――――それも素手だけで戦うことを前提とした技を使うとは想像もできなかっただろう。増してカメラみたいに映像を録画することはできないもんな)
魔法やスキルで代用は可能だが…… それが使えるのは限られた人のみ。
つまり、勇者ユウキが闘技場で戦った過去の記録を残っていても、
どのような技を使い、どのような動きをして、どのように勝ったか?
詳細まで広がることはない。
「うっ!」とシルヴァンの動きが止まる。
牽制のジャブ。 しかし、彼にとって左ジャブを放たれるのは初体験。
それがどのような技か? 自然と警戒心が強くなり、動きが鈍くなっているのがわかる。
だが、シルヴァンも闘技者。 恐怖に打ち勝ち、間合いを縮める。
コンッ! コンッ! と音が鳴る。 体の固い部分同士が接触するとこのような音が出るのだ。
ユウキのガードしたシルヴァンの腕に当たる。 時にはガードをすり抜け、固い額にユウキは叩いた。
観客たちにとってはひどく退屈な試合に見えるだろう。 なんせ、観客が闘技場で求めるのは蛮性が溢れる原始的なファイト。
しかし、ブーイングのような不満の声は奇妙なほど少なかった。
(へぇ、わかるのか? 俺が何をしていて、これからしようとしているのかが。さすが王都シュタットの観客が目が肥えている)
このままではじり貧。シルヴァンにはそれがわかったのだろう。
多少、強引でも前に出てユウキの攻撃を阻害しに来る。
だが、それはユウキの誘いだった。 焦れた相手が強引で出る動きに合わせてのカウンター。 しかし、それは打撃のカウンターではなかった。
胴タックル
ユウキの戦闘スタイルは、ボクシングではない。
強いていうならMMAスタイル。 打撃と寝技のミックスしたスタイルだ。
抱きつかれたシルヴァンは倒れまいと耐える。
一流の嗅覚ゆえだろうか? 倒されたら何かがまずい。
そういう嗅覚。 あるいはユウキから、勝利への絶対の自信が溢れていたのかもしれない。
耐えるシルヴァン。 倒そうと力を入れるユウキ。
力を入れるため、後ろに下がったシルヴァンの足に何かが絡まっていく。
まるで蛇のようなソレはユウキの足だった。
ついにバランスを崩したシルヴァンの体にユウキは馬乗りになった。
馬乗り
その時だった。 会場内で流れていた解説の声が大きく乱れた。
「え? なにこれ? ユウキ選手の戦歴に間違いがあった。修正? そんな場合じゃ……え? 400戦無敗!? なんでこれが、今までわからなかったの? え? 他国の闘技場で試合をしていたから?」
あらためて、ユウキ・ライトの戦歴が紹介される。
「シルヴァン、ここはタップをしたまえって言うところみたいだ。 お前が相手をしているのは400戦無敗の男……らしいぜ?」
シルヴァンは暴れる。 だが、ただ馬乗りになっているだけのユウキが振り落とせずにいた。
ただ、馬乗りになっているだけ? 違う。これは歴とした技術なのだ。
やがて、疲れたシルヴァンの動きが止まる。 そのタイミングでユウキが拳を振り落とす。
だが、寸止め。 目の前で拳は止められた。
「ギブアップをしろ」
その言葉に反応して、シルヴァンが先程よりも激しく暴れる。
だが、長くは保たない。 動きが再び止まると……
「ギブアップをしろ」と同じ言葉を繰り返した。
またシルヴァンが動く。 汗で地面に水溜まりが生まれる。
砂で緩和されているとは言え、固い地面で暴れれば皮膚が切れる。
異常な光景。 それでも両者は
「ギブアップをしろ」
まるで処刑人のような無慈悲な声。 無限に終わらない地獄の獄卒のように見え、ついには……
「ギブアップ」と聞こえてきた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「さすがですお兄様なのです。相手にダメージを与えず心だけを砕く慈悲の拳。勉強になります」
「いや、言うほど慈悲か? トラウマになってそうだけどな」
試合が終わったばかりの会場に勝者である絶対女王 ソフィア・ アイアンフィストが降臨した。
「このまま試合をするつもりか? 疲れているなら翌日にしても良いが?」
そんな俺にソフィアは呆れたように返す。
「それはこちらの台詞なのですよ。 お兄様の試合は終わったばかりなのです。それで万全の戦いが……できそうですね」
「あぁ、跳ね返った弟子にまだ早いって首根っこを押さえ込むのは嫌いじゃないからな」
「相変わらず、悪い趣味なのですよ」
そういうとソフィアは構えた。 それが戦いの開始を合図した。
戦いは1時間47分の激闘だった。 格闘技の試合として考えれば異常に長い試合時間だろう。
俺は師匠の意地を見せることができた。両足がガクガクと震えながらも立ち続け、勝利の名乗りを受けれた。
「もう二度とやらね!」
試合直後、そう言いきった俺だった。しかし、ソフィアは俺が帰る直前――――
「次に王都に帰って来るのは二か月後ですね。再戦が楽しみなのです!」と上機嫌だった。
いや、待て。俺の顔がボコボコなのに、なんでお前はダメージがない!
「女の子の顔は、怪我をしても気合ですぐに治るようになってるのです」
いや、絶対に嘘だ。 絶対、高い金を払って優秀な治癒魔法の使い手を雇ってるに違いない。
流石にダメージが抜ききれないまま、走って『地方都市ゲルベルク』まで帰る気にならなかった。
ゆっくりと馬車に揺られ『王都シュタット』の街並みを眺めながら……
「いや、待てよ!」と俺は馬車から飛び降りようとした。
町の人込みに見たことある顔があった。
かつての依頼人――――モンスターを改造したマッドサイエンティスト。
あの男がいた……そんな気がしたのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる