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第5話 ユウキの休日

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 朝、目が覚める。 時間は6時前だった。

「よし、良い天気だ。今日は休みにするか」

 冒険者業の良い所は、自分で出勤と休日を決めれるところだ。

 俺にとって、冒険者の仕事は趣味だ。  何か面白そうな依頼を探して、なければ休みにすればいい。

「まぁ、なんだかんだで毎日、依頼を受けてきたんだけどな……久しぶりにアレをやるか!」

 俺が使える魔法は2つだと説明してきた。 

 『肉体強化』――――シンプルだが、俺が使えば世界最強と言えるレベルまで強くなる。

 もう1つは――――

『情報収集』 

 この魔法を習得するのに大冒険があった。 元より俺は勇者だったので、日常が大冒険ではあったのだが……

 『世界の真理』だとか、『魂の秘密』だとか、そういう禁忌の古代魔法みたいな物に触れて修得した魔法だ。

「じゃ、具体的にどういう魔法なのか、実際に使ってみよう」

 俺は気合を入れるために頬をパンパンと軽く叩いた。 なんせ、これを使うと膨大な魔力が消費されるから気合を入れる必要があるのだ。

「まずは世界の真理を開く。 それから、魂の通り道を探る……」

 この世界を理解する。それから、別世界へ通じてる魂の道を探す。

 つまり、異世界へチャンネルを繋いでいるのだ。

「よし、見つけた。これで……動画が見えるぞ」

 俺の目前に魔力でできた鏡が浮かびあがる。その鏡に映る者がいた。

 鏡には俺ではない男が映っている。 眼鏡をかけた男だ。

 男は手を額に当てながら、口を開いた。

『ハローブンブン ●ーチュブ どうも●カキンです!』

 俺は、膨大な魔力を代償にして、元居た世界とネットを繋ぐ事ができるのだ。

 大抵、生きるための知識はインターネットで学んだ。 具体的には、獲物の解体やら、魚の捌き方やら、料理の方法……

 30年間、異世界で暮していたはずなのに、近代の情報にも精通しているは、こういうわけだ。

「とりあえず、暴露系ユーチュバーを見て、VTuberのパチンコ配信、プロイラストレーターの添削、ホラー系不動産ミステリー動画、ボディビルダーの筋トレ動画、ジャ●プマンガの考察動画……やべぇ、今日が終わらねぇぞ」

だが、問題はない。 例え異世界であっても、俺には天然のエナジードリンクが存在している。

 それは……先日、釣りあげたスッポンだ。 3日間泥抜きをしていた。

「あとで鍋にするか。作り方もネットで調べないとな。それは置いといて……」

 その生き血がここにある。 凄いらしいぞ? スッポンの血。

 それを俺は一気に飲み干した。果たして、その味は――――

「うん、当たり前だけど……血だ。血の味がする」

 思い込みかもしれないが、なんとなく元気になってきた気もしてきた。

 そもそも血液って、アミノ酸やビタミン、ミネラルなどの栄養素を豊富に含んでいたはず。

「よし、今日は1日youtube三昧だ!」

 ベットで寝転がり、だらだら…… ごろごろ……と時間が過ぎていく。

 筋トレ動画に移った時だった。

 「……体が鈍ってきた気がする。少し、太ったかな?」

 なんとなく、自分の体型が気になった。 もちろん、戦闘に次ぐ戦闘という過酷な生活を送ってきた俺は体に自信はある。

 十分、細マッチョとして評価されるだろう。

 しかし、30歳を前になると僅かな体型の変化でも気になるものなのだ。

 ボディビルの世界には、こんな言葉がある。

『筋肉は1日7グラムしか増えない!』

 これは科学的な話ではない。 もっと単純な算数の話だ。

 世界トップのボディビルダーはキャリア10年で20キロの筋肉を増やす。

 1年で2キロ。 1日7グラムなら、十分に世界大会《ミスターオリンピア》で優勝を狙える計算になる。

 要するに――――

「短期間の筋肉増加量を悩んで、ごちゃごちゃ言うな!」って意味の言葉である。

「逆に言えば、1日怠惰な生活でも、長い期間で考えると体に影響が大きいってコトなんだよな……筋トレかぁ」

 動画では、配信者がベンチプレスやスクワット……いわゆる、ビック3のトレーニングをしている。

「これって、鍛冶屋で特別注文したら作れるか?」

 俺は机の中から紙を取り出す。 あとは羽ペンとインクポット。

 製図とは言わないでも、見本図としてバーベルを書いてみた。

「うむ、昭和のボディビルダーたちも桶にコンクリートを流して、手作りのバーベルを作ったって話があるくらいだから。これで十分……のはず」

 しかし、異世界の知識を使って、技術発展を促す……。

「我ながら、凄い異世界転生ぽいコトをしてるなぁ!」

 だが、途中で気づいた。 今、俺が住んでいる場所は冒険者ギルドの近くにある宿屋。

「ここ……ベンチ台やスクワット用のラックとか持ち込んだら、怒られないか?」 

 そんな事を考えていたら、午後になっていた。

 コンコンと部屋のドアが叩かれた。 嫌な予感がした。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 来客者の姿を見て、俺は少しだけ驚いた。

 ギルドの受付嬢が、そこに立っていたからだ。 ちゃんと制服を着ており、深刻そうな顔をしている。

 残念ながら、プライベートで俺を訪ねてきたわけではないようだった。

「お休み中にすいません、ユウキさん」

「えっと……何かありましたか?」

「はい、実はギルド長直下の命が出されました。すぐにギルドに向かってギルド長の部屋に来てください」

「ギルド長から? 俺、何かやっちゃいました?」

「いや、私も理由は聞かされていません。極秘の任務だとしか……」

「任務……ね」と俺は繰り返した。

 緊急の依頼ですらなく任務。 ギルドから直接的な命令を俺に出したという事だ。 

 嫌な予感がする。 めちゃくちゃ嫌な予感がする。

「わかった。準備をしたら、すぐ向かう」

「よろしくお願いします」と受付嬢は深々と頭を下げ、ギルドへ戻って行った。

「さてさて、何が起きているのか。 面白くなってきたかもしれないな」

 俺は剣を取り、最低限の身支度を終えると冒険者ギルドに向かう。

「まさか、冒険者の資格を剥奪とかじゃないよな?」

 そんな心当たりはない。けれども、冒険者としての規約の全てが頭に入っているわけではない。

 もしかしたら、禁止事項――――殺してはいけないモンスターを殺したとか、冒険中に食べてはいけない動植物を食べたとか……後者なら、ありそうだ。

「まぁ、悩んだって仕方ない。直接、聞けば早い事さ」

 俺は冒険者ギルドの二階にあるギルド長の部屋を叩いた。

「入りな」と声がした。 言われたまま、中に入る。

 ギルド長の部屋は質素だった。 広い部屋だが、大きな机と椅子、それから資料の束を保管している棚だけがあった。

 そして椅子には老婆が座っていた。 ファンタジーと言うより、おとぎ話の魔法使いのような恰好をしている。

 黒い尖がり帽子に黒い服。持っているのは木でできた魔法の杖だ。

「初めましてだね、ユウキ・ライトさん」

「えぇ、ギルド長。本日はお招きありがとうございます」

 どうやら、俺の挨拶は気に入られなかったようだ。

 怪訝な表情を返された。 さて、初対面で良い印象は持たれなかったようだ。

 仕方がない。切り替えて行こう。

「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「先日の依頼、報告書を読ませていただきました。ここ、ゲルベルクだけではなく王都シュタットのギルド本部でも話題になっています」

 冒険者の報告書。 それを取り扱い、販売する権利を冒険者ギルドは持っている。

 実際に冒険者が体験した冒険談を文書にして発売している。

 まぁ、何が起きるかわからないリアルなラノベみたいなもんだ。 そりゃ人気だろう。

 ギルドにとって大きな資金源になるそうだ。 

「そうなんですか。この歳になってから始めた新人冒険者としては、嬉しい限りです」

「えぇ、えぇ」とギルド長はニッコリとした表情。 しかし、その笑顔は次の瞬間に抜け落ちて、鋭い視線を向けてきた。

「1つ問題があります。 依頼者の自宅から研究の資料を持ち出しましたね」

「……」と俺は無言で返した。

「あらあら、沈黙は認めていると一緒よ」

「いや、俺の故郷じゃ黙秘権って言うんだ」

「黙秘権?」とギルド長を俺の言葉を繰り返した。もしかしら、俺の故郷を推測しようとしているのかもしれない。

「急に、身に覚えのない容疑をかけられたら、慌ててしまうだろう? やってもないような事や事実と異なる事を認めてしまうと不利になるからな」

「……」と今度はギルド長が無言になる番だった。

 しばらく無言の時間が流れた。 やがて、ギルド長は諦めたようにため息をついた。

「では、質問を変えましょう。研究資料は『スキル』の発動条件でした。あなたは、これを世に広めたくないのですか?」

「さて、俺は研究資料なんて知らないってが前提だが……アンタも『スキル』を操るモンスターと対峙してみたらわかるよ」

 『収納空間《アイテムボックス》』のスキルを持つミミック

 家具に偽装しながら、人間を生きたまま『収納空間《アイテムボックス》』に閉じ込めていく。

 最悪の相性だ。 もしも、ダンジョンにいるミミックの多くがこのスキルを身に付けたら……想像するだけで恐ろしい。

 それがミミックだけではない。 他のモンスターも、人間も自由にスキルを使える世界になったとしたら……

 いや、別に技術発展は否定しない。ただし、人間やモンスターの力関係を壊しかねない力を個人や団体が独占するのはよくないだろ?

「……あなたも『スキル』を保持していませんね」

「おっと、別に俺は『スキル』を持ってないから嫌がらせをしているわけじゃないぞ」

「そうですか、わかりました。では、条件を出しましょう」

「条件?」

「研究資料を返してくだされば、貴方にも優先的に『スキル』を差し上げます」

「何か、勘違いしているかもしれないが、別に俺は『スキル』が欲しいわけじゃないぞ」

 だが、ギルド長は聞く耳を持たないようだ。

 嫌な予感がする。なんか、杖を俺に向けてギルド長は臨戦態勢って感じだ。

「ちょうど良いチャンスです。私は『スキル』の素晴らしさを全ての人に体感してほしいと思っています。だから……」

 ギルド長の体が透けていく。 何か『スキル』を発動しているのだけがわかる。

「ギルド長…… 何をしている? 何を企んでいる?」

「私は、ただ『スキル』を見せているだけです。あなたも『スキル』を欲しくなるはずですからね」

「はいはい、要するに冒険者は殴り合って暴力で問題は解決しろってことね」

「身も蓋もないですね。でも私も冒険者の代表ですからね」

 ギルド長の体は完全に消えて見えなくなった。 つまり、俺はギルド長から攻撃を受けているって事だ。


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