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第10話 有村景虎とゴブリン王の戦い

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 その戦いを目撃したとある視聴者は、のちにインタビューでこう答えた。

『サムライ景虎の刀が煌めき、その刃は自然の力を宿すかのようでした。ゴブリン王は狼に騎乗し、斧槍を手にした威風堂々と姿は魔物に見えませんでした。狼は凶暴で、その眼は飢えた獣のように燃えていたのです。もう……すごく、すごく、エキサイティングな光景でしたへ』

「ゴブリン王はイベントボスです。普通に戦っては勝てる相手ではありません。当然、ご存知だと思いますが……その時、有村景虎は勝てると思いましたか?」

『はい、不思議なのですが……彼が負けるとは思えませんでした。あの戦いを見てしまったので私は将来、日本に渡ってダンジョン配信者になることを決めたのです』

「なるほど、ありがとうございました」と取材が終わる。 

 すぐさまインタビューは立ち上がり、取材相手に握手を求めた。

「子供の頃からの憧れていました。貴方にあえて光栄です」

『ありがとう。今度はフットボールではない。ダンジョン配信であなたのように憧れてくれる子供たちを作るのが、次の人生の目標だよ』

 そう笑う彼はサッカー選手だった。 それもブラジル代表の一員としてMVPに選ばれるほどの選手だ。

 まだ30代になったばかりの年齢、サッカー選手引退は早すぎる。

 しかし、彼は――――

『ダンジョンに挑むなら、全盛期を維持できる数年間。サッカーができなくなってから引退して挑むには遅すぎるからね』

 彼だけではない。 有村景虎というサムライが配信界に登場して以来、あらゆるスポーツの人材が日本で配信者転向を表明した。

 ボクシング界では、ヘビー級の世界王者が、

 テニス界では、ウィンブルドンの優勝者が、

 陸上競技の金メダリストたちが、

「一流は一流を知るなんて、言葉があるけど……サムライ 有村景虎か。世界の有力選手たちを引きつけ過ぎだぜ」

 インタビュアーは恨めしいようであり、なぜか誇らしげでもある。それから、

 「彼……取材の依頼をうけてくれるかな?」と呟いた。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 そして、現代。 

 コメント欄は熱狂していた。

『サムライVSゴブリン王! 最高にファンタジーって感じだ』

『サムライが持つ日本刀って、ほんとにかっこいい! ゴブリン王もビビってるか?』

『 景虎の剣術、本物を感じるなぁ。まるで戦国時代からタイムスリップしたみたいだ!』

『マジでタイムスリップしてきたんじゃねぇ? ダンジョンの超パワーで』

『↑それな!』

『↑ねぇよ』

『↑超パワーが適当すぎて草生えたwwww』

 『景虎の攻撃は猛攻って感じでカッコいい! でもゴブリン王の狼、やっかいだな』

 有村景虎とゴブリン王の戦い。
 
 ゴブリン王は大きく槍斧を振りかざしては、叩きつけて来る。

(なんという威力。なんという破壊力。一撃でダンジョンの地面が砕かれている)

 景虎は地面を転がりながら避ける。 その直後に下からゴブリン王を狙って刺突を繰り返すも、当たらない。

 戦馬とは違う大狼の動きに慣れていない――――だけではない。

(なんと自由で野性的な動き。この狼もただの獣ではないな)

 景虎は、ゴブリン王本体への攻撃が当たらないと見ると騎乗している狼に攻撃を狙い始めた。  

 身を低く、狼の足を狙って剣を走らせる。

 しかし、野生のカンと野生の運動神経によるものか?

 巨体のゴブリン王を騎乗させたままでありながら悠々と飛び上がり、

 景虎の剣撃を避けるだけには留まらず、牙と爪を持って反撃を放ってくるのだ。

 その動きに「むむむ」と舌を巻いていると、ゴブリン王が槍斧の槍の部分で突きを放ってくる。

 鋭い突きであったが、景虎は刀で弾く。

(騎馬兵が好んで使う短い槍。なるほど、これは強烈だ)

 騎馬兵が短い槍を使用する理由は、

 機動性

 近接戦闘能力

 突撃力

 軽量性

 適応性

 などの戦術的な利点があると言われている。

 もっとも、ここで言う短い槍とは、足軽などが使う4~5メートルの槍と比べて、短い槍という意味である。 景虎の巨大な日本刀と比べても、まだゴブリン王の槍斧のリーチは長い。

 加えて、ゴブリン王の槍捌きに意識を集中していると、狼も攻撃に参加してくる。

(これは……いよいよ、使うべきか?)

 景虎は、隠している短筒――――魔剣『日向守惟任』の使用すら考えた。

 喋る小型の種子島。 王殺しの魔剣と言われ、世界から追われる理由となったソレ。

 普段は甲高い声でお喋りな魔剣であったが、ダンジョン配信中は黙っているように言い聞かせていた。

 しかし――――

「よいのですかな、景虎どの? 今がこの明智光秀を使う好機ではありませんか?」

 禁を破り、魔剣は小声を出し、誘っている。

 自分を使え。 世界を恨みなされるなら、自分を解き放てと――――

 だから――――

「うむ、もう少しでござる。もう少しで掴めるどござるよ」

 景虎はそれを否定した。 不思議とその表情は不利な戦いへの焦り――――焦燥感と言われるものが抜け落ちていた。

 その姿は、まさに『明鏡止水』そのもの。

 彼は瞳を閉じる。思い描いた光景は――――草原。相手は騎馬武者。

 騎馬武者は疾風のように近づき、短い槍を構えつ。馬の蹄音が大地に響く中、対する自分が剣を構える。

 そんなイメージが、現実のゴブリン王と狼に重なる。

「よし! 成ったでござる!」 

 景虎は静かに刀を構え直した。 ゆっくりと前に踏み出した。

 迎え撃つはゴブリン王。 ここでゴブリン王は二つの選択肢を強いられる事になる。

 槍斧を戦斧として使い、景虎の頭を狙うか?

 槍斧を槍として使い、景虎の体を貫くか?

 騎乗している狼に攻撃を命じるしたら、景虎が近間に寄ってから――――槍斧の間合いと比べれば、狼の牙と爪は遥かに短い。

 だから彼、ゴブリン王は――――槍による刺突を選択した。

「それは、散々見せてもらっているでござるよ」と景虎は刺突を刀で弾く。

 そのまま速度を落とさず、ゴブリン王に近づく。

「グルルル……」と狼は威圧しながらも、騎乗主の命に従って飛び跳ねた。

 馬とは違う、野生の狼の跳躍。 しかし――――

「そう動くことまで予測していた!」と景虎も飛び上がる。

 2つの影が飛翔して交差する。

 間合いは、まさに近間。 空中でありながら狼の爪が景虎に襲い来る。

「勝機はここにあり!」と景虎は逆に刀を振る。 

 狼の前足の線が走り抜けた。そう見えた次の瞬間には、鮮血と共に狼は前足を失った。

 そして、空中から地上に――――着地の瞬間、ごく僅かであるが、前足を失った狼がバランスを崩した。

 そこを見逃す景虎ではない。元より、この瞬間を狙っていた。

 彼の剣先が、ついにゴブリン王の胸元に届いた。

 景虎は、「むっ! 浅いか!」と致命傷には遠いとの手ごたえ。

 続けて、その頭上に向かって槍斧が戦斧として振り落とされてきた。

「ぬっ!」とギリギリで回避をする。 再び両者の間合いが開いた。

「仕切り直しというわけにはいかないでござろう?」

 景虎には大量の汗が玉のように生まれて、流れ落ちている。

 長時間の戦闘。互いにダメージらしいダメージが与えれないまま続いる。

 もはや、この戦いは持久戦の要素に変わっていた。  

 だが、ついに――――ゴブリン王が、狼から降りた。

「グルルル……」と威圧的な唸り声はそのままに戦場から遠ざかって行く。

「ここからが本番。一騎打ちでござるな?」

 サムライ、景虎は笑う。それに対してゴブリン王は奇妙な表情を浮かべた。

 それは、きっと彼の笑顔なのだろう。

 どちらとなくゆっくりと間合いが縮まって行く。


 じり……  じり……

       じり……  じり……

 互いに緊張が高まっていた。

 闘志に満ちた視線が交錯し、その戦いを見守る者たち―――ゴブリン王麾下たち。あるいは配信を見てる画面の向こう側の者たち――― 
彼等の鼓動が高まっていった。

 ゴブリン王の槍斧は鈍く光り、主人公景虎の刀は鋭く輝いていた。 

 さらに景虎は一歩前進し、槍斧の射程に入った。

 ゴブリン王もそれに合わせて足元に力を込め、二人の間合いがますます狭まっていく。 信じられないほどの近間――――至近距離でありながら、まだ攻撃に入らない。

 風が吹き抜け、周りの葉が舞い上がる。

 「行く……」と景虎が短く掛け声をかけるとゴブリン王も「ゴブ……」とだけ応じた。

 その瞬間、ゴブリン王の槍斧が振り下ろされる。
 
 景虎の身体は瞬時に反応し、刀を振り抜いた。

 鋼と鋼のぶつかり合う音が響き渡り、両者の力がぶつかった。ゴブリン王とサムライ景虎の意志が交錯し、壮絶な――――そして最後の一騎打ちが始まったのだ。
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