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第4話 配信前夜

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 一体、どれほど気を失っていたのだろうか?

 目が覚めると白い世界だった。 いや、実際には白一色の部屋であったわけではない。

 白いカーテン、白いベッド……

 異常なほどの清潔感が白を強く印象付けている。
 
「どう見ても西洋風の部屋。これは……ベッドと言う物か? 初めて横になってみたが……」 

 体が沈むほどの柔らかさ。 体から力みが抜けていく。

「なるほど、これは良いものだ。寝ているだけで体の疲労が回復するほどの物……。しかし、これほどの品物を有す。ここの主は、どれほどの身分の館か?」

 彼————有村景虎は体を起こした。

 ゆっくりと両手を伸ばす。 拳を握り、開く。これを何度か確認する。

 五本の指は無事。どうやら刀の道を捨てる事にはならないようだ。

「さて、拙者の装備はどこに――――」

「あっ、目を覚ましましたか」と部屋に入って来る女性。

 彼女は――――蒼月ノアだった。

「そなたは、あの1つ目の巨人の時の……」

 彼女は、景虎に助けたられた後にダンジョン内の探索範囲を広げて、有村景虎を探していたのだ。

「はい、あの時は助けていただいてありがとうございます。ずっとお礼を言いたくて、探していました」

「うむ、ところで……」

「はい?」

「今の拙者は裸なのだが、何か着る物はないでござるか?」

 景虎は裸であったが、ノアは気にした様子はない。

「汚れてたので洗濯しておきました。差し出がましいのですが、装備も専門家に手入れを頼んでいます」

「装備の手入れ……ダメだ」 

「え?」

「俺の武器を狙ってる刺客がいる。他人に預けるのは危険すぎる」

「刺客……あなたは一体? ですが、安心してください」

「むっ?」

「とりあえず、服を用意しておきました」と彼女は景虎に服を渡した。

  彼は服を身に付けた。

「似合いますよ」とノアは言うが、景虎はよくわからなかった。

 彼女が用意した衣服は、いささか派手な甚平だった。
 確かに和風の服装ではあるが……もしかしたら、彼女の好みなのかもしれない。

「では、こちらに」と案内を始める。

 どうやら、彼女の住まいはマンションの最上階。

 賃貸ではなく部屋を購入したのだろう。マンション内の全部の壁をぶち抜いて1つにしている。

「ここに景虎さまの装備を修理しています」

「驚いた。家に鍛冶屋がいるのか」

「みんな、仲間たちが自由に出入りできるようにしたら、そうなっただけです」

 ノアは苦笑しながらそう言った。

 扉の開けると、熱気が漏れていく。 どうやら、まだ人が働いているようだ。

 鍛冶師はどうやら女性のようだった。まだ若い女性————蒼月ノアと同じ年齢くらいか?
 
「ノアちゃん! 装備の修理は終わったよ。武器はまだまだだね!」

 2人に気づいた鍛冶師は、ふんわりとした口調だった。 

 そして、その姿は、およそ職人のイメージと言うものから乖離していた。

「あっ! あなたが景虎さんですか? 私もノアちゃんの仲間で、あなたに助けてもらった感じなのです!」 

「?」と景虎は困惑した。 

 一体、「助けてもらった感じなのです」とは、どういう意味なのか?

 その様子にノアが助け船を出した。

「彼女の名前は光崎サクラです。彼女は鍛冶師でありながら、一流の治癒士でもあり、あの日————私がサイクロプスに襲われた日も彼女がいました」

「そうなのです! 私が奇襲攻撃に対応できなくて、仲間たちの連携が乱れたのでノアちゃんが1人で……」

「そう、だったのか……だが、気にするな」

「え?」

「ダンジョンとはそう言う場所でござる。魔物どもは、いつだってコチラの油断を誘っている。常に罠を……いや、それは拙者ではなく、頼るべき仲間たちに言われるべきでござったな」

「いえ、助けてくださったあなたから、そう言われると許された気がして――――」

 彼女、サクラの瞳が涙で滲んでいた。女性の涙に耐久のない景虎は、動揺して会話を変えようとした。

「そ、そう言えば、拙者の武器はどこに? 種子島があったはずだが……」

「種子島……あっ! 鉄砲の事ですね。少し不思議な鉄砲だったので、別の所に置いてます」

 そう言うと彼女はすぐに銃を持ってきた。

「本当に不思議な作りです。少し短めの火縄銃ですね」とサクラは、銃器の取り扱いに慣れているようだ。

 危険がないように、様々な角度から眺めている。

「ダンジョンの魔物に銃は効果が薄いって言われているけど、何のための武器ですか? 不思議な魔力が流れているのが見えます」

「うむ、これは――――」

「あぁ! 我が主人、景虎どの! 無事でござったか! この光秀、心配で心配で食事も喉を通らなかったほどですぞ!」

「「銃が喋った!」」

 ノアとサクラは声を揃えて、驚きの声を出した。

景虎はどうやって誤魔化すか悩んだが、次の瞬間————

「景虎どの!」と光秀は、サクラの手から離れて、パタパタと宙に浮かんで近づいてきた。

 その珍妙な光景に、「と、飛んだ!?」と景虎も驚いた。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 それから、景虎は「かくかくしかじか……」と身の上を2人に話した  

「ちょっと待ってくれない?」

「どうされたか、ノア殿?」

「少し頭の整理を……」と彼女は、景虎の口から飛び出してきた言葉。

 異なる日本、尾張幕府、サムライたちのダンジョン探索、明智光秀の魂……もっとも彼女を混乱させた事は――――

「その……織田信長(500歳)って、どういう事?」

 ノアの言葉は、もっともな疑問だった。

「織田信長が天下統一した事は良いと思うのよ。なぜ、500年も生きているのか!?」

 しかし、景虎は、

「そんなに不思議な事でござるか?」と逆に疑問符を頭に浮かべていた。

「それは、そう……よね?」

 ノアは、自分が間違っているのではないかと不安になる。すると、隣で話を聞いていたがサクラが、

「ノアちゃん、ノアちゃん。それを言うなら明智光秀さんだって、現に生き続けているよね?」

 彼女が、景虎の横で――――いつの間に当たり前に空を飛べれるようになり、プカプカと宙を浮き始めている種子島————明智光秀を指差した。

「あっ! そうよね……魂の保存。そういう大がかりな儀式としての魔法を使えば……」

「いや、尾張将軍さまの長寿の秘密は、魔法的な方向性ではないでござるよ」

「え、それじゃ……」

「ダンジョンの奥地には、不思議な物がたくさんある。例えば――――

 一口食べれば寿命が数日伸びる薬草。

 持ち主への病気やケガの身代わりになる水晶。

 肉体を強靭に、健康的に、美容効果まである水。

 日本の支配者である将軍には、毎年毎年、そういう物が全国から大量に献上されて……どうか、されたでござるか?」

「――――ないわよ」

「むっ? 何の事でござるか?」

「こっちのダンジョンじゃ、そんな物は発見されてないわ」

「そう……なのでござるか? 拙者もそういう部類の物を手に入れる機会が何度かあったので、こちらでも当然あるものだと思っていたでござる」

「う~ん」とノアは、考え込む。 

(まさか、嘘って事はないはず。私たちの知らない世界があって、そこでは私たちの知らないアイテムが数百年前から手に入っているってことは……)

 その横からサクラが、

「もしかして、景虎さんの世界の方がダンジョン攻略が進んでいるのでないですか?」

 ノアが、認めたくなかった言葉を彼女は言った。

「私たちの世界では、日本にダンジョンが出現して数十年です。 数百年前からダンジョン探索している景虎さん側の世界と比べたら攻略の進行度が違ってもおかしくないかな……なんて思ってみたのですが?」 

「な、なるほど、流石のサクラね。私が言いたくないこともアッサリと……」

「えっ? あっ! そ、そんなつもりじゃなかったのだけど」

 一方の景虎は、「そんなこともあり得るかもしれぬが……」と窓から、空を見た。

「拙者からしてみたら、そなたたちに感服するでござるよ。そくぞ、ここまでダンジョンがなく、日本を発展させることができたでござるな」

 同じ日本。 ターニングポイントがあるとしたら、ダンジョンの出現時期。

 それで文明の発達が、ここまで違うものなのか……

 景虎は感動すらしていた。

「しばらく、拙者もこの世界に暮らし、生きてみたいでござるな……しかし、問題があろう」

「問題? それは何かしら?」

「うむ……この国ではダンジョン探索には資格が必要なのではないか? そもそも、拙者には戸籍と言う物が存在しないのでござるよ」

「た、確かに異世界から来たサムライに戸籍は……世の中は、世知辛くて、ままならわね」  

「え? ノアちゃんなら何とかできるじゃない?」

「……しょうがないわね。私が人肌脱ぐわ」

 そう言うとノアは、スマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。

『……どうした。お前から電話など珍しいではないか』

 ハンズフリーのため、電話相手の声も聞こえる。電話相手は、どうやら渋い男のようだ。

「そうね。私から電話をするのは、初めてかもしれません……お父様は、私の現状をどこまで把握していますか?」
 
『どこまで把握しているかだと……無論、全てだ』

 電話相手、どうやらノアの父親らしい。 

「ノア殿は、御父上と仲が悪いのでござるか?」と思わず景虎は、隣のサクラに小声で聞いた。

「ん~ 仲が悪いわけじゃないと思うよ。 ノアちゃんがダンジョン配信者になった理由もお父さんが若い頃に目指して、諦めた夢を代わりに叶えるためだって……」

「なんと、それは親孝行な」と景虎は感涙まで始めた。

「しかし、この状況の全てを把握していると豪語していると言うのは、無理がござらんか? 娘の部屋にでも監視カメラを仕掛けていない限り……」

『……お前が連れ込んだ異世界のサムライ。随分と礼に欠ける男のようだな』

「お父様……」

『いや、わかっている。戸籍とダンジョンの件は、何とかできるが……それ以上は無理だぞ』

「それ以上とは、何を指しているのですか?」

『我々とて、サムライの国との戦争は回避したいという事だ。 要するに私の力を持ってしても、織田信長を抑え込む事はできぬだろうな。まして、異国の王を暗殺できる兵器を持った男は、我が国が匿うのだ。外交カードして使えるが……』

「お父様は、一体どこまでご存知で――――」

『言ったはずだよ。全て把握している――――とね?』

「――――」

『話は以上かね。だったら私が良いよう事を進めよう。代わりに……たまには家に帰って来なさい。お母さんも会いたがっている』

「――――はい、いずれは顔を見せに行きます」

 どうやら、電話は終わったらしい。 緊張を解すように息を吐いたノアは、

「はい、これで景虎さんの戸籍とか、何とかなりましたよ」

「それはかたじけないのだが、ノアどのの御父上は一体……?」

「え? お父さん? お父さんは、公務員だよ。ただ、ダンジョン管理省長官って少し偉い役職についてるだけ」

「――――察するに、その役職名はダンジョン関係で一番偉い人でござろう?」

「はい、その通りです!」となぜだか、少し不機嫌そうになるノアだった。

「なるほど」と景虎は察しの良い男だった。

(好きな父親のためにダンジョン配信者になったノア。だが、世間ではなんと言われようか? きっと最高権力者の七光り。装備や情報など手厚い支援を受けて、トップ配信者になった……そういう心ない言葉を投げられて、父親との距離を自然に開くようになってしまったのではないか?)

「……何か、凄く難しく考えてない?」

「そ、そんなことはないでござるよ?」

「単純に父親が偉大過ぎて、緊張するだけよ」と彼女は、さらに緊張を解すようなストレッチまで始めた。

 その直後である。チャイムがなったのは……

「はい」と対応で出て行ったノアが戻ってくると――――

「相変らず、準備が迅速だったわね」と何かを景虎に手渡してきた。

「これは?」

「ダンジョン入出の許可書よ。これであなたもダンジョン配信者ね」

「こ、こんなに早く? 先ほど、電話をしたばかりではござらんか」

「あらかじめ、準備をしていたのでしょうね。どこまでわかっているのか……あれが私の超えるべき壁だと思うと燃えて来るわよ」

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

「そもそもダンジョン配信者とはなんでござる? 拙者の世界にはない言葉だったので、なんとなくダンジョン探索者と同じものだと認識してたのでごるざるが?」

「そうね、ヒカリ。例の物を出して」

「はいはい、少し待ってね!」と彼女は工房に飛び込んで、バタバタと何かを探し始めた。

 すぐに戻ってくると、

「これ、撮影用ドローンです」と楕円形の機械をを持ってきた。

「これを見ていてくださいね」と次にサクラはスマホを景虎に手渡した。

「むむむ……これは映像が出ている。キャメラになっているわけでござるな」

「ちょっと待って景虎、あなた顔が真っ青よ!?」

 ノアは慌てたように景虎に駆け寄った。 

「迷信だとはわかっているのでござるが……キャメラに撮られると、魂が抜かれると幼少期に、祖父に脅かされていたので」

「本当に大丈夫?」

「えぇい!」と何かを振り払うように顔を左右に動かした。精神をリセットする方法なのだろう。

「もう大丈夫でござるよ」と小鳥と戯れるようにドローンに触れ始めた景虎だった。

「拙者も察しが悪い方ではござらぬ。これでダンジョン探索の様子を撮影して、見世物として金銭を稼ぐ……わけでござるな?」

「気を悪くしたかしら? 武士は食わねど高楊枝って言うわよね」

「いやいや、いつの時代でも生死のやり取りは最大の娯楽。増して、ここまで発展した世界ならば、異国で言うパンとサーカスも必要になってくるの容易に想像できまる」

 どこか、景虎は気分が高揚しているようにも見えた。

 では――――

「じゃ、本格的にダンジョン配信業を始める前に――――サクラ、パソコンの用意を」

「はいはい! こちらに!」

「それじゃ、クリスタを起動して、サムネを制作を――――私なら10分でできる」

 そして10分後

 世界は暇を持て余している。情報の伝達速度が高速化した世界だからこそ、

 いつだって新鮮な刺激を求めて、暇からの脱却を望んでいる。

 そして、とあるファミレス。 学校帰りの高校生が2人いた。

「おっ! 蒼月ノアの配信予定がUPされてるじゃん!」

「ほ、本当だ。えっと……このサムネって、サムライじゃねぇ!」

「マジじゃん! あのサムライ、見つかったんだ!」

 最後の3人目の声は、隣の席にいた髪を染めた若者だった。

 だが、高校生2人は気にした様子もない。

 店内では、続けて「本当だ!」「うわぁ、超見たい!」と声が上がる。

 たまたま隣にいた人と普通に盛り上がる共通認識の話題として―――― 有村景虎は世間に知られていた。

 加えて、この現象は日本だけではなく世界中で当時多発的に起きていた。

「「「あの謎のサムライの正体がついに判明する!」
」」
   
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