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Bonus track①

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 「これから異端審問を開始する」

 グレンは小さな声であるが、それでもハッキリと口にする。

 手には、慣れ親しんだ武器――――斧槍《ハルバード》。

 そして対峙する相手は――――吸血鬼 バートリ公爵。

 聖水を飲み込み崩壊しかけた体は不安定。 100年後の世界から呼び寄せてなお――――

 人の形は保てず、質量を有した黒い影が揺らめいているだけのように見える。

 ただ、影とは違うのは、先ほど捕食した老執事の遺体を抱きかかえている。

 まるで大切な宝物のように――――

 グレンは思い出す。 老執事の死の直前の言葉を――――

『本当になのか! バートリよ!』 

 最後の最後になり、彼は主人であるはずのバートリ公爵を呼び捨てにした。

 それはある疑問を呼び起こす。
 
 なぜ、城の従者だけで彼だけが歳衰えていたのか?

「それはきっと、人として生きようとしたのだ……吸血鬼と一緒に」

 ならば、なぜ吸血鬼を? 共に生きようと誓った吸血鬼を自ら殺そうとした?

「それはきっと、死に近づくのが怖かったから…… 一生を誓った約束を破るほどに……

 1人で死ぬのが怖かったのだろう」

 黒い影が大きく揺らいで見えた。 そして、抱えていた老執事を体内へ納めていく。

「……お見事。言葉は発せられずとも、聖水を飲み干して100年という短い時間で、人の言葉を理解するまでに回復されたか。ならば――――」

 グレンが言い終えるよりも速くバートリ公爵が動いた。

 黒い手。 細く長く――――まるで黒い紙を切って作ったかのように薄ぺらな手。

(――――しかし、危険。体に触れさすのはもちろん、武器で弾くのも)

 グレンは回避する。

 直前まで立っていた場所は床まで握りつぶされ、粉々に砕け散った木片が四散する。

 飛んだ木片によってグレンの頬に傷が走る。

 その威力、想定外。 驚きに一瞬の怯み。

 怯みが隙を生み、バートリ公爵が間合いを瞬時に詰めてくる。

「―――くっ! この動き……速い。だったら!」

 グレンは足を止めての打ち合いを選択。 しかしそれは――――

 堅固な床を握り潰すほどの握力に対して打ち合いは愚策に思える。

「だが、違う。 捕まれるよりも速く――――どんなに力強くても、力を受け流し――――反撃《カウンター》」

 その判断は正しい。 バートリの腕は速い。

 加えて2本ではなく、徐々に増えている。 確認できるだけで6本。

 だが、それを回避し続けているグレンの方が速度で勝るのは道理であろう。

 そして――――

「来た! 正面への一撃。これを受け、衝撃を逸らし、自身の力へ返る!」

 横薙ぎの一撃。

 戦斧の箇所がバートリ公爵の胴体へ叩き込まれた。

「私の愛武器である斧槍《ハルバード》 その正体こそ秘匿神具『第七詠嘆』なり。

 それは、神の一撃。 存在しない肉体ですら届き得る」

 バートリ公爵の胴体はハサミで切り取れたかのような線が通る。

 だが、彼女は怯まない。 それどころか威嚇するように咆哮を振りまく。

 空気を揺らす咆哮。ビリビリと震動が伝わってくるほどだ。

「それでも滅びないか……流石は吸血鬼。 それでこそ不死身の好敵手。ならば――――」

 グレンは斧槍――――『第七詠嘆』をクルリと握り返す。 

 戦斧の部分は後方へ。鎌の部分が前方へ。

 死神の鎌のように命を刈り取るような形状。

「――――いえ、元よりこれは死神の手から離れた鎌を加工した物。本来、命なき者ですら生命の種を植え付け――――無理やり命を刈り取る」

 その脅威にバートリ公爵も気づいたのか。 狼狽えたように後方へ下がる。

 あるいは逃走ですら選択肢に生まれたのかもしれない。

 しかし、彼女は最後まで誇り高き貴族。 そして、誇り高き吸血鬼なのだ。

 グレンの視界が黒く染まる。 

 バートリ公爵の黒手が増えた。 その数は5や6ではない。

 数えるのも諦める大量生産攻撃。 それも捨て身の覚悟。

「だが――――」とグレンは微笑む。 死神の刃『第七詠嘆』を振るう。

 たった一振り。 

 一度振るうだけで、迫りくる黒手が切断されていく。

 そして、それはバートリ公爵の首にまで届いた。

 紙のように頼りなく見えた首は地面に落ちる。

 ゴトリと異音。

 確かに、重さを感じられる音が教会の床を鳴らす。

 それを「……」と無言で見届けるグレン。暫くして、神の祈りを口に―――できなかった。

 代わりに口から漏れたのは――――

「ぐぁっ!?」と吐血を含む空気を塊を吐き出す音。

 仕留めたはずのバートリ公爵が動く。 彼女の黒手がグレンの腹部を貫いている。

 続けて、何十本とある黒手はグレンに襲い掛かった。

 その様子は飢えた獣の集団が獲物を凌辱するように喰らうが如くありようであった。

 そして、残ったのはバートリ公爵の影――――いや、影のように虚ろだった体に厚みが宿っている。

 徐々に、徐々に人の形を取り戻し――――

「あー あー」と声までも発せられるように回復した。

「……大義であった、神父よ。100年の眠りですら回復しきれなかった余の痛み。想い人と貴様の生き血を持って復活させてもらった」

 バートリ公爵は蘇り、その姿もかつての美しさを放っている。

「聖水の苦しみから逃れるために魂の分体を作っておいたのは良かった。余の魂が1つだけならば、確実に滅んでいた所だったぞ」

 自分の体を確かめるようにクルリと回転する。

 まるで優雅な踊りを舞うような姿に観客がいたら拍手すら送っていただろう。

 それから、彼女は

「……さて、どうやら隣には余の下僕が控えているようだ。これはエミリか……少し物足りぬが、食事にしては十分であろう」

 教会に残っているエミリに向かって歩きだす。 
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