上 下
102 / 242
聴かせる音色

聴かせる音色①

しおりを挟む
雑居ビルの地下に佇むモダンな雰囲気が漂うお洒落なジャズバー。クラックコンサートなどとは違い、もっと気軽に音楽とお酒を楽しめる場として、テーブル席数カ所とバーカウンター、入口から正面奥には演奏スペースが設けてあった。

数名の客の視線を浴びながらも久しぶりに弾き終えた演奏に深々とお辞儀をする。この店には悪酔いするような下世話な客などはいなく、温かみのある拍手が店全体に響き渡った。

完治してからの演奏が緊張するのは当然のとこで、壇上から降りると安心感からか深く息をついていた。

お酒を飲みながら程よく心地よく聴いていられるような選曲にしたし、我ながらもまずまずの出来。今まで通りかどうかは分からないが批判の声は出ていないので可もなく不可もなくと言ったところだろう·····。

舞台の机上に置いていたケースに楽器を仕舞い、大樹はそのままカウンターまで足を運んだ。店主であるハーフアップに結われサイドを刈り上げられた髪型。口元の髭を生やした男に「今日はありがとうございました」と挨拶をする。男は筒尾つつおと言ってこの店の店主で母の音大時代の後輩。

最初こそ、母親の知り合いと訊いて今まで見てきた音楽家達のように近寄り難いイメージを持っていたが、予想に反して気さくな方だった。

それに、店主の人柄は大樹にとっては行き慣れたアトリエを彷彿とさせ、母親の配下であっても差程億劫さは感じていない。

「大樹くん、久しぶりにしては良かったよ」

「お褒めの言葉を頂けて光栄です」

「麗子さんが心配していたみたいだからさ、怪我完治してよかったね」

「はい、おかげさまで·····」

しかし、時折麗子の話を出されると表面では取り繕っていても内心は苦笑ものだった。
苦手な人ではないが、やはり長山と繋がりがあるこの業界は身構えてしまう。

筒尾は慣れた手つきでお酒を作り、3席程隣のセミロングの自分より少しだけ年齢が上そうな、品のある服装や化粧をした女性に提供する。その傍らで彼女と目線が合い会釈をすると「貴方の演奏素敵だったわ、私は静香よろしくね」と称賛と軽く自己紹介をされたので大樹も御礼と自分の名前を名乗った。

此処は大樹のような大学生や音大生をはじめ、無名の演奏者やシャンソン歌手なども此処のバーで活動していることが多い。

彼女の、この人もまた、音楽をやっていて、大樹が演奏する前にチェロやアコーディオン奏者と共に持ち前の歌を披露していた。

「ねぇ…マスター、あそこにいるのってあのピアニストの藤咲尚弥くんだよね。マスターの知り合い?」

透き通るような声で筒尾に問いかけた彼女が店内のステージから一番遠い壁際の座席で一際目を引いている藤咲の方を一瞬だけ見遣った。

場所が場所なだけに騒ぎ立てるような熱狂的なファンがいる訳ではないが、ヒソヒソと話している客は何人かいるので気づいているのであろう。

大樹が演奏中に最も緊張を煽った人。
普段人前での演奏に過度な緊張は感じなくとも今日ばかしは復帰後の演奏と藤咲が鑑賞しているという意識から本番前は手に汗握るほどだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...