君のために僕は歌う

なめめ

文字の大きさ
上 下
29 / 92
交渉決裂

交渉決裂③

しおりを挟む
義務教育を共に過ごした蓮介に別れを告げて、事務所で待ち合わせをしていた鈴奈と落ち合う。見慣れ会社の外装は鏡のようなガラスで覆われいる。ちょっとお洒落でデザイナーズマンションにありそうな建物だ。

業界では創設して日が浅いのでどこぞの大手事務所のような建物の老朽感はない。


合同作の曲のデモテープはあるものの、生歌を聞いて貰って判断してもらいたかった二人はギターを背負い、律仁と鈴奈はお互いに顔を合わせ頷くと正面玄関からロビーに向かった。向かって正面にある「OKASHIMA」の文字の下に座る受付嬢に挨拶しては、内線で内部に繋いでもらい、吉澤がいることを確認する。

緊張感を漂わせながらエレベーターに乗り上げて3階の事務所へと上昇していく。
全て律仁の未来はこの一時にかかっていると言っても過言では無い。

「鈴奈、緊張してる?」
「律仁じゃないんだから、あたしは至って冷静よ……。それに結局、事務所の方針次第だからあまり期待はしてないけど……」


腕を組み、落ち着いた様子を見せていても何度も深呼吸をしていることから鈴奈も多少なりとも緊張しているようだった。

目的の階数へと到着して足を踏みおろしては
廊下奥のガラス扉を押し開ける。
中には無数のデスクがあり、そこには見覚えのある芸能人専属のマネージャーが居た。

部屋の一番奥にいる吉澤を見つけるなり、律仁は大きく手を振って呼びかけると彼はデスクから顔をあげて目を合わせてきた。

「律仁、鈴奈。なんだ?」

「吉澤さん、頼みがあるんだけど。俺たちユニット組もうと思ってるんだ」

お互いに目で合図をして、発起人である律仁が吉澤に告げる。すると吉澤は瞠目した後で眉間に皺を寄せ、深い溜息を吐いた。

「急なんだ。それは鈴奈のマネージャーには通したのか?」

もちろん、二人だけで進めていた話だっただけに事務所の誰にも打ち明けてもいない。
事前に話したところで渋い顔をされるのが分かっていたし、現に吉澤の表情も険しいものだった。

 「まだ、これから話す。来週の路上ライブから本格的に活動しようと思う。だから個人じゃなくて二人で活動すること許可もらいに来た……」

「貰いに来たってな、こういうのは突発的にするもんじゃない。事前に話し合いをしてだな……」
「だから、そういうのが面倒臭いから来たんだけど。いいから曲作ったから聴いてから判断してよ」

うだうだと説教をする吉澤が鬱陶しくて律仁は鞄からデモテープを取り出して彼に突きつけた。いいか、悪いかで判断してくれない大人にヤキモキした感情を燃やしながらも、吉澤がテープを受け取ったことに安堵する。

「鈴奈は……。どうなんだ?」

そんな感情的になる律仁の傍ら、吉澤は至って冷静に隣に佇む鈴奈へと問うた。

「私も出来れば律仁と組みたいと思ってます。彼は私の歌声と相性は悪くないですし、作曲のセンスもあるので……。いいか悪いかは別として、ひとまず私たちの歌を聞いてほしいです。お願いします」

自分が先導するつもりで前に出て吉澤に交渉をするつもりが、隣で礼儀正しく頭を下げる鈴奈に恥ずかしくなった。しまいには、「あんたも」と言われて後頭部を押されては強制的にお辞儀をさせられる。

「分かった。商談室開けてくる。三郷みさとさんも呼んでくるから、二階で待ってろ」

吉澤が椅子から立ち上がると、早速と事務所から出て行ってしまった。
吉澤の後を追うように商談室へ向かう途中で
鈴奈に頭を軽く叩かれ「あんた人に物を頼む時はまず頭下げるって習わなかった?」と小声で詰られては不甲斐ない気持ちになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

青空ベンチ ~万年ベンチのサッカー少年が本気で努力した結果こうなりました~

aozora
青春
少年サッカーでいつも試合に出れずずっとベンチからみんなを応援している小学6年生の青井空。 仲間と一緒にフィールドに立つ事を夢見て努力を続けるがなかなか上手くいかずバカにされる日々。 それでも努力は必ず報われると信じ全力で夢を追い続けた結果…。 ベンチで輝く君に

イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~

川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。 その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。 彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。 その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。 ――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!

処理中です...