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交渉決裂
交渉決裂①
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鈴奈とでユニットを組むのであればギターの技術や作曲の勉強はもちろん、歌の向上も必要不可欠だった。
事務所の方針は『アイドル 浅倉律』として歌とダンスをさせて売り出そうとしていることは分かっていたので、鈴奈と組みたいからボイトレを始めるなんて頼んだところで却下されるのは目に見えていた。
そして自分が芸能活動を始める意志が見えた途端に吉澤に計画を捻じ曲げられるのだろう。
律仁は敢えて何の為とは言わずに、単純に『歌が上手くなりたい』とだけ頼み込んでボイトレを再開させた。
そんな本来の目的をひた隠しにした頼みでさえも、用心深い吉澤は『何か企んでんじゃないだろうな?』と最初こそ訝しんでいたが、『とりあえず歌がやりたい』とごり押し気味に誤魔化すと、馴染みだった先生に何度目の正直かもわからない謝罪を条件にレッスン再開の承諾を得た。
散々厳しく『心がない』と叱ってきていた講師に久しぶりに自分の歌声を聴かせてやると偉く褒められたことで更に自信がつき、次第に歌うことへの抵抗力もなくなっていった。間違いなく鈴奈との時間が律仁の心を潤わせている。
将来は鈴奈と音楽をするという目的が明確になった律仁だったが、事務所が推薦する芸能科のある高校には受験せずに、一般高校に進学を決めた。
単純に事務所からの反発心もあったが、芸能を目指すわけではない律仁がわざわざ芸能人の学校に通う理由もなく。せめて学校だけは律仁でありたい。
それにこの業界で生き残れるとは限らないからこそ、保険として名門大学に行けるほどの学力は身に付けておきたかった。
受験勉強をしながらも曲作りと並行してコトを遂行する。
公に『鈴奈と律仁』として披露するのであれば、律仁の受験と義務教育の卒業を終えた三月の路上ライブが最良である。
その間に曲を完成させて完璧な状態で吉澤に聞いて貰えば、活動を許してくれるに違いない。
鈴奈に対する想いは変わらず健在ではあったが恋情に浮かれていると他が疎かになり兼ねないし、恋心にかまけてばかりで鈴奈に見放されるのも避けたかった。
律仁は一時的に気持ちを封印をし、活動に全力を注ぐ。
意志の固い鈴奈にひとりの男として認めさせるためにも、活動で誠意を見せる必要があった。
桜が散りゆく三月九日。無事に進学先の高校に合格し、長いようで短かった怒涛の中学校生活を終えた。
各々校舎外で抱き合いながら友との別れを惜しんでいるもの。
余程この生活に窮屈さを感じていたのか、お祭りのように喜んで騒いでいるもの。
頬を赤らめた男女が第二ボタンなるもの渡しながら照れ笑いをしているもの。
そんな彼らを少しだけ騒がしい校舎内の二階の廊下の窓から眺める。
少しだけ騒がしい廊下の窓から卒業式独特の寂しいような嬉しいような得もいえぬ空気感に寂しさを覚えながらも、律仁の中では希望に満ち溢れていた。
徐にポケットからレコーダーを取り出すとイヤホンを耳に嵌める。
この後、鈴奈とこれを事務所に持っていくと約束した音源。
再生ボタンを押すと自分が作ったメロディが流れ、前奏を終えたところで鈴奈の声が詞となってメロディと重なった。律仁が鈴奈のことを考え、彼女をイメージして作った曲。そしてサビへと入ると、鈴奈と律仁のハーモニーで調和した声が自身の心を更に震わせた。
自信過剰かもしれないけど、完璧だと思う。
何よりこの曲を聴くと鈴奈への想いが溢れてきて、律仁を居た堪れない気持ちにさせる。
「よお、律仁。終わったな」
曲を聴き終えたところで、背後から声を掛けられ振り返ると卒業証書の筒を右肩に掲げた廉介が此方へと向かって来ていた。
事務所の方針は『アイドル 浅倉律』として歌とダンスをさせて売り出そうとしていることは分かっていたので、鈴奈と組みたいからボイトレを始めるなんて頼んだところで却下されるのは目に見えていた。
そして自分が芸能活動を始める意志が見えた途端に吉澤に計画を捻じ曲げられるのだろう。
律仁は敢えて何の為とは言わずに、単純に『歌が上手くなりたい』とだけ頼み込んでボイトレを再開させた。
そんな本来の目的をひた隠しにした頼みでさえも、用心深い吉澤は『何か企んでんじゃないだろうな?』と最初こそ訝しんでいたが、『とりあえず歌がやりたい』とごり押し気味に誤魔化すと、馴染みだった先生に何度目の正直かもわからない謝罪を条件にレッスン再開の承諾を得た。
散々厳しく『心がない』と叱ってきていた講師に久しぶりに自分の歌声を聴かせてやると偉く褒められたことで更に自信がつき、次第に歌うことへの抵抗力もなくなっていった。間違いなく鈴奈との時間が律仁の心を潤わせている。
将来は鈴奈と音楽をするという目的が明確になった律仁だったが、事務所が推薦する芸能科のある高校には受験せずに、一般高校に進学を決めた。
単純に事務所からの反発心もあったが、芸能を目指すわけではない律仁がわざわざ芸能人の学校に通う理由もなく。せめて学校だけは律仁でありたい。
それにこの業界で生き残れるとは限らないからこそ、保険として名門大学に行けるほどの学力は身に付けておきたかった。
受験勉強をしながらも曲作りと並行してコトを遂行する。
公に『鈴奈と律仁』として披露するのであれば、律仁の受験と義務教育の卒業を終えた三月の路上ライブが最良である。
その間に曲を完成させて完璧な状態で吉澤に聞いて貰えば、活動を許してくれるに違いない。
鈴奈に対する想いは変わらず健在ではあったが恋情に浮かれていると他が疎かになり兼ねないし、恋心にかまけてばかりで鈴奈に見放されるのも避けたかった。
律仁は一時的に気持ちを封印をし、活動に全力を注ぐ。
意志の固い鈴奈にひとりの男として認めさせるためにも、活動で誠意を見せる必要があった。
桜が散りゆく三月九日。無事に進学先の高校に合格し、長いようで短かった怒涛の中学校生活を終えた。
各々校舎外で抱き合いながら友との別れを惜しんでいるもの。
余程この生活に窮屈さを感じていたのか、お祭りのように喜んで騒いでいるもの。
頬を赤らめた男女が第二ボタンなるもの渡しながら照れ笑いをしているもの。
そんな彼らを少しだけ騒がしい校舎内の二階の廊下の窓から眺める。
少しだけ騒がしい廊下の窓から卒業式独特の寂しいような嬉しいような得もいえぬ空気感に寂しさを覚えながらも、律仁の中では希望に満ち溢れていた。
徐にポケットからレコーダーを取り出すとイヤホンを耳に嵌める。
この後、鈴奈とこれを事務所に持っていくと約束した音源。
再生ボタンを押すと自分が作ったメロディが流れ、前奏を終えたところで鈴奈の声が詞となってメロディと重なった。律仁が鈴奈のことを考え、彼女をイメージして作った曲。そしてサビへと入ると、鈴奈と律仁のハーモニーで調和した声が自身の心を更に震わせた。
自信過剰かもしれないけど、完璧だと思う。
何よりこの曲を聴くと鈴奈への想いが溢れてきて、律仁を居た堪れない気持ちにさせる。
「よお、律仁。終わったな」
曲を聴き終えたところで、背後から声を掛けられ振り返ると卒業証書の筒を右肩に掲げた廉介が此方へと向かって来ていた。
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