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初めて触れる音
初めて触れる音③
しおりを挟む正式にレッスンから逃れることのできた律仁は翌日の放課後、胸を躍らせながら彼女がいるであろう公園へと向かったが彼女の姿はなかった。
事前にやるとは連絡が入っていなかったし、ただ単純に律仁が会いに行きたくて来てしまっただけ。残念ではあったが彼女に会うことに諦めきれずに「鈴奈、今日は歌わないの?」とメッセージを送ってみると「今日はバイト」と返信が返ってきた。透かさずに「何時に終わる?店どこ?」と返すと直ぐに店の名前と二十時に終わると返ってきたので律仁は電車に乗り込むと、鈴奈の働くお店へと向かった。
「鈴奈がラーメン屋で働いてる姿、なんかすげぇ新鮮だった」
逸る足で店へと向かい、「らっしゃいませー」といつもは下ろしている黒髪を一つに縛り、えんじ色のバンダナをした黒いTシャツの鈴奈に迎えられ吹き出しそうになりながらも店内に入る。鈴奈が驚いては顔を真っ赤にしていたのが印象的で注文時に素っ気なくお冷を持ってきた彼女を揶揄って楽しんでいたのが二時間前のことだった。
冷やかしながらも彼女の働いてる店でチャーシュー麺を食した後、近くの小さな公園のドーム状のアスレチック滑り台の上に座って待っていると暫くしてバイトを終えた鈴奈が現れた。園内の街頭は明るく、彼女の姿をよく捉えることができた。見慣れた髪の長い黒髪にギターケースを背負った姿に何故だか安心感を覚える。
「あんたなんなの。別にバイト先まで来なくていいんだけど。ていうか、仕事中に揶揄ってくるとかやめてよね」
滑り台の下で腕を組んで頬を膨らまして仁王立ちしている彼女。
一件言い方がキツそうに見えてもそれが彼女の照れからだと分かるので律仁の胸を燻らせる。
「いいじゃん。オーダーしてる時の鈴奈、格好良かったよ」
滑り台から滑り落ちては鈴奈の目の前で止まり、微笑みながら見上げる。
鈴奈は「ったく。年下のくせに調子いいんだから」と深く溜息を吐くと隣に腰かけて肘に頬杖をつく。人形のような長いまつ毛の横顔をじっと眺めながら、ふと今日はギターのケースがソフトケースだということに気づいた。いつもは重そうなケースを手に持って歩いていたイメージがあったから……。
「鈴奈、今日はケース違うんだ?」
「バイト、昼からだから午前中は毎日カラオケBOXで練習してるの。家じゃ壁が薄いから迷惑になるし。ハードケースは重いでしょ?だから路上するときだけって決めてるの」
「ふーん」
彼女の力のある歌声は路上ライブをしないときでも毎日練習をしているからだろうか。何も支援を受けていないなりに、工夫しながらいつか日に当たる日を夢見ている彼女の姿はやっぱり律仁のとっては眩しい存在だった。
「それより律仁。あんたって何者なの?吉澤さんだっけ?昨日の名刺と言い……理解が追いつかないんだけど」
「うーん……。俺、一応芸能人だから……。歌とかダンスのレッスンとかしてて……。多分、浅倉律。子役で検索したら出てくるよ。それで俺、レッスンサボって鈴奈のとこに来たから、俺のマネージャーの吉澤さんが追ってきてて、たまたま鈴奈に目を付けたというか……」
鈴奈が訝しんだ目をして首を傾げて問うてくる。
本当は鈴奈に話したくはなかった。
鈴奈が自分を色眼鏡で見てくることはないとは信じているが、同級生の女子は律仁のことを芸能人だからとどうにか交際に発展させようと取り入ってくるものもいたり、『モデル志望だから根回しして』なんて言って来るものもいるのが事実だった。自分は何の権力もないし、普段は唯の中学生でいたいのが本音だ。
だから表面上は上手く取り繕っているようでも対等に扱ってくれる人としか深い付き合いをしない。
けれど、鈴奈には吉澤に目を付けられ、介入してきた以上自身の素性を隠すわけにはいかなかった。
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