9 / 11
9話
しおりを挟む「あとは、告白さえできれば、もっと・・・」
「こんなところで何してるんだ?」
反射的に身体が硬直し、ワンテンポ遅れて振り返る。
「リュカさん」
「酒癖の悪い馬鹿共の相手に疲れただろ、無理しないで部屋に戻っていいんだからな」
少しだけ顔を赤くしたリュカがご機嫌そうに甲板の淵に寄りかかる。セレナとは肩が触れそうな距離だ。
「え、えぇ」
途端に意識する。今日、二人きりに慣れたら告白をしようという決意を思い出したからだ。宴の途中で船の隅である甲板に来る人は殆どいない、波の音の響く静かな夜の海を目の前に、二人きり。セレナの心臓はどくどくと暴れだす。
「どうした?本当に具合悪い?」
顔を覗き込まれて、目が合う。リュカの丸くて大きな目にはいまだに見慣れない自分の顔が映った。
「あ、いえ、その。大丈夫です」
自分の心音で、波の音と遠くの笑い声がかき消されていく。目の前にいる青年はあの日見た時よりもずっと凛々しくて魅力的に見える、このまま見とれていたら人魚の自分が魅了されそうなほどに美しく輝いてすら思えた。
「・・・その、リュカさん」
「ん、どした?」
「前にリュカさんは人魚に出会ったことがあるって、言いましたよね」
「またその話?セレナは本当に人魚に興味があるんだな」
「そ、そ、その、その時の人魚にもう一度会えたら、どうしますか!」
興奮の混じった勢いのある語尾。リュカは少し驚くが、真面目な質問をしていると気付いたのか少しだけ考えて、口を開く。
「うーん・・・どうもしないと思うけど」
「そ、そうなんですか」
「あー、あの時見逃してくれてありがとうくらいは言うかも」
私はあの日、あんなに貴女に惹かれたのに。とセレナは心の中で呟く。
リュカの感性は人間にとっては当たり前のものだ。人魚が人間になるなんてお伽話でしか考えられないし、人間から見た人魚は怪しくも美しい怪異的存在、魅了されたり畏怖することはあれど特別な感情を抱くことはない。
しかしリュカの解答は、セレナの心の中にある海にぽつり、と一つの毒を垂らした。セレナは臆病な思考の奥底、本心では少しだけ都合のいい夢を見ていたからだ。初めて出会った夜、自分が感じた感情と同じものをひょっとしたらリュカも感じていたのではないか、リュカもセレナと同じように異種族の女性へ運命を感じてくれていたのではないか、という希望をもっていたのだ。
「なんでそんな話?」
しかしリュカは人魚の心を知ることは無いし、目の前の女性の正体すら勘付いていない。無邪気に尋ねる想い人の平然とした言葉にセレナの心はえぐられるようだった。
「・・・私だからです」
理想との差異は、反転してセレナに勇気を与えた。
「なにが?」
「私があの時の人魚だから」
リュカを見つめるセレナの瞳は、真っ黒が月を反射して、二重の輪のようになっていた。強い意志を感じるその目を茶化すことも、素直に肯定することも人間のリュカには困難だ。
「リュカさん、この歌を知っていますか?」
お気に入りの『セレナ』を優しくハミングする。
リュカはその歌を穏やかな表情で聞き入り、ワンフレーズ聞き終わると小さく拍手をしてくれた。拍手に礼も言わず、セレナは厳しい視線でリュカを捉え、言い放つ。
「あの日、人魚が歌っていた曲だと思います」
リュカは小さく頷いた。
「信じてもらえますか・・・いえ、別に信じてもらう必要はないのですが」
想いを伝える前に後ろめたいことを無くしたいだけだった。リュカがあの時の人魚に特別な恋慕を抱いていない以上、セレナにとって自分の過去に何の価値も執着もなかった。人魚の存在すら伝承扱いの人間がこの話を信じられないことくらいは理解できているし、信じてもらったとしても結末に変化は無いということもわかっていた。
「確かにあの時の歌だ・・・他では聞いたことのない、多分外国の曲だ。セレナはこの曲が好きなの?」
当たり前のように返ってきた言葉は、直接肯定こそしないがセレナの話を信用している前提のモノだった。
「はい、私の名前と同じだからです」
「・・・・・・」
しばらく考え込んでから、リュカは納得した顔をする。
「なるほど、セレナーデか」
「本当は、そういう名前の曲なのですね」
「確か、夜に恋人に向けて歌う曲だった気がする。悪いけど音楽には詳しくないんだ」
恋人に向けた曲、と聞いてさらに頬が熱くなった。
「本当は、この歌の意味を心から理解したうえであなたに聞いて欲しいのです」
「・・・え?」
一度目を閉じ、再び開ける。少しだけ眩しく感じる月明かりが、セレナの背中を押す。
「私は、あなたを追い掛けたくて人間になりました」
セレナの黒い瞳の奥に、青空が一瞬だけ映った気がした。
「・・・・・・あなたのことを愛しています」
あの日見た人魚と、セレナの姿が重なる。突拍子もない話を、何故かリュカは信じることが出来た。セレナの声が、あの日の歌声によく似ているからかもしれない。
「あなたが褒めてくれた外見はもう無いですが、あなたが美しいと言ってくれた歌声と、あなたの傍にいられる両足があります。私には記憶が無いのではなく『人間としての』記憶も過去もありません。これからあなたと作っていきたいです、陸の世界で、リュカさんのお傍で一生を添い遂げたいです」
セレナが全て言い切ると、暫し沈黙が流れた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる