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4話
しおりを挟む「は?人間の男に一目惚れした!?」
翌昼、リーネは親友に呼び出されていた。親友の家の入口は大変狭く、薄暗く飾りっ気のない空間でリーネにとっては居心地が悪かったが、親友が今直ぐあなたに相談したいと珍しく慌てているものだから仕方なしに訪れた。
そして、開口一番にとんでもない告白をされてしまったのだ。
「待って、ちょっと待ってよセレナ」
セレナは臆病で夢見がちなあまり人前で歌った事のない人魚だった。しかし、話によると昨晩やっと人間を惑わすことができたと言った。長年セレナを見てきたリーネからすれば、それすら信じられない事だがそれ以上に恐ろしい、異種族への愛を語られてしまったのだからリーネのキャパシティは完全に決壊した。
「待って、本当に待って、本当に本当に待って欲しいんだけど、え?どういうこと?」
「私は待っていますよ?そんなに慌てないでください」
何故こんなに冷静なのだろうか、同族にすら恋心を抱いた事がないセレナは一晩で既に達観しきった顔になっていてリーネはただただ困惑することしかできない。
「いやいや、だって、え?人間?マジで?」
「はい、私は本気です」
「なんで?え?意味わからない」
セレナ曰く、一目惚れしてしまったのは昨晩の相手。誘惑した人間だそうだ。
初めての相手は巨大な船で、その中でたった一人だけが自分の歌声に耳を傾け、人間の使う道具で自分の姿を見つけ、頬を赤くして仲間達を叩き起こしたらしい。
「私、怖かったんです。あのまま誰も歌声に気が付かなければあの船は沈んでしまうかもしれない・・・だけどあの方は私の歌に気付いて、魅了されてくれたのです。私の姿まで探して、私が海に潜った後もずっと私がいたほうを眺めていました。私、その時に気付いてしまったのです。あの方が私の運命の人だって」
「・・・・・・はぁ?」
リーネにその話を理解することは出来なかった。
「今思い出せばとても凛々しい顔立ちをしていました。赤茶色の髪にこげ茶色の肌がとてもたくましく、でも背は少し小柄で可愛らしい。何といえば良いのでしょう、大地から生まれたような荒々しさと温かさのある不思議な魅力を感じたのです。他の人間とは違う、澄んだ心と正義感と強い信念を携えているような・・・とても素晴らしい方でした」
例の彼の事を思い出して頬を染めるセレナの姿はまさしく恋する乙女だった。親友として色々と応援してやりたい気持ちはあったが、相手が人間なうえに彼女の意見はだいぶ理想や妄想が含まれている気がしてリーネとしてはどう返していいか非常に悩ましい。
「セレナが人間に肩入れしているのは何となく知ってたけど・・・まさか一晩でこんなことになるとは」
「ふふっ、私も驚いています。でも、あれは私にとって運命の夜だったのですね。私はあの方に会う為に今まで歌うことを拒否していたのかもしれません」
「はぁ」
中身が変わってしまったかのような発言を連発する彼女にもはやため息しか出ない。いつも慎重で臆病で、リーネのやることをびくびくしながら見守っていたセレナと同一人魚とはとても思えない。
「それで、私にそれを言ってどうするつもりなの?」
理解することを一旦諦め、リーネは親友に寄り添う方針に決めることにした。先日人魚姫の童話を散々に煽った手前恥ずかしいが、大切なセレナが本気で恋をしているのならそれを茶化す気は全く無い。
「え、えっと。リーネはお友達も多いので色々な噂話を知っているかと思いまして」
「うん?」
いまいち意図がくみ取れない。
「その、この間お話してくれた人魚姫は実話だったかもしれない、という話とか。私のお友達はリーネしかいませんが、リーネは色々な方に愛されているから私よりたくさんの事を知っていると思うのです」
「つまり?」
「人魚姫の童話のように、人間になる方法を知りませんか?」
「はぁ!!?」
今度は流石にため息ではなく驚愕の叫びが出た。閉鎖的な洞窟の中でキィンと音が反響する。
「セレナあんた、まさか人間になってその男を追いかけたいって言うの?」
セレナはてれてれと気恥ずかしそうに頷いた。
「・・・信じられない」
「心配をかけてごめんなさい、リーネ。でも私は私の歌に気付いてくれたあの殿方に会いに行きたいのです。あなたにもお母さまたちにも迷惑をかけるということは十分に理解しています。でも、それでも、どうしようもないくらいにあの方に会いたいのです」
きゅ、と小さめの手がリーネの両手を掴む。
「そんなこと言われたって・・・というか、セレナ言ってたじゃない。人間を好きになったなら歌で魅了すればいいよ。その人船乗りなんでしょ?だったら同じ場所で待っていたらまた同じ船が来るよ。その時にちゃっちゃと魅了しちゃえばいいじゃん」
「ですが・・・その、歌声で好きな人の心を操るだなんて、したくないではありませんか」
ある意味正論だった。無欲なセレナらしい発想だが、そもそも歌で魅了すれば良いと先に言ったのもセレナだ。あの時は恋をする気持ちなど想像もつかなかったから心を操るなどという発想が出来たが、本気で恋をしているセレナはもうその考えは捨ててしまっていた。
「人魚が人間と恋をするなんて不可能です。住む場所も言葉も違う、でしたら私が人間になって会いに行くしかないのです」
しかなくは無いんじゃないか、と思いつつもセレナの熱弁に若干呆気に取られてしまうリーネだ。セレナは基本お淑やかだが変な所頑固な人魚だという事を知っていたし、一過性の妄言かもしれないとは言え少なくとも今は本気で言っている事も十分に伝わっていた。
「どうしても?」
「はい、お願いします。何か人間になる手がかりがあれば教えて下さい」
「そんな方法あるかどうかわからないし」
「少しでも可能性があるなら試してみたいのです」
「もし人間になったとして、あの男が他の人間と結婚したらどうするの?泡となって消える?あの男の人を刺し殺す?」
「その時は・・・大人しくあの人の未来を祝福します。もちろん自害もしません」
「人間になったら、私と二度と会えなくなるかもよ」
「・・・・・・」
今日初めて返事に詰まった。
「・・・・・・ごめんなさい。それでも、私は」
セレナの中には昨晩の歌からずっと煮えたぎる情熱と情愛が暴れていた。それを鎮める方法は無く、自分の中にここまで大きな欲求があった事にセレナ自身でも困惑する程だった。それはセレナが大事にしている家族と親友、そして平穏な人魚としての生活を投げ打ってしまえる程に大きなもので、その気持ちに身を委ねずにはいられなかった。
「それでも私は、人間になりたいのです」
真っ直ぐにリーネを見つめる空色の瞳は、明るい未来を見据えているようにキラキラと輝いていた。
ここで自分が拒否しても、他の方法で人間になる糸口を探すであろうセレナ。説得が無理だと判断した後は、親友として応援してあげる事しかできない。
「・・・わかったけど、あくまで噂だからね?」
その日の晩、セレナは自分の住む海域から北西方面に四時間ほど泳いだ隣の地区を訪れた。ちなみに人魚の遊泳速度は魚類最速と呼ばれるカジキマグロを余裕で煽れるくらいだ。
わざわざ夜になるのを待ったのは、昨晩の出来事からリーネに会うまでの間、悶々として一睡もできなかった身体を少し休める必要があった為と、『魔女』という存在がなんとなく昼間は活動をしていないのではないかと考えたからだ。
『北西の海区にある人魚の縄張りに、魔女と呼ばれる人魚がいるらしい』リーネが教えてくれた情報はたったそれだけ。
しかし、人魚を人間に変身させるなどという芸当は魔女にでも頼まないと無理だろうと考えていたセレナは駄目元と言いつつ期待をしながら魔女の元へと向かった。
北西の海といっても生態系に大きな変化が出るほどの遠さではなく、比較的見慣れた海藻や魚が目に付く海はセレナの不安を和らげた。人魚は泳ぎこそ特別速いが他の生物に一矢報いる毒も牙も持たない為、単独で行動することはまずあり得ない。基本的に30~50ほどの群れを作って生活し、特別な事情が無い限りは生まれた海から引っ越すことは無く、日帰りで行ける場所に他の人魚の縄張りがあろうとも衝突したり協力したりする事はない。どちらにせよメリットがないからだ。
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