黒髪に黒いカクテル

幻中六花

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越えられない一線

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「今、透悟君と莉夢ちゃん噂になってるの、知ってる?」
「う、噂?」
「そう、付き合ってるんじゃないかって」

 真亜子は酒が入っていたがいたって冷静だった。

「いや、俺は真亜子ちゃんと付き合ってるんだろ?」
「そうだけど、私から見てもそんな感じに見える……」

 透悟が「それは誤解だ」と言おうとした時、女性用トイレに向かう莉夢と鉢合わせてしまった。

「あっ! 透悟ぉ~! ここにいたのぉ~?」
「ちょっ……お前飲みすぎだって……!」

 ボロが出た。
 会社で透悟が女性に向かって『お前』なんて言うことは、まずない。
 莉夢は会社でも少し頼りないところがあり、透悟と付き合う前からしっかりした気の利く女になろうと努力していた真亜子とは正反対だった。
 そして、真亜子はこういうタイプの女性が大嫌いだった。

 莉夢は会社での性格に輪を掛けて、酒が入ると間の抜けた性格になるようだ。

 真亜子は、冷静だった。
 笑いも怒りもせず、考えていた。

 透悟は真亜子に向かって『お前』と言ったことは一度もない。
 『お前』どころか、『真亜子』と呼び捨てにしたこともない。いつも『真亜子ちゃん』だった。
 真亜子は透悟のことを『透悟君』と呼び、どこか一線を越えられないような気がしていた。

 もしかしたら、透悟は自分のことを好きなのではなく、このロングの黒髪に憧れていただけなのではないだろうか。
 だからあの時、黒いカクテルなんて飲ませて、見た目を楽しんでいただけなのではないだろうか。

「トイレ、使っていい?」
 真亜子は莉夢に断り、奥のトイレへゆっくりと入っていく。

 ──この2人はいつまでここにいるのだろう。私に気を遣って早く席に戻りなさいよ……!

 想像していたよりも早く、2人の会話は聞こえなくなった。
 透悟もここにいるのが気まずかったのだろう。

 真亜子は用を済ませると、手を洗った。
 いつも以上に、ゴシゴシ洗った。

 涙は出なかったが、今までこの手に触れた透悟の指紋を全て流してしまいたかった。

「あ、まぁちゃん。遅いから心配したよ。大丈夫?」
 早希だった。
「はい。すみません、今戻ります」
 そう言いながら真亜子は手洗いをやめない。

「大丈夫ならいいけど」
 早希はトイレの個室に入っていき、真亜子は手洗いをやめた。
 そしてトイレのドアに背中をついて、早希に言う。

「早希さん、あの噂、本当みたいです」
「え? マジ?」
「はい」
「え? まぁちゃんとは付き合ってなかったの?」
「……付き合って……ると思ってましたけど、違ったみたいです。先に戻りますね」

 恋人の浮気を目の当たりにして、どうしてこんなに冷静でいられるのか、早希には真亜子が理解できなかった。
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