スキトヲルヲモイ

幻中六花

文字の大きさ
上 下
5 / 6

待ってるから

しおりを挟む
 それから毎日、玲奈は夏弥の身体にくっ憑イテ過ごした。あまり力いっぱいしがみつくと、夏弥が身体に異変を感じることがわかってから、そっと、力を入れずにくっ憑イテイル。

「夏弥、あの日、どうしてあの場所に来てくれたの?」
「私との、本当のお別れを言いに来たの?」

 玲奈の言葉は相変わらず夏弥に伝わらないけれど、玲奈は毎日問いかけた。そのうち、今まで玲奈だけには見えていた自分の身体が、透明になってきていることに気づいた。
「あれ……?」
「そろそろ限界だな」
 玲奈が後ろを見ると、いつの間にか鬼のようだけど優しそうな、角が似合わない赤くて小さな少年のような人が立っていた。
「誰……?」
「地獄から迎えに来た遣い」
「地獄……」
 自ら命を放り投げた玲奈の行く場所は、その時点で地獄と決まっていた。でも、玲奈には夏弥を恨む気持ちも、相手の女を恨む気持ちもなく、自分を責める心が強くあったため、この遣いによって、もうしばらくこの世で夏弥のそばにいさせてもらえたのだ。
「少しは幸せになれたか」
「……はい……。もう……大丈夫です……」

 玲奈は夏弥に巻き付いていた身体をシュルリと抜き、遣いの方へ歩み寄る。そして夏弥を振り返る。
「あの場所で再開できたこと、嬉しかったよ。幸せに……なってね」
 玲奈の目から思わず涙が溢れる。その涙が床に落ちた瞬間、夏弥が玲奈の方を振り向いた。

 ──「夏弥……っ!」
「……ん?」
 夏弥は玲奈の方に近寄り、床に落ちた水滴を拭った。玲奈の声に反応したわけではなく、落ちた水滴の音が聞こえただけだったけれど、玲奈にとってはそれも嬉しかった。涙が幻想ではなく、物体としてこの世に存在したこと、それを夏弥が拭ってくれたことが嬉しかった。
 夏弥はそこで、今まで数日間取れなかった腰の重みが消えていることに気づく。
「ん?」
 腰をさすり、今自分が拭った水滴を見て、
「……玲奈……?」
と呟いた。

 ──「夏弥っ」
 玲奈の目からまた、嬉し涙が1粒こぼれてしまった。夏弥が玲奈の名を呼んだ瞬間、目の前に水滴が降ってきたので、夏弥は玲奈がそこにいることを確信した。
「玲奈、ごめんな。俺は玲奈に何もしてあげられないんだ……。酷いことをしたんだから、取り憑いてくれても構わない」
 ──「……いよ……」
「玲奈……?」
 もう届かないとわかっていながら、玲奈が思わず口にした「そんなことしないよ」という言葉に、夏弥は反応を示した。もうこれが最期だ……。夏弥に伝えられる最期の言葉。
 ──「そんなことしないよ」
「玲奈……」

 玲奈の身体はもうほぼ消えていて、空気の流れでしか感じることができなかったけれど、夏弥にはそれを感じることができた。
「玲奈……ありが……」
 ──「地獄で待ってるから……」

「え……?」
という夏弥の言葉は、夏弥以外に誰もいないその部屋の中に木霊こだまして、空気の流れも止まった。

「地獄で……待ってるから……」


『スキトヲルヲモイ』
──完──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

処理中です...