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出口は始まり
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第二章 出口は始まり
玲奈が目を覚ました時、そこは真っ暗闇だった。目を開けているのか閉じているのかわからないくらい、物音ひとつしない真っ暗闇だった。
「私……。ここ、どこ……?」
今自分がどこにいるのかもわからない。生きているのか、死んでいるのかもわからない。
「そうだ、私は夏弥に振られて、気づいたら知らないビルの屋上にいて、……そう、転んだんだ。綺麗な青と真っ白な雲が目の前にあって、あの雲に乗れたら気持ちいいだろうなと思いながら立ってたら、転んだんだ」
玲奈にはそこからの記憶がなかった。人は飛び降りる時、恐怖から落ちている最中には既に気を失っているという。他人が見る分には一生分のトラウマになりそうだが、本人にとっては苦しまずに死ねる方法なのかもしれない。
玲奈は立ち上がり、とりあえず進んでみた。前も後ろもわからない真っ暗闇で、身体の前方に向かって進んでみた。これは進んでいるのか戻っているのかもわからないけれど、出口がいつか見つかるような気がして。
もうずっと長い間、歩いている気がする。けれど、玲奈はお腹が空かない。喉も渇かない。
「きっと私、死んじゃったんだよね。あのビルで転んで、死んじゃったんだよね。だからお腹も空かないし、喉も渇かないんだ。これからこの身体はどうなっちゃうんだろう」
自殺をしたら必ず地獄へ行くと聞いたことがあった玲奈は、この暗闇を抜けたら地獄に繋がっているのだろうと半ば諦めて歩き続けた。なぜか、その場で止まっていることができなかった。歩かなければいけないような気がして、進んだ。
「舌、抜かれちゃうかな。話せなくなるかな。まぁ、いいや。もう誰とも話さなくていいや」
いつ目の前に、漫画で見た地獄の風景が広がってもおかしくない。でも、歩けども歩けども、暗闇から抜け出すことができなかった。
きっとこれは、自ら命を投げ出した玲奈にとっての罰なのだ。地上で玲奈のことを心配したり、悲しんだりしている人のことを一切考えなかった玲奈に課せられた罰なのだ。
それもそのはず、玲奈にはもう、夏弥のこと以外考える脳みそが残っていなかった。会社の先輩も心配してくれたが、その言葉は玲奈の耳に入る前に跳ね返されてしまったし、誰の言葉も受け付けなくなっていた。
だけど、玲奈にはひとつだけ、このまま地獄に持っていくにはもったいないくらい綺麗な心があった。それは、夏弥が好きになってしまった玲奈ではない人のことを恨まない心だ。
「悪いのは私。夏弥にとって私に何かが足りなかったせいで、夏弥が他の人のことを好きになっちゃったの。その人は何も悪くない」
この考えが玲奈の頭にあることを知った地獄の遣い手が、少しの間、玲奈が暗闇の中に留まることを許したのだった。
玲奈はただただひたすら歩き続けた。出口に向かっていると信じて歩くしかなかった。
肉眼で見えるか見えないかというくらい遠くに、うっすらと、それはもううっすらと光のようなものが確認できる。
もしかして、その暗闇はどの方向に進んでも同じ距離のところに出口はあったのかもしれない。迷って引き返したりしていたら、さらに遠くなっていたかもしれないけれど、玲奈は自分を信じる力が強いので、最短時間で出口らしき光を見ることができたのかもしれない。
「光……だよね? 出口……? あの先は、地獄……?」
玲奈は少し進むのが怖くなったけれど、進まずにここに留まるのも、何も進まない気がして、進んだ。
光は少しずつ強く、玲奈の目に突き刺さる。
だんだんとその先の風景が見えてきた。玲奈にとって、見覚えのある青と、白。
「ここって……」
そう。真っ暗闇の外は、玲奈が飛び降りたビルの屋上だったのだ。
いつの間にか玲奈を取り囲んでいた暗闇は薄れ、あの時最後に見た風景が広がっていた。
「やっと辿り着いた先が、ここかぁ……。ここで私は何をすればいいんだろう……」
とりあえず、これから何をすればいいのか考えようと思い、玲奈は飛び降りたその場所に座り込む。洋服が汚れるとか、そういうのは考えなくても良さそうだ。
玲奈が目を覚ました時、そこは真っ暗闇だった。目を開けているのか閉じているのかわからないくらい、物音ひとつしない真っ暗闇だった。
「私……。ここ、どこ……?」
今自分がどこにいるのかもわからない。生きているのか、死んでいるのかもわからない。
「そうだ、私は夏弥に振られて、気づいたら知らないビルの屋上にいて、……そう、転んだんだ。綺麗な青と真っ白な雲が目の前にあって、あの雲に乗れたら気持ちいいだろうなと思いながら立ってたら、転んだんだ」
玲奈にはそこからの記憶がなかった。人は飛び降りる時、恐怖から落ちている最中には既に気を失っているという。他人が見る分には一生分のトラウマになりそうだが、本人にとっては苦しまずに死ねる方法なのかもしれない。
玲奈は立ち上がり、とりあえず進んでみた。前も後ろもわからない真っ暗闇で、身体の前方に向かって進んでみた。これは進んでいるのか戻っているのかもわからないけれど、出口がいつか見つかるような気がして。
もうずっと長い間、歩いている気がする。けれど、玲奈はお腹が空かない。喉も渇かない。
「きっと私、死んじゃったんだよね。あのビルで転んで、死んじゃったんだよね。だからお腹も空かないし、喉も渇かないんだ。これからこの身体はどうなっちゃうんだろう」
自殺をしたら必ず地獄へ行くと聞いたことがあった玲奈は、この暗闇を抜けたら地獄に繋がっているのだろうと半ば諦めて歩き続けた。なぜか、その場で止まっていることができなかった。歩かなければいけないような気がして、進んだ。
「舌、抜かれちゃうかな。話せなくなるかな。まぁ、いいや。もう誰とも話さなくていいや」
いつ目の前に、漫画で見た地獄の風景が広がってもおかしくない。でも、歩けども歩けども、暗闇から抜け出すことができなかった。
きっとこれは、自ら命を投げ出した玲奈にとっての罰なのだ。地上で玲奈のことを心配したり、悲しんだりしている人のことを一切考えなかった玲奈に課せられた罰なのだ。
それもそのはず、玲奈にはもう、夏弥のこと以外考える脳みそが残っていなかった。会社の先輩も心配してくれたが、その言葉は玲奈の耳に入る前に跳ね返されてしまったし、誰の言葉も受け付けなくなっていた。
だけど、玲奈にはひとつだけ、このまま地獄に持っていくにはもったいないくらい綺麗な心があった。それは、夏弥が好きになってしまった玲奈ではない人のことを恨まない心だ。
「悪いのは私。夏弥にとって私に何かが足りなかったせいで、夏弥が他の人のことを好きになっちゃったの。その人は何も悪くない」
この考えが玲奈の頭にあることを知った地獄の遣い手が、少しの間、玲奈が暗闇の中に留まることを許したのだった。
玲奈はただただひたすら歩き続けた。出口に向かっていると信じて歩くしかなかった。
肉眼で見えるか見えないかというくらい遠くに、うっすらと、それはもううっすらと光のようなものが確認できる。
もしかして、その暗闇はどの方向に進んでも同じ距離のところに出口はあったのかもしれない。迷って引き返したりしていたら、さらに遠くなっていたかもしれないけれど、玲奈は自分を信じる力が強いので、最短時間で出口らしき光を見ることができたのかもしれない。
「光……だよね? 出口……? あの先は、地獄……?」
玲奈は少し進むのが怖くなったけれど、進まずにここに留まるのも、何も進まない気がして、進んだ。
光は少しずつ強く、玲奈の目に突き刺さる。
だんだんとその先の風景が見えてきた。玲奈にとって、見覚えのある青と、白。
「ここって……」
そう。真っ暗闇の外は、玲奈が飛び降りたビルの屋上だったのだ。
いつの間にか玲奈を取り囲んでいた暗闇は薄れ、あの時最後に見た風景が広がっていた。
「やっと辿り着いた先が、ここかぁ……。ここで私は何をすればいいんだろう……」
とりあえず、これから何をすればいいのか考えようと思い、玲奈は飛び降りたその場所に座り込む。洋服が汚れるとか、そういうのは考えなくても良さそうだ。
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