詐欺師は騙って語る

碧野 宙

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一吐き

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山下咲希は俺の人生初めての彼女だった。
いつも元気で明るい笑顔が素敵で、
俺なんかと付き合ってくれた優しい人だ。

中一の文化祭で俺が周りに背中を押され、
勢い半ばに告白したら優しい咲希は
満面の笑みでOKしてくれたのだった。

中学生活はとても充実した生活だった。
全てが、一日一日が薔薇色に輝いていた。
ときには喧嘩したりもしたけれど、
ちゃんと謝って毎回仲直りしていた。

しかし高校へ進学するにあたって、
俺と咲希は離ればなれになった。
咲希の親の会社の都合で東京へ
行くことになったのだった。

咲希は東京の高校へ
俺は地元の高校へ通うこととなった。

高校生活が始まってから
一ヶ月くらいが経過したとき、
ふいに咲希に会いたいと思った。

けれども今は会いたくても会えない。
仕方なく俺は諦めて、
最近買った本の続きを読むのであった。
水色の押し花の栞が挟まれた本の続きを。
____________________
「忘れないでよ?」

「うん!絶対に忘れない!」

「約束だよ?」

「うん!約束する!」

「それじゃあこれあげる!」

「なにこれ?花?」

「勿忘草っていう花だよ!」

「へぇー!綺麗だね!」

「そうでしょ?花言葉は私を忘れないで」

「忘れないで?」

「そう。いつまでも私のことを
忘れないようにこの花を持っててね!」

「わかった!ずっと持ってる!
だから咲希ちゃんも忘れないでね!」

「うん!」
____________________
そんな夢を見た次の日、
俺はインターホンの音で目を覚ました。
時刻は九時過ぎだった。休日の贅沢だ。
そう思いながら布団に潜る。

…何度もインターホンが鳴っている
そうか、誰か来たのか。
でも引っ越してからまだ何も注文して
いないはずなんだがな?
そう思いながら俺はドアを開けた。

「はーい、宗教勧誘ですか?
生憎ですが、神は死んでいますよ。」

「ニーチェかよ。
宗教じゃなく友好勧誘ですよ。」

扉を開けると中学からの友人、桜がいた。
桜は俺の背中を押してくれた一人である。
今年も同じ高校に行くことになった。

「高校入学おめでとうございます。」

「いえいえそちらこそ。
して、本日はどのような用件で?」

「頼まれてたゲーム機を渡しに来たよ。」

桜は大きい袋を二つ持っていた。
一つは俺に渡すゲーム機。
もう一つの袋からは食材が見えていた。
買い物帰りだろうか?

「マジかサンキュー!それじゃこれで。」

「ちょ待てよ、女の子に家まで来させて
おいて、そのままさっさと帰らすわけ?」

俺が扉を閉めようとすると桜が言ってきた。

「そういうわけ。そもそも女の子が
長時間男の家の前にいるなよ。
わかったらとっとと帰りな。」

「まあまあ、ゲーム渡しといて
させないなんてひどいじゃないか。
私にもそのゲームをさせろー!」

「知らないのか?ゲームはカセットが
無いとできないんだぜ?わかったら
さっさと諦らめて帰りな。」

「そのカセット持ってるのあんたでしょ!
いいからさっさとさせなさいよー!」

「チッ…」

「え?いま舌打ちした?」

「こんな状況をご近所さんに
見られても困るしなー……」

「え、スルー?」

「ほら、いいから上がれよ。」

「やったー!」

二人でリビングでゲームをすると、
桜はものの一時間で飽きてしまった。
手を変え品を変え様々なゲームを
したが、どれも桜はすぐに飽きていた。

「ねーもっと他になにかないー?」

「人の家に上がり込んでおいて
何を偉そうに言ってるんだ?」

「だって全部つまんないんだもん。」

ならと、俺は本題に入る。

「……他の用事があるんだろ?」

「え?」

「そもそも俺はお前にゲーム機を
預けるなんて真似はしない。
壊されそうだからな。」

「失礼極まりないわね。」

「大方弟が遊ばなくなったものを
回してきたんだろう。だからお前は
俺にもっと他の用事がある。
ゲーム機はその前金みたいなものか。」

「さすが、何でもお見通しね。
探偵にでもなったら?儲けれるわよ。」

「さあな、探偵も楽じゃなさそうだし。
それに俺は探偵ではなく、詐欺師だ。」

「そうね、私も探偵じゃなくて
詐欺師であるあなたに依頼したいの。」

坂本正義くん。桜がそう言った。
正義の心なんてない悪の人間に。

「お前の口調も元に戻ってきた
みたいだし、いいだろう。
桜、依頼内容を聞こうか。」

「……あなたに浮気調査をしてほしいの。」

「…………………は?」

桜の口調が変わったと言ったが口調だけでは
分かりづらいだろうから桜がどのように
変化したかをここで先に述べておこう。

そもそも桜は黒髪で鎖骨まで伸ばしている。
ブラウスとロングスカートのコーデは
まさに清楚系といった感じなのだろう。

しかし俺のもとへ訪れたとき、
つまり玄関にいたときの桜は
ポニーテールをして
フード付きの上着を着ていた。

清楚系ではなく元気いっぱいの
高校一年生感を出していた。
おそらく近所からの噂を
気にして擬態していたのだろう。

「擬態って言わないでくれるかしら?
私は虫じゃないのよ。」

見た目だけではなく口調も
元気いっぱいだった桜だが
今はゴムを外してお淑やかに座っている。
上着も気付けば着ていなかった。

「いつから読心術を会得したんだ?」

「物心ついたころからよ。」

「ならそれで彼氏の心を
読めばいいじゃないか。」

「私が読めるのは嫌いな人の心だけよ。」

「ならなんで読める俺に依頼するんだよ。」

こいつの心だけは読みたくないな。
そう思いながら依頼内容を確認する。

「浮気調査の依頼だよな?」

「そうよ、頼まれてくれるかしら?」

「詳細を教えてくれるならな。」

そういうと桜は彼氏との
いざこざについて話し始めた。

なんでも最近彼氏が冷たいだの
彼氏の部屋に茶色い髪の毛があるだの
この前彼氏と一緒に歩く女性を見ただの
本当にごく一般的な浮気調査だった。

「お前……なんでそれを
探偵に相談しないんだよ。」

「お金がかかるじゃないの。」

「依頼料15万円。」

「前金はそのゲーム機たちよ。」

「報酬20万円。」

「私に春を売れって言うの?」

「我が世の春を謳歌してるやつが
よくそんなことを言えたな?」

「どう?引き受けてくれるかしら?」

「調査の結果、その人は妹でした。」

「確かによくある展開だけれども。」

探偵に依頼しないということは、
単純にお金がないのか、もしくは……

「探偵に頼めない事情があるのか?」

「それは……またいつか話すわ。」

「あるのかよ。」

「あら、まさか受けてくれないわけ?
あなた、どんな人も騙せるんでしょ?」

「浮気調査に騙すも何もないぞ」

「あなたには私の彼氏と
直接仲良くなってもらうのよ、
その方が懐を探りやすいでしょう?」

「確かに彼氏を騙さなきゃならないな。」

俺は冷蔵庫からカフェオレの
缶ジュースと紅茶のペットボトルを
出しながら適当に答えた。
どうやって断ろうかと考えているが、
断ったら面倒くさいことになりそうだ。

「もし断ったら警察にこの人に
誘拐されましたって通報するわよ。」

「やめろ、俺のスクールライフを奪うな。」

「受けた依頼は必ず成功させるんでしょう?
依頼内容を聞いたということは受けてくれるわよね?」

かつて学校の全生徒を騙してみせたあなたなら、と
俺が全力で投げたペットボトルを
キャッチしつつ桜は淡々と言った。

マジか、本気で投げたのに。
俺は驚きつつそれを顔に出すまいと
缶を開けてカフェオレを流し込んだ。

「この紅茶は払わされるのかしら?」

桜は訝しげに聞いてきた。
どうやらこいつは騙しにくそうだ。
今月少し金欠気味だし、
小遣い稼ぎにちょうどいいか。

「紅茶代は付け加えておいてくれ。」

「仕方ないわね、報酬に五百円付け加えて
報酬は合計で五百円になるわね。」

無料タダで受けさせるつもりだったのか?」

「よろしくたのむわ」

「え、スルー?」

「ちょうど明日からまた学校だし、
明日から仲良くしてもらいましょう。」

「それは俺がなんとかするから
高嶺の花は遠くから見てな。」

「そうよね、道端の雑草くんが
高嶺の花と会話してたらおかしいものね。」

「その高嶺の花と
付き合ってる奴がいるなんてな。」

そう話しながら互いに飲み干す。

「騙す相手の名前は?」

「斉藤くんよ、あなたと同じクラスの。」

「まだ会話をしたことなかったな。」

「それにしてもまたあなたに
依頼をするなんて自分でも驚いているわ。」

さっきの俺と同じように桜がペットボトルを
全力投球してきたのでしれっと受け取り、
俺はゴミ箱に捨てる。

高校生活初の依頼主が桜だなんて、
俺もとうとう年貢の納め時なのだろうか。

「坂上相談事務所、REOPENね。」

「それをいうなら再開な。」
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