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愛しい子は、瞬時に弓を掴み矢をつがえた。その矢先が狙うものが、私の髪を手に握りしめた人族の男であることは、一目瞭然だった。
「逃げろ!」
反射的に私は叫び、人族と彼のとの間に立ち塞がる。両手を広げ、あの男が無事逃げきれるよう壁となった。
「何をしているんだ!」
「貴方こそ一体何を! 人族は貴方たちを捕えて捌くような蛮族だろ! 殺さないと!」
「あの者は違う! よせ!」
「違うって言うなら、なんで貴方の髪はそんなことになってるんだ!」
「私が自ら切り落とし、あの者に渡したからだ!」
愛しい子は、私のこの頭を見て、あの者が無理強いをして刈り取ったと思ったらしかった。
「……なんで、そんなことを……許すんだ」
信じられない。許しがたい。そんな顔をして、愛しい子が崩れ落ちた。どうしてそんな顔をするのかが分からなかったのだが、私は慌てて彼に駆け寄る。
「あの者は、我が子を救うために決死の思いでこの森にきた。……その話を聞いて、何かの足しになればと私が髪を与えたんだ」
「……そんなことは聞いてない。そんなことは、どうでもいい」
事情を説明し理解してもらおうと思ったのだが、どうでもいいと一蹴されてしまう。彼の両手が、私の両肩を強く掴む。
「貴方は俺のものだ! 髪一本だって、俺のものなんだ! なんで他人に与えるんだよ!! あんなに綺麗な髪だったのに、そんな無残にして……! それも人族のためだって!?」
激昂していた。近い距離で、大声を上げられる。それは怒声と呼ぶに相応しいものだった。彼は怒っている。その理由が私には分からないが、彼は途轍もない怒りを抱いて私を押し倒した。
情けないことに、養い子に恐怖を抱いた。強い力で地面に縫い付けられ、どうして、なんであんなことを、と怒鳴られる。訳も分からず瞳から涙が毀れた。
体が震えていることには、気付きたくなかった。けれど、思い知る。私の全身は恐怖に震えていたのだ。
彼の手が私の衣服を強く引っ張り、容易くそれは破れていく。素肌が晒され、空気が恐怖で粟立つ肌を撫でた。
「な、なにを……!」
「貴方が俺のものだって、貴方の体に叩き込んでやる」
その言葉の意味が分からないほど、私は蒙昧ではなかった。否、分からぬほど愚かでいられたならまだましだったかもしれない。更に愚かであったなら、これから起こることに怯えなくて済んだことだろう。
「私たちはっ、私とお前は親子なんだ! そんなことは許されない!」
「血も繋がっていないのに何が親子だ! 俺に名すら与えず、自分の名も明かさないのに! これのどこか親子だっていうんだよ! 俺は貴方のことを親だなんて思ってないって、言っただろ!!」
胸の中が痛くて、痛くて、私はもう何も考えられなかった。
何もかも、この子の言う通りだ。己の名も明かせない、彼に名も付けない。そんな状態で、私はただ親子の真似事をしていただけなのだ。
私は彼が大切で、手放したくないけれど、いつか手放さなければならないと思っていた。そんな中途半端な気持ちが、いつしか彼を追いつめていた。これは全て、私の罪禍だ。
身動きが取れない状態で、噛みつくような口付けをされた。私たちは親子にはなれない。私はこの子に親にはなれない。それを分かっていたのに、中途半端な気持ちでその役を演じ続けてしまった。それを彼が、終わらせに来たのだ。
うつ伏せにされ、ろくに慣らすこともせず私の中に彼が入って来た。無理に突っ込まれて、劈かれる激痛を味わう。内臓が抉れるような痛みだった。このまま死んでしまえたらいいのに。そんなことをぼんやりと、頭の片隅で思う。
体が前後に揺すぶられ、耳元で愛しい子の息遣いが聞こえた。どれほどの時間をそうしていたのだろうか。彼は私の中で果て、腹部に強い熱を感じる。とてつもない絶望が私の体を包み込んでいた。何が起こったのかを理解したくない。
直後。
私の体に覆いかぶさっていた影が消える。激しい殴打音が聞こえた。何事かと思い慌てて見れば、森の賢者が愛しい子を蹴り飛ばしていたのだ。体勢を崩し、倒れ込む彼を一方的に森の賢者が蹴り続けている。このままでは蹴り殺されてしまう。
「やめてくれ!」
起き上がろうとする愛しい子は、ことごとく賢者に蹴飛ばされ、立ち上がることすらままならない。やめてくれ。酷いことをしないでくれ。怪我などさせないでくれ。
「ここまでの愚か者だったとは!! お前は我が一族の恥だ!」
「あんたには関係ないだろ!!」
「大恩ある養い親に無体を働くなど、どうかしている!」
「五月蠅い!!」
愛しい子の額からは血が流れ、体中には蹴られたことによる痣が出来ていた。駆け寄って守ってあげたいのに、体が全く言うことを聞かないのだ。下半身に力が全く入らない。這って愛しい子のもとへと向かう。
「やめてくれ……っ! その子を、傷つけないで!」
「いい加減目を覚ませ! 傷ついているのは貴方の方だ!」
賢者の怒声が私に向けられた。そこで私は糸が切れたかのように、己の意識を手放してしまう。あの子を抱きしめて、目を見て、しっかりと言葉をかけてあげたかった。大丈夫、私は傷ついてなどいない、と。
「逃げろ!」
反射的に私は叫び、人族と彼のとの間に立ち塞がる。両手を広げ、あの男が無事逃げきれるよう壁となった。
「何をしているんだ!」
「貴方こそ一体何を! 人族は貴方たちを捕えて捌くような蛮族だろ! 殺さないと!」
「あの者は違う! よせ!」
「違うって言うなら、なんで貴方の髪はそんなことになってるんだ!」
「私が自ら切り落とし、あの者に渡したからだ!」
愛しい子は、私のこの頭を見て、あの者が無理強いをして刈り取ったと思ったらしかった。
「……なんで、そんなことを……許すんだ」
信じられない。許しがたい。そんな顔をして、愛しい子が崩れ落ちた。どうしてそんな顔をするのかが分からなかったのだが、私は慌てて彼に駆け寄る。
「あの者は、我が子を救うために決死の思いでこの森にきた。……その話を聞いて、何かの足しになればと私が髪を与えたんだ」
「……そんなことは聞いてない。そんなことは、どうでもいい」
事情を説明し理解してもらおうと思ったのだが、どうでもいいと一蹴されてしまう。彼の両手が、私の両肩を強く掴む。
「貴方は俺のものだ! 髪一本だって、俺のものなんだ! なんで他人に与えるんだよ!! あんなに綺麗な髪だったのに、そんな無残にして……! それも人族のためだって!?」
激昂していた。近い距離で、大声を上げられる。それは怒声と呼ぶに相応しいものだった。彼は怒っている。その理由が私には分からないが、彼は途轍もない怒りを抱いて私を押し倒した。
情けないことに、養い子に恐怖を抱いた。強い力で地面に縫い付けられ、どうして、なんであんなことを、と怒鳴られる。訳も分からず瞳から涙が毀れた。
体が震えていることには、気付きたくなかった。けれど、思い知る。私の全身は恐怖に震えていたのだ。
彼の手が私の衣服を強く引っ張り、容易くそれは破れていく。素肌が晒され、空気が恐怖で粟立つ肌を撫でた。
「な、なにを……!」
「貴方が俺のものだって、貴方の体に叩き込んでやる」
その言葉の意味が分からないほど、私は蒙昧ではなかった。否、分からぬほど愚かでいられたならまだましだったかもしれない。更に愚かであったなら、これから起こることに怯えなくて済んだことだろう。
「私たちはっ、私とお前は親子なんだ! そんなことは許されない!」
「血も繋がっていないのに何が親子だ! 俺に名すら与えず、自分の名も明かさないのに! これのどこか親子だっていうんだよ! 俺は貴方のことを親だなんて思ってないって、言っただろ!!」
胸の中が痛くて、痛くて、私はもう何も考えられなかった。
何もかも、この子の言う通りだ。己の名も明かせない、彼に名も付けない。そんな状態で、私はただ親子の真似事をしていただけなのだ。
私は彼が大切で、手放したくないけれど、いつか手放さなければならないと思っていた。そんな中途半端な気持ちが、いつしか彼を追いつめていた。これは全て、私の罪禍だ。
身動きが取れない状態で、噛みつくような口付けをされた。私たちは親子にはなれない。私はこの子に親にはなれない。それを分かっていたのに、中途半端な気持ちでその役を演じ続けてしまった。それを彼が、終わらせに来たのだ。
うつ伏せにされ、ろくに慣らすこともせず私の中に彼が入って来た。無理に突っ込まれて、劈かれる激痛を味わう。内臓が抉れるような痛みだった。このまま死んでしまえたらいいのに。そんなことをぼんやりと、頭の片隅で思う。
体が前後に揺すぶられ、耳元で愛しい子の息遣いが聞こえた。どれほどの時間をそうしていたのだろうか。彼は私の中で果て、腹部に強い熱を感じる。とてつもない絶望が私の体を包み込んでいた。何が起こったのかを理解したくない。
直後。
私の体に覆いかぶさっていた影が消える。激しい殴打音が聞こえた。何事かと思い慌てて見れば、森の賢者が愛しい子を蹴り飛ばしていたのだ。体勢を崩し、倒れ込む彼を一方的に森の賢者が蹴り続けている。このままでは蹴り殺されてしまう。
「やめてくれ!」
起き上がろうとする愛しい子は、ことごとく賢者に蹴飛ばされ、立ち上がることすらままならない。やめてくれ。酷いことをしないでくれ。怪我などさせないでくれ。
「ここまでの愚か者だったとは!! お前は我が一族の恥だ!」
「あんたには関係ないだろ!!」
「大恩ある養い親に無体を働くなど、どうかしている!」
「五月蠅い!!」
愛しい子の額からは血が流れ、体中には蹴られたことによる痣が出来ていた。駆け寄って守ってあげたいのに、体が全く言うことを聞かないのだ。下半身に力が全く入らない。這って愛しい子のもとへと向かう。
「やめてくれ……っ! その子を、傷つけないで!」
「いい加減目を覚ませ! 傷ついているのは貴方の方だ!」
賢者の怒声が私に向けられた。そこで私は糸が切れたかのように、己の意識を手放してしまう。あの子を抱きしめて、目を見て、しっかりと言葉をかけてあげたかった。大丈夫、私は傷ついてなどいない、と。
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