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◆ 幕間
3、祝福されるということ(3)
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悲しげだった吉乃の顔が、一転して喜びに満ちたものになる。一気に明るくなったその表情を見て、俺も自然と笑みを浮かべた。
「……それならば許可しましょう」
侍従長殿の許可が下りた。だが、それも当然だろう。俺はただ、己の親に、結婚を誓った者を連れて行くと、ただそう記すだけなのだから。
吉乃の名は微塵も出さない。そのことによって、俺の家族は突然現れた姫宮の姿を認めて心臓を止めるかもしれないが、そうならないことを祈るしかない。
婚約者と言われたことが嬉しいのか、吉乃はにこにことしている。そんな些細なことで喜ぶ我が伴侶が愛おしくてたまらなかった。ついつい抱きしめる腕に力が入る。
「廊下の真ん中で何してんだ。邪魔だろ」
互いの体を抱きしめあって、ぬくもりを分け合っていた俺たちに冷たい声が浴びせられる。その声のした方を向けば、俺よりも吉乃が強い反応を見せた。
「黎泉!」
そこに立っていたのは、赤毛を有する四の宮様だった。不貞腐れた顔で俺を睥睨している。四の宮様の視線に戸惑っている間に、吉乃が俺の腕の中を抜けて弟君のところへ向かっていた。
吉乃よりは少しばかり背丈は大きいが、それでも男としては小柄な四の宮様。この方こそが、吉乃に万が一のことがあれば、代わりに姫宮になる御方だった。
「丁度良かった。今から、黎泉のところに行こうと思ってたんだ」
それは初耳だった。もしかして、両陛下だけでなく他の御兄弟方にも挨拶をするつもりなのか。他の、といっても眼前の四の宮様を除けば、あとは双子の宮様と蛍星くらいなものだが。
「上の兄上方に許してもらったんだろ」
「相変わらず耳が早いな」
四の宮様の情報通ぶりに驚いた吉乃だったが、そんな吉乃に対し四の宮様はふん、と顔を逸らす。そして継続して俺を睨んでいた。
「兄上方が許したんなら、弟の俺にまで許可を得る必要なんてない」
「別に、許可が欲しいとかそういうことじゃない。ただ、ちゃんと説明しておきたかったんだ」
「説明なんかいらない」
「……黎泉は、私たちのことに……反対なのか?」
きっぱりと説明を断った四の宮様の態度に、吉乃は心底驚いているようだった。そして、悲しそうなおもてへ変わっていく。その様子に四の宮様は慌てているようだった。
「だから、反対とかそういうんじゃない。俺のことなんか気にしないで、勝手にすればいいだろ」
「四の兄上は、寂しいんだよね」
突っ慳貪な言い方をした四の宮様の声に続いて、どこか幼子を慰めるような、それでいてどこか慇懃無礼な言葉が響いた。
その声の主を、俺はよく知っている。見慣れた姿がそこにはあって、四の宮様が彼の姿を認めた途端に強く吠えた。
「蛍星! お前、余計なこと言うな!」
「余計なことじゃないでしょ。兄上が全然素直になれてないから、僕はお手伝いしてあげただけ」
四の宮様の横に突如として現れたのは、蛍星だった。国境での騒動も落ち着き、戦後処理も終えて蛍星は清玄に戻って来ていたのだ。とはいえ、あまりにも神出鬼没で、突然の出現に場の全員が驚いた。
「蛍星、お前どこから聞いてたんだ?」
「最初から聞いてたよ。もっと言うと、三の兄上と清玖がいちゃいちゃしてるのも見てたよ」
俺の問いかけに答えた蛍星は、どこか悪童のような笑みを見せていた。別に、いちゃいちゃしていたわけではない。ただ、抱きしめあっていただけだ。
「三の兄上。四の兄上はね大好きな兄上が取られちゃって悔しいんだよ」
「五月蠅い! 勝手なこと言うな!」
「大丈夫大丈夫、僕にはその気持ちがよーく分かるから」
四の宮様の御気持を説明する蛍星に、四の宮様が再度吠えた。顔が真っ赤になってしまっている四の宮様を慰めるように、吠えさせた張本人である蛍星がその肩をぽんぽんと叩く。
「三の兄上は全然自覚ないけど、僕たち兄弟は皆、三の兄上のことが大好きで大好きで仕方ないんですよ」
「私だって、蛍星や黎泉、兄上方も双子たちも大好きだよ」
「兄上の大好きより、もーっと、なんです」
「もっと?」
「そう。それこそ、自分が兄上の夫君になりたいと願うくらいに」
その言葉に、四の宮様と俺はびくりと肩を震わせた。それほどに、蛍星は皆の敏感な部分を乱暴に暴いたのだ。
四の宮様は、きっと叶うことなら、俺の座につきたかったのだろう。
吉乃を伴侶にしたいという積極的な願いがあったのかは不明だが、どこの馬の骨とも知れない者に奪われるくらいなら、己が吉乃の夫君になりたかったはずだ。それほどの情欲を、四の宮様からは嗅ぎ取れる。
だがきっとそれは、四の宮様に限った話ではない。他の宮様も同様であるはずだ。更に言えば、侍従だって近衛だって、俺のような一介の武官がその座を得るのであれば、己が立候補したかったという者は多いだろう。
俺は何の因果か、そのような尊い座を得ることが出来た。
「皆が大切に想って、守って、慈しんで、愛してきた三の兄上を、突然現れた右軍の武官に横取りされちゃって、四の兄上は面白くないんです」
「……五月蠅い」
四の宮様の反論が弱くなってきた。蛍星の言葉はどこまでも正しくて、耳が痛いのだろう。俯いてしまった四の宮様に、吉乃が歩み寄りそっと優しく抱きしめた。
「黎泉、私の体はひとつしかない。だから、ひとりの妻君にしかなれない」
「……そんなこと、分かってる」
「それでも、私は死ぬまで黎泉の兄だ。そして、黎泉は私の大切で、大好きな弟だよ」
「……それならば許可しましょう」
侍従長殿の許可が下りた。だが、それも当然だろう。俺はただ、己の親に、結婚を誓った者を連れて行くと、ただそう記すだけなのだから。
吉乃の名は微塵も出さない。そのことによって、俺の家族は突然現れた姫宮の姿を認めて心臓を止めるかもしれないが、そうならないことを祈るしかない。
婚約者と言われたことが嬉しいのか、吉乃はにこにことしている。そんな些細なことで喜ぶ我が伴侶が愛おしくてたまらなかった。ついつい抱きしめる腕に力が入る。
「廊下の真ん中で何してんだ。邪魔だろ」
互いの体を抱きしめあって、ぬくもりを分け合っていた俺たちに冷たい声が浴びせられる。その声のした方を向けば、俺よりも吉乃が強い反応を見せた。
「黎泉!」
そこに立っていたのは、赤毛を有する四の宮様だった。不貞腐れた顔で俺を睥睨している。四の宮様の視線に戸惑っている間に、吉乃が俺の腕の中を抜けて弟君のところへ向かっていた。
吉乃よりは少しばかり背丈は大きいが、それでも男としては小柄な四の宮様。この方こそが、吉乃に万が一のことがあれば、代わりに姫宮になる御方だった。
「丁度良かった。今から、黎泉のところに行こうと思ってたんだ」
それは初耳だった。もしかして、両陛下だけでなく他の御兄弟方にも挨拶をするつもりなのか。他の、といっても眼前の四の宮様を除けば、あとは双子の宮様と蛍星くらいなものだが。
「上の兄上方に許してもらったんだろ」
「相変わらず耳が早いな」
四の宮様の情報通ぶりに驚いた吉乃だったが、そんな吉乃に対し四の宮様はふん、と顔を逸らす。そして継続して俺を睨んでいた。
「兄上方が許したんなら、弟の俺にまで許可を得る必要なんてない」
「別に、許可が欲しいとかそういうことじゃない。ただ、ちゃんと説明しておきたかったんだ」
「説明なんかいらない」
「……黎泉は、私たちのことに……反対なのか?」
きっぱりと説明を断った四の宮様の態度に、吉乃は心底驚いているようだった。そして、悲しそうなおもてへ変わっていく。その様子に四の宮様は慌てているようだった。
「だから、反対とかそういうんじゃない。俺のことなんか気にしないで、勝手にすればいいだろ」
「四の兄上は、寂しいんだよね」
突っ慳貪な言い方をした四の宮様の声に続いて、どこか幼子を慰めるような、それでいてどこか慇懃無礼な言葉が響いた。
その声の主を、俺はよく知っている。見慣れた姿がそこにはあって、四の宮様が彼の姿を認めた途端に強く吠えた。
「蛍星! お前、余計なこと言うな!」
「余計なことじゃないでしょ。兄上が全然素直になれてないから、僕はお手伝いしてあげただけ」
四の宮様の横に突如として現れたのは、蛍星だった。国境での騒動も落ち着き、戦後処理も終えて蛍星は清玄に戻って来ていたのだ。とはいえ、あまりにも神出鬼没で、突然の出現に場の全員が驚いた。
「蛍星、お前どこから聞いてたんだ?」
「最初から聞いてたよ。もっと言うと、三の兄上と清玖がいちゃいちゃしてるのも見てたよ」
俺の問いかけに答えた蛍星は、どこか悪童のような笑みを見せていた。別に、いちゃいちゃしていたわけではない。ただ、抱きしめあっていただけだ。
「三の兄上。四の兄上はね大好きな兄上が取られちゃって悔しいんだよ」
「五月蠅い! 勝手なこと言うな!」
「大丈夫大丈夫、僕にはその気持ちがよーく分かるから」
四の宮様の御気持を説明する蛍星に、四の宮様が再度吠えた。顔が真っ赤になってしまっている四の宮様を慰めるように、吠えさせた張本人である蛍星がその肩をぽんぽんと叩く。
「三の兄上は全然自覚ないけど、僕たち兄弟は皆、三の兄上のことが大好きで大好きで仕方ないんですよ」
「私だって、蛍星や黎泉、兄上方も双子たちも大好きだよ」
「兄上の大好きより、もーっと、なんです」
「もっと?」
「そう。それこそ、自分が兄上の夫君になりたいと願うくらいに」
その言葉に、四の宮様と俺はびくりと肩を震わせた。それほどに、蛍星は皆の敏感な部分を乱暴に暴いたのだ。
四の宮様は、きっと叶うことなら、俺の座につきたかったのだろう。
吉乃を伴侶にしたいという積極的な願いがあったのかは不明だが、どこの馬の骨とも知れない者に奪われるくらいなら、己が吉乃の夫君になりたかったはずだ。それほどの情欲を、四の宮様からは嗅ぎ取れる。
だがきっとそれは、四の宮様に限った話ではない。他の宮様も同様であるはずだ。更に言えば、侍従だって近衛だって、俺のような一介の武官がその座を得るのであれば、己が立候補したかったという者は多いだろう。
俺は何の因果か、そのような尊い座を得ることが出来た。
「皆が大切に想って、守って、慈しんで、愛してきた三の兄上を、突然現れた右軍の武官に横取りされちゃって、四の兄上は面白くないんです」
「……五月蠅い」
四の宮様の反論が弱くなってきた。蛍星の言葉はどこまでも正しくて、耳が痛いのだろう。俯いてしまった四の宮様に、吉乃が歩み寄りそっと優しく抱きしめた。
「黎泉、私の体はひとつしかない。だから、ひとりの妻君にしかなれない」
「……そんなこと、分かってる」
「それでも、私は死ぬまで黎泉の兄だ。そして、黎泉は私の大切で、大好きな弟だよ」
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