下賜される王子

シオ

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◆ 第一章 黒の姫宮

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「そういえば……、柊弥兄上が私の髪を下賜の対象にしようとしているんだ」
「副王陛下が?」
「そう。……私が一晩、その……もてなす、か。それとも髪を切って与えるか。そのどちらかを、論功行賞の受賞者に選ばせるって」
「副王陛下は、とても斬新なことをお考えになる……。吉乃の髪を与える……か」
「清玖はどう思う?」
「選ぶ権利を有した者は、三日三晩悩むだろうな」
「そんなに?」

 訝しげなおもてで、首を傾げている。己の価値を正しく理解していない吉乃には、信じられないことであるらしかった。

「清玖はどちらがいい?」

 下賜されるなら、黒髪か一晩か。そんな問いだった。これから、論功行賞で褒賞を与えられる者は、その二者択一に頭を抱えるのだろう。俺は、吉乃の手を引いて寄せる。そして、抱きしめた。吉乃からは、沈丁花の香りがふわりと香った。

「俺は、どちらも手に入れたい」
「……欲張りだ」

 耳元でそっと囁けば、吉乃の顔が赤くなる。耳まで朱に染まっていた。それを見て、思わず笑ってしまう。揶揄われたと思ったのか、赤い顔のままむっとした吉乃は反撃と言わんばかりに、俺の頬に口付けをした。そのまま照れてふいっと顔を逸らし、吉乃は俺の手の内から逃げてしまう。

「随分と元気なようだから、きっと清玖はすぐに退院出来る」
「あぁ、俺もそう思う」

 顔を背けたまま、少々つっけんどんな言い方でそう口にする。その耳は未だに赤い。そして、すっと立ち上がった。

「……明後日、また来る」

 明後日。二日一度という約束を律儀に守ってくれるようだった。そんな真面目なところがまた愛らしくてたまらない。

「待ってる」

 去り際の吉乃の手をぎゅっと握る。吉乃は振り返って、一度だけ微笑んでくれた。どうやら機嫌は良くなったようだった。一度だけ頷いて、そして吉乃は施療院をあとにした。

「……お前、本当に姫宮様の夫君なんだな」
「なんて奴だ、羨ましい」
「戦場で死んどけよ、この罰当たり」

 俺と吉乃のやりとりを見聞きしていた周囲の負傷から、呪詛のような言葉が飛び交う。俺は曖昧に、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。やはり、ここで吉乃と触れ合うのは色々な意味で問題があるようだった。

「場所を弁えろよな」

 大きなため息と共に、ひとつの姿が俺の傍らに現れる。見慣れた赤毛は、呆れたような顔で俺を見下ろしていた。薫芙だ。

「あんな可愛らしい吉乃を前にして、分別が付くと思うか?」
「……思わない」

 一瞬の逡巡の後、薫芙は渋々同意した。逆の立場であったなら、俺と同じようなことになると理解したのだ。何があっても、薫芙が俺の立場になることを許す気は無いが。

「それで、軍の状況はどうなんだ?」
「帰還はあらかた済んだってとこだな。順調に行けば三日後には全軍凱旋だ」
「そうか……。蛍星は?」
「最後まで向こうに残るってさ」
「随分熱心だな」
「三の兄上が気に病まなくて済むように、万事滞りなく終わらせたいんだそうだ」
「なるほど。吉乃絡みだと蛍星はよく働く」

 普段は、面倒なことを嫌う蛍星も、吉乃が関わると態度が一変する。そういった状況で発揮される統率力や行動力は、国王陛下のそれに随分と似たものを感じた。長兄と末弟で、随分と歳の差はあるが、二人が御兄弟であることをそういった折に再認識するのだ。

「宮様の夫君になったら、どうなるんだお前」
「どうって?」
「軍。辞めるのか?」
「まさか。続けるよ」
「宮様がそれを許すのか」

 きっと吉乃は、心の中では辞めて欲しいと願っている。戦いも、武器も、流血も、怪我も。その何もかもを恐れて遠ざけたがる吉乃が、俺が軍人であることを快く受け入れているとは到底思えない。だが、それでも俺は軍人を続けるだろう。

「俺達はお互いに、役目を負ってる。吉乃は姫宮としての役目を。俺は武官としての役目を。……俺は戦場で死ぬかもしれないし、吉乃は俺以外の男に抱かれ続ける。お互い、それをすんなり受け入れてるわけじゃない。それでも、受け入れられないことを互いに許容し合って、やっとここまで来れた」

 たくさんのことを悩んできた。これからも、その手の悩みは尽きないのだろう。だが、それでいい。悩みのない人生なんて、ありはしないのだ。それよりも、最愛の人を得られる喜びを噛み締めて生きていきたい。

「……変な夫婦」
「夫婦かぁ……そうか。実質的には、そうなるんだな」
「信じられねぇ。天に等しい御方を娶るなんて」
「羨ましいだろ」
「死ぬほどな」

 こんな軽口を言える相手は、薫芙以外にいない。そう意味でも、俺にとって薫芙は大きい存在だった。

「おめでとう、清玖」

 こんな風に祝福されることがあるなんて。薫芙からもたらされたその言葉は、俺の虚をついた。誰からも妬まれ、恨まれ。先ほどのように呪詛を投げかけられることばかりだった。何せ、吉乃は国の姫宮なのだ。高嶺の花で、気軽に触れて良い相手ではないのだ。

「ありがとう、薫芙」

 胸を満たしたのは、熱い感情。それは、心の奥底から込み上がってくる喜びだった。祝福されることに対する歓喜。それを噛み締めた。俺は一刻も早く怪我を治して、吉乃に伝えようと決意する。俺の想い、その全てを。



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