36 / 56
スイ編
36
しおりを挟む
門は全てを受け入れるように開かれていた。バイユエの屋敷も、常日頃から豪奢であると感じていたが、目の前の建物はその比ではない。かつて、父が生活の拠点を王都シンリンへ移す際に建てたこの邸宅は、母の墓を中心に作られた霊廟としての役割も果たしている。それに私は今、対峙していた。
「トーカ、久しぶりだな」
私の到着の知らせを聞いたのか、大柄な白髪の男性が私を待っていた。何度見ても、この人が父親だという実感が薄い。それも仕方のないことだった。なにせ親子として過ごした時間は、母以上に少ないのだ。背の者の長として多くを従えた傑物ではあったのだろうが、子を導く父親として生きていける人ではなかった。
「お久しぶりです」
その体躯はレンよりも大きく、分厚い。年を重ねても、老いというものがあまり見受けられなかった。ただ、白に染まり切ったその髪色が唯一、父を若者ではないのだと示しているように思う。父の前に立ち、見上げるような角度でそのおもてを眺めた。顔立ちには、スイに通じるところがある。やはりこの人は間違いなく、私やスイの父なのだ。
「ますますシアに似てきた」
「……去年もそう言ってましたよ、父さん」
「毎年思うのだから、仕方がない」
父の前でどんな表情をすれば良いのか分からず、私は曖昧に笑う。私は父にとって、どんな子供なのだろうか。最愛の女が産んだ子供、その女に似た顔を持つ子供。きっとそんなところだろう。私の顔が母に似ていなければ、父は私を愛おしげに眺めなかったはずだ。そんなことを考えると少し胸が苦しくなって、スイに会いたくなった。スイならば、私がどんな面貌であろうとも愛してくれただろうから。
「疲れただろう」
「いえ、大丈夫です。馬車の中も快適だったので、ぐっすり眠れました」
「そうか、それは良かった。レンも。付き添いご苦労だったな」
「……いえ」
私の背後に立っていたレンは、父の言葉を受けて軽く頭を下げる。父は、レンのことも認めてくれていた。幼い私がレンを拾ってきて、自分のものにしたいと言った時も、一切反対しなかったのだ。父自身が他人を己の所有物とすることに慣れているせいか、私を咎めるようなこともなく、好きなようにすればいいと言った様子だった。
「さあ、おいで」
肩に腕が回され、父が私の背中を支えるような形で歩き出す。私もその動きに合わせて、一歩を踏み出した。真っ直ぐに進み、門の間を通る。歪みのない真っ平らな石造りの道に、私たちの靴音が響く。周囲にも邸宅が並んでいるが朝の早い時間であるためか、まだ物音は少ない。それぞれの屋敷の主人は眠っていても、使用人たちは朝の支度をしていることだろう。微かな炊事の音が、鼓膜を揺らす。
父に導かれるままに進み、邸宅の中を歩く。通されたのは、応接のための間だった。大きく深い椅子が二脚用意されており、その間には木彫りの丸い机がある。一木彫りであることが分かる造りをしており、細部に精緻な模様が施されている。この部屋にあるものは全て、高い芸術性を誇っており、安価なものは何一つ存在しないことが感じ取れた。そんな机の上には、湯気のたつ茶が淹れられた茶器が二つ置かれており、私たちの到着を見計らって用意されたのだということが分かる。
椅子に腰掛けるよう手の仕草で促され、言葉に従って座り込んだ。この部屋の一面は硝子張りになっており、外の景色がよく見える。窓の外には、母の霊廟が見えた。それは見方によっては墓というよりも、祭壇のように見える。母が女神であるかのように祀られており、その眠りを穏やかなものにするよう、美しい花や瑞々しい果物が捧げられていた。その光景からも、父が深く母を愛していたことを察することが出来る。
「嫌な事件に巻き込まれたそうだな」
母の方を向いていた私に、父が声をかけた。首が即座に父の方を向く。嫌な事件。それが何を指すのかは、すぐに分かった。もしかしたら、父の耳には入っていないかもしれないなどと考えていた私は、甘かったようだ。父は何でも知っている。遠く離れたルーフェイのことも、息子の愚かな行為のことも。
「……自業自得だったんです」
「確かに、己の力で己を守れない人間は、厄介ごとから遠ざかって生きなければならない」
お前は何も悪くない、などという無意味な慰めを父はしなかった。それは正しい。そう叱ってほしかったと私が願う形そのままに、父は私を嗜める。私は非力で、無力だ。守ってもらわなければ、ルーフェイという背の者の街では生きていくことすら出来ない。だというのに、分も弁えず厄介ごとに首を突っ込んだ。徹頭徹尾、私が悪いのだ。
「傷を見せなさい」
おずおずと手を出し出す。あの一件から、すでに幾月もの時が経過している。骨折したレンの腕がもう元通りになっているのだから、私の掌を掠めた程度の傷など、見る影もなかった。だが、そんな掌を父はじっと見つめ、大きな手で包み込む。父の手の皮は厚く、硬かった。
「もう殆ど消えています。傷跡が少し、手相の一部みたいになっただけです」
「手相が変わったか。ならば、お前の運命も変わったかもしれないな」
掌の上に一閃を描くその傷跡を、父の指がさする。傷跡の残滓を眺めるの父の目は、穏やかではなかった。憤怒を宿すわけではないが、剣呑な光が秘められており、どこか仄暗い。しばらく私の掌を眺めてから、父はようやく口を開いた。
「私がルーフェイにいたのなら、お前をこのような目に遭わせた連中を絶対に許しはしなかっただろう」
「……スイも、多分、父さんと同じ気持ちでいてくれているんだと、思います」
父にとって、子である私が害されるということは、面子を潰されるということでもある。例え、その子供の愚かな行動がきっかけであったとしても、結果として私は傷つけられた。それは到底許容出来ることではないのだ。それはおそらく、スイにとっても同じことだった。だからこそ、スイはヘイグァンを許していない。きっと、今でも。
「だろうな。あれは私と瓜二つだ。……トーカが、シアと瓜二つであるように」
全ての顛末を把握しているのか、父は低く笑う。ズーユンを残酷な方法で殺したことも、ヘイグァンの者たちを生きたまま川に溺れさせたことも、全てを知った上で父は、よくやったと思いながら笑っているのだ。父自身、スイが己に似ていることを分かっている。
「スイが、お前と相思相愛の関係になったから、孫は諦めろという文を送ってきた。これは、スイの独りよがりではないのか?」
突然、話題の方向が変わる。私は呆気に取られて、何を言われているのかが分からなくなった。じわりじわりと理解するたびに、私の顔は熱くなる。羞恥の炎が頬を炙っているようだった。一体いつの間にそんな文を出していたのか。そもそも、何故そんなことを敢えて父に伝えるのか。私は恥ずかしくなって、うまく言葉を紡げなくなる。
「……ち、違います」
「トーカも、あいつを愛していると?」
「そう、……です」
途切れ途切れになる言葉で、何とか肯定した。私は、スイを愛している。それは事実なのに、頷くことに戸惑いがあった。なにせ、今私は実の父親に問いかけられているのだ。私とスイは、そんな父から生まれた半分血の繋がった兄弟であり、男同士だった。そんな私たちが愛し合っているなどということは、意気揚々と報告出来る事柄ではない。だが父は、どんな反応が来るかとびくびく怯えていた私の予想を超えて、朗らかに笑う。
「そうかそうか。こんなに嬉しいことはない。俺に似たスイと、シアに似たトーカが愛し合うなんて。素晴らしいことだ」
「……父さんは祝福してくれるんですか?」
「ああ、もちろんだとも。他ならぬお前たちであれば、許そう。スイとトーカ以外であれば、男同士なぞ許さんが、お前たちは特別だ。俺とシアの愛の深さが、子供達にまでうつったのだから。祝福してやらねばなるまい」
嬉しそうにそう言って、私たちを受け入れてくれた父さんも、少し可笑しいと思うのだ。父母の愛が子にまでうつったから、息子同士の愛を許すというのは、どうにも歪に思えてならなかった。だが、背の者が真っ当な倫理の中で生きていないことくらい、私はもう分かっている。スイとの関係に否定的でないことを、幸運だと思うことにして、唇に感謝を乗せた。
「婚礼はあげないのか」
「え……っ、こ、婚礼ですか」
思いがけない言葉に、私は戸惑いを示す。私の背後に立つレンも、今の今まで沈黙を保ってきたが、驚きすぎて小さな声を上げたようだった。動揺する私たちを前にしても父は、何が可笑しいのかと、逆に疑問を呈する。
「バイユエの頭目ともなれば、立派な婚礼をあげるものだ」
「ですが……その、……私たちはどちらも、男ですし……」
「今更気にするようなことか? 私は、お前が真っ赤な花嫁衣装を着ているところが見たいんだがな」
母と似た外見の私が、花嫁衣装を着ているところを見たい。結局のところ、父の願いはそれなのだ。もし私が、母とは似ていない容姿であったなら、どうなっていたのだろう。スイと想い合うことさえ、許されなかっただろうか。父が見ているのは私の内側ではなく外側。それが少し寂しくもあるが、それでも深い悲しみを抱けるほどの感情を、父に対して持っていなかった。
私が花嫁衣装を纏う姿を想像してみる。紅蓋頭を被り、花轎に乗ってスイのもとへと行くのだ。あまりにも不似合いで、気味が悪い。どれほど私が女顔であったとしても、実際に女であるわけではない。男としては華奢な体つきだが、肩幅だって女性よりは広いのだ。以前、ズーユンさんに女物の着物を羽織らされたことを思い出す。あの時だって、強い羞恥が湧いた。
「それはちょっと……、恥ずかしいです」
素直な気持ちを伝えれば、父は大きな声で呵々と笑った。何故そのようにして笑うのか分からず、私は戸惑った果てにレンを振り返って見る。レンも不思議そうに首を傾げていた。膝を叩いてひとしきり笑った後で、父は言う。
「シアもそう言っていた。本当にお前たちは似ているな。受け答えまで同じとは。驚きすぎて、笑ってしまった」
「……母さんは花嫁衣装を着たんですか?」
「あぁ、着てもらった。恥ずかしいと言っていたから、私の前だけで。我々の文化と、シアの故郷ランファンの文化は異なっていてな、どうやら赤い紅蓋頭は身につけないらしい。その代わり、刺繍が施された白い薄手の面紗をつけるそうだ。シアの薄桃の美しい髪には、そちらの方が似合った。だから婚礼は二度あげて、赤い紅蓋頭と白い面紗の両方を着てもらったんだ」
母のことを語る父の表情は本当に幸せそうで、その顔はどこかスイの表情にも見えた。スイは、こんな顔をしながら私のことを語っているのだろうか。分からない。それでも、私に向けられるスイの表情は、大抵が優しくて、幸せそうなものだった。母が死んだことを深く悲しんだことで、父の髪の毛は一夜にして真っ白になったという。私が死ねば、スイの髪も真っ白になってしまうのだろうか。
「……母さんは、心の底から父さんを愛していたのかな」
その言葉は勝手に口から出て行ってしまった。父は深く母を愛している。では、母はどうだったのか。そんな頭の中に浮かんだ疑問が、ぽろりと唇の間からこぼれ落ちてしまったのだ。意図せぬ発言に私は驚くが、私以上に父が驚いていた。目を見開いて私を見た後に、悲しそうに一度名目する。再度開かれた瞳は私には向けられず、硝子窓を越えて母の墓を見ていた。
「そればかりは、確かめようがないな」
最愛の人を病に奪われた男の横顔がそこにある。悲しい、などという言葉では表現できないおもて。そんな父の姿を見て、私は深く後悔した。時を戻せるのなら、勝手に言葉が出て行ってしまわないように、私は唇を硬く閉ざしていたことだろう。言わなければ良かった。私は、父を悲しませる言葉を吐いてしまったのだ。
「トーカ、久しぶりだな」
私の到着の知らせを聞いたのか、大柄な白髪の男性が私を待っていた。何度見ても、この人が父親だという実感が薄い。それも仕方のないことだった。なにせ親子として過ごした時間は、母以上に少ないのだ。背の者の長として多くを従えた傑物ではあったのだろうが、子を導く父親として生きていける人ではなかった。
「お久しぶりです」
その体躯はレンよりも大きく、分厚い。年を重ねても、老いというものがあまり見受けられなかった。ただ、白に染まり切ったその髪色が唯一、父を若者ではないのだと示しているように思う。父の前に立ち、見上げるような角度でそのおもてを眺めた。顔立ちには、スイに通じるところがある。やはりこの人は間違いなく、私やスイの父なのだ。
「ますますシアに似てきた」
「……去年もそう言ってましたよ、父さん」
「毎年思うのだから、仕方がない」
父の前でどんな表情をすれば良いのか分からず、私は曖昧に笑う。私は父にとって、どんな子供なのだろうか。最愛の女が産んだ子供、その女に似た顔を持つ子供。きっとそんなところだろう。私の顔が母に似ていなければ、父は私を愛おしげに眺めなかったはずだ。そんなことを考えると少し胸が苦しくなって、スイに会いたくなった。スイならば、私がどんな面貌であろうとも愛してくれただろうから。
「疲れただろう」
「いえ、大丈夫です。馬車の中も快適だったので、ぐっすり眠れました」
「そうか、それは良かった。レンも。付き添いご苦労だったな」
「……いえ」
私の背後に立っていたレンは、父の言葉を受けて軽く頭を下げる。父は、レンのことも認めてくれていた。幼い私がレンを拾ってきて、自分のものにしたいと言った時も、一切反対しなかったのだ。父自身が他人を己の所有物とすることに慣れているせいか、私を咎めるようなこともなく、好きなようにすればいいと言った様子だった。
「さあ、おいで」
肩に腕が回され、父が私の背中を支えるような形で歩き出す。私もその動きに合わせて、一歩を踏み出した。真っ直ぐに進み、門の間を通る。歪みのない真っ平らな石造りの道に、私たちの靴音が響く。周囲にも邸宅が並んでいるが朝の早い時間であるためか、まだ物音は少ない。それぞれの屋敷の主人は眠っていても、使用人たちは朝の支度をしていることだろう。微かな炊事の音が、鼓膜を揺らす。
父に導かれるままに進み、邸宅の中を歩く。通されたのは、応接のための間だった。大きく深い椅子が二脚用意されており、その間には木彫りの丸い机がある。一木彫りであることが分かる造りをしており、細部に精緻な模様が施されている。この部屋にあるものは全て、高い芸術性を誇っており、安価なものは何一つ存在しないことが感じ取れた。そんな机の上には、湯気のたつ茶が淹れられた茶器が二つ置かれており、私たちの到着を見計らって用意されたのだということが分かる。
椅子に腰掛けるよう手の仕草で促され、言葉に従って座り込んだ。この部屋の一面は硝子張りになっており、外の景色がよく見える。窓の外には、母の霊廟が見えた。それは見方によっては墓というよりも、祭壇のように見える。母が女神であるかのように祀られており、その眠りを穏やかなものにするよう、美しい花や瑞々しい果物が捧げられていた。その光景からも、父が深く母を愛していたことを察することが出来る。
「嫌な事件に巻き込まれたそうだな」
母の方を向いていた私に、父が声をかけた。首が即座に父の方を向く。嫌な事件。それが何を指すのかは、すぐに分かった。もしかしたら、父の耳には入っていないかもしれないなどと考えていた私は、甘かったようだ。父は何でも知っている。遠く離れたルーフェイのことも、息子の愚かな行為のことも。
「……自業自得だったんです」
「確かに、己の力で己を守れない人間は、厄介ごとから遠ざかって生きなければならない」
お前は何も悪くない、などという無意味な慰めを父はしなかった。それは正しい。そう叱ってほしかったと私が願う形そのままに、父は私を嗜める。私は非力で、無力だ。守ってもらわなければ、ルーフェイという背の者の街では生きていくことすら出来ない。だというのに、分も弁えず厄介ごとに首を突っ込んだ。徹頭徹尾、私が悪いのだ。
「傷を見せなさい」
おずおずと手を出し出す。あの一件から、すでに幾月もの時が経過している。骨折したレンの腕がもう元通りになっているのだから、私の掌を掠めた程度の傷など、見る影もなかった。だが、そんな掌を父はじっと見つめ、大きな手で包み込む。父の手の皮は厚く、硬かった。
「もう殆ど消えています。傷跡が少し、手相の一部みたいになっただけです」
「手相が変わったか。ならば、お前の運命も変わったかもしれないな」
掌の上に一閃を描くその傷跡を、父の指がさする。傷跡の残滓を眺めるの父の目は、穏やかではなかった。憤怒を宿すわけではないが、剣呑な光が秘められており、どこか仄暗い。しばらく私の掌を眺めてから、父はようやく口を開いた。
「私がルーフェイにいたのなら、お前をこのような目に遭わせた連中を絶対に許しはしなかっただろう」
「……スイも、多分、父さんと同じ気持ちでいてくれているんだと、思います」
父にとって、子である私が害されるということは、面子を潰されるということでもある。例え、その子供の愚かな行動がきっかけであったとしても、結果として私は傷つけられた。それは到底許容出来ることではないのだ。それはおそらく、スイにとっても同じことだった。だからこそ、スイはヘイグァンを許していない。きっと、今でも。
「だろうな。あれは私と瓜二つだ。……トーカが、シアと瓜二つであるように」
全ての顛末を把握しているのか、父は低く笑う。ズーユンを残酷な方法で殺したことも、ヘイグァンの者たちを生きたまま川に溺れさせたことも、全てを知った上で父は、よくやったと思いながら笑っているのだ。父自身、スイが己に似ていることを分かっている。
「スイが、お前と相思相愛の関係になったから、孫は諦めろという文を送ってきた。これは、スイの独りよがりではないのか?」
突然、話題の方向が変わる。私は呆気に取られて、何を言われているのかが分からなくなった。じわりじわりと理解するたびに、私の顔は熱くなる。羞恥の炎が頬を炙っているようだった。一体いつの間にそんな文を出していたのか。そもそも、何故そんなことを敢えて父に伝えるのか。私は恥ずかしくなって、うまく言葉を紡げなくなる。
「……ち、違います」
「トーカも、あいつを愛していると?」
「そう、……です」
途切れ途切れになる言葉で、何とか肯定した。私は、スイを愛している。それは事実なのに、頷くことに戸惑いがあった。なにせ、今私は実の父親に問いかけられているのだ。私とスイは、そんな父から生まれた半分血の繋がった兄弟であり、男同士だった。そんな私たちが愛し合っているなどということは、意気揚々と報告出来る事柄ではない。だが父は、どんな反応が来るかとびくびく怯えていた私の予想を超えて、朗らかに笑う。
「そうかそうか。こんなに嬉しいことはない。俺に似たスイと、シアに似たトーカが愛し合うなんて。素晴らしいことだ」
「……父さんは祝福してくれるんですか?」
「ああ、もちろんだとも。他ならぬお前たちであれば、許そう。スイとトーカ以外であれば、男同士なぞ許さんが、お前たちは特別だ。俺とシアの愛の深さが、子供達にまでうつったのだから。祝福してやらねばなるまい」
嬉しそうにそう言って、私たちを受け入れてくれた父さんも、少し可笑しいと思うのだ。父母の愛が子にまでうつったから、息子同士の愛を許すというのは、どうにも歪に思えてならなかった。だが、背の者が真っ当な倫理の中で生きていないことくらい、私はもう分かっている。スイとの関係に否定的でないことを、幸運だと思うことにして、唇に感謝を乗せた。
「婚礼はあげないのか」
「え……っ、こ、婚礼ですか」
思いがけない言葉に、私は戸惑いを示す。私の背後に立つレンも、今の今まで沈黙を保ってきたが、驚きすぎて小さな声を上げたようだった。動揺する私たちを前にしても父は、何が可笑しいのかと、逆に疑問を呈する。
「バイユエの頭目ともなれば、立派な婚礼をあげるものだ」
「ですが……その、……私たちはどちらも、男ですし……」
「今更気にするようなことか? 私は、お前が真っ赤な花嫁衣装を着ているところが見たいんだがな」
母と似た外見の私が、花嫁衣装を着ているところを見たい。結局のところ、父の願いはそれなのだ。もし私が、母とは似ていない容姿であったなら、どうなっていたのだろう。スイと想い合うことさえ、許されなかっただろうか。父が見ているのは私の内側ではなく外側。それが少し寂しくもあるが、それでも深い悲しみを抱けるほどの感情を、父に対して持っていなかった。
私が花嫁衣装を纏う姿を想像してみる。紅蓋頭を被り、花轎に乗ってスイのもとへと行くのだ。あまりにも不似合いで、気味が悪い。どれほど私が女顔であったとしても、実際に女であるわけではない。男としては華奢な体つきだが、肩幅だって女性よりは広いのだ。以前、ズーユンさんに女物の着物を羽織らされたことを思い出す。あの時だって、強い羞恥が湧いた。
「それはちょっと……、恥ずかしいです」
素直な気持ちを伝えれば、父は大きな声で呵々と笑った。何故そのようにして笑うのか分からず、私は戸惑った果てにレンを振り返って見る。レンも不思議そうに首を傾げていた。膝を叩いてひとしきり笑った後で、父は言う。
「シアもそう言っていた。本当にお前たちは似ているな。受け答えまで同じとは。驚きすぎて、笑ってしまった」
「……母さんは花嫁衣装を着たんですか?」
「あぁ、着てもらった。恥ずかしいと言っていたから、私の前だけで。我々の文化と、シアの故郷ランファンの文化は異なっていてな、どうやら赤い紅蓋頭は身につけないらしい。その代わり、刺繍が施された白い薄手の面紗をつけるそうだ。シアの薄桃の美しい髪には、そちらの方が似合った。だから婚礼は二度あげて、赤い紅蓋頭と白い面紗の両方を着てもらったんだ」
母のことを語る父の表情は本当に幸せそうで、その顔はどこかスイの表情にも見えた。スイは、こんな顔をしながら私のことを語っているのだろうか。分からない。それでも、私に向けられるスイの表情は、大抵が優しくて、幸せそうなものだった。母が死んだことを深く悲しんだことで、父の髪の毛は一夜にして真っ白になったという。私が死ねば、スイの髪も真っ白になってしまうのだろうか。
「……母さんは、心の底から父さんを愛していたのかな」
その言葉は勝手に口から出て行ってしまった。父は深く母を愛している。では、母はどうだったのか。そんな頭の中に浮かんだ疑問が、ぽろりと唇の間からこぼれ落ちてしまったのだ。意図せぬ発言に私は驚くが、私以上に父が驚いていた。目を見開いて私を見た後に、悲しそうに一度名目する。再度開かれた瞳は私には向けられず、硝子窓を越えて母の墓を見ていた。
「そればかりは、確かめようがないな」
最愛の人を病に奪われた男の横顔がそこにある。悲しい、などという言葉では表現できないおもて。そんな父の姿を見て、私は深く後悔した。時を戻せるのなら、勝手に言葉が出て行ってしまわないように、私は唇を硬く閉ざしていたことだろう。言わなければ良かった。私は、父を悲しませる言葉を吐いてしまったのだ。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
双子攻略が難解すぎてもうやりたくない
はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。
22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。
脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!!
ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話
⭐︎登場人物⭐︎
元ストーカーくん(転生者)佐藤翔
主人公 一宮桜
攻略対象1 東雲春馬
攻略対象2 早乙女夏樹
攻略対象3 如月雪成(双子兄)
攻略対象4 如月雪 (双子弟)
元ストーカーくんの兄 佐藤明
秘密の関係
椎奈風音
BL
僕には4人の兄ちゃん達がいます。
長男の春兄は、大学4年生で、入学した時から首席を譲ったことがないほどの秀才です。
次男の戒兄は、大学1年生で、スポーツならなんでもこなすほど運動神経がいいです。
三男の響兄は、大学1年生で、副業でモデルをしているほどの美形です。
四男の暁兄は、高校2年生で、有名な歌手に音楽を提供している作曲家です。
そして――、そんな優秀な兄達と比べ、なんの取り柄もない五男の僕……。
そんな僕が、兄ちゃん達と同じ学校に入学したんだけど、そこは僕の想像を超えた未知の世界で……。
※他サイトでも連載中です。
兄×弟です。苦手な方はご注意下さい。
別ブックで、番外編『兄ちゃん達の独り言』連載中です。
うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。
春雨
BL
前世を思い出した俺。
外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。
愛が重すぎて俺どうすればいい??
もう不良になっちゃおうか!
少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。
説明は初めの方に詰め込んでます。
えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。
初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。
※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?)
※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。
もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。
なるべく全ての感想に返信させていただいてます。
感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!
5/25
お久しぶりです。
書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる