月と裏切りの温度

シオ

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 薄衣を剥いで、僕はヨルハに押し倒された。

 本部屋の大きなベッドの上。慣れたその場所なのに、異常なほど緊張している。これは、相手がヨルハだからなのだろうか。鼓動がうるさい。耳のそばを走る血管が強く脈打って、頭にその音が強く響く。

「アサヒ……、アサヒ」

 僕はロファジメアンのウェザリテ、リュシラ。でも、ヨルハは僕をアサヒと呼ぶ。僕はヨルハにアサヒとして抱かれようとしている。

 そのことが恐ろしく思えた。自分自身がそのことをどう受け止めているのかが、よく分からない。未知の領域に足を踏み入れる、そんな恐怖があった。

 ヨルハは僕の胸に舌を這わせ、執拗に尖ったそこを強く押した。その感覚が腰に響く。疼きそうになる下半身を必死に抑えているというのに、彼の手が僕のものに触れて、優しく包んだ。

「ヨル……っ、僕のは、いいから……!」
「なんでだよ。気持ちよくしてやるって」

 客の殆どは、僕を良くしようなどとは思わない。大抵は、気持ちよくしてもらいに大金叩いて来館するのだ。それなのに、ヨルハは自分のことは二の次で、僕を高みへと追い詰める。

 手と口で愛撫された胸は痛いくらいに硬くなって、ヨルハに甘噛みされるとそれだけでイってしまいそうになる。けれど、その度に僕のものを包むヨルハの手が絶頂を許さない。もっと高みへと、強く促される。

「もうっ、もうやだっ、ヨルハもう許して……っ」
「俺は別にアサヒをいじめてるわけじゃない。気持ちよくしてやりたいだけだ」

 胸から離れ、体を起こしたヨルハが僕のものを扱きながらもう片方の手で後ろの孔に指を突っ込んだ。太くて長い。中指だろうか。何度も抜き差しされ、感じやすい場所に指先が掠る。

「あ……ぁっ!」
「アサヒはここがいいのか、覚えた」

 その場所を何度も突かれ、頭の中が真っ白になっていく。もう何も考えられない。ヨルハが笑っているような気がした。シーツを強く掴み、何かに耐える。こんな感覚、久々すぎて忘れていた。

「あっ、あっ……ヨルハっ、ヨルハっ……ああっ!」

 彼の名前を叫びながら、僕は果てた。こんなに簡単にイってしまうなんて。頭がぼうっとして、何も考えられなくなる。僕が吐き出したものを掌で受け止めていたヨルハが、それを舐めていた。

「すげぇ出たな。出すのは久しぶり?」

 掌には白濁したものが滴るほどに付着していて、自分でも驚いてしまう。普段、客とする時は僕は果てない。果てたとしても、そんな量を出したことは今までに経験がなかった。

「……こんなの、初めて」

 口をついて出た自然な言葉。けれど、それはどうやらヨルハを驚かせたようだった。彼は目を見開いて僕を見て、一瞬だけ苦しそうな顔を見せる。

「そういうこと、いつも言うのか」
「……え?」

 何を言われたのかが分からなかったのは、一瞬のこと。急に思考が冷静になって、高くなっていた体温が下がっていく。手練手管だと、そう思われたのだ。僕の発言は、誰にでも言うおきまりの台詞だと思われたのだ。

「いや、悪い。なんでもない。俺だけ、だよな。アサヒ。……俺以外にそんなこと言うなよ」

 唇を奪われながら、そう言われた。僕は、ヨルハ以外にはそんなことは言わない。けれど、ヨルハはそれを疑っている。疑われるような立場にいるのは、僕だ。それが無性に悲しくて、涙が出た。

 結局のところ、僕は男娼なのだ。それはもう変わらない。

 僕が年老いたり、男娼としての価値が無くなって娼館から捨てられるまでそれは変わらない。そんな僕はずっとヨルハの信頼を得られないのだろう。

「アサヒ、なんで泣いてるんだよ」
「別に」
「……嫌だった?」

 心配そうに僕の頰に手をやって、優しく額に口付けをするヨルハ。大好きだった。そんなヨルハが、大好きで堪らなかった。それなのに僕は、はなから彼との全てを諦めている。

 土台、無理な話なのだ。この穢れきった身で、彼と歩むことは出来ない。他でもない僕が、それを許さない。

「早く、済ませて。……早く、終わらせて」
「随分な言い方だな」

 普通の客だったらこんなことは言わない。ヨルハだから、ついついこんな言葉を使ってしまった。僕は、一刻も早く終わりたかった。自分自身を保てなくなる前に。ウェザリテとして振る舞えなくなる前に、終わりにしたかった。

「そんなに早く終わりたいなら、少しくらいは手伝ってもらわねーと」

 ヨルハは、怒っているようだった。表情や声には出ていないけれど、少しばかり怒りが雰囲気の中に滲んでいる。体を起こした彼は足を開いて、僕に立ち上がったものを見せて、それを指さした。

「濡らしてくんない?」

 舐めろと言っているのだ。悲しいことに、それが分からないほど初心ではない。僕はヨルハのものをまじまじと眺める。

 大きくて、太くて、色黒で血管が浮いている。あれで荒々しく抜き差しされたら、狂うほどに良いのだろうな、などと考えてしまって後ろの孔がきゅっとしまった。

 這い蹲ってヨルハ足の間に入り、手でそっと握って口の中に入れる。先走りを舐めとって、舌で彼のものを撫でる。口内全体で包み込んで、頭を上下に動かす。ヨルハのものが、少しばかり大きくなったような気がする。

「……はっ、上手なんだな、仕込まれたの?」

 昔は、嫌で嫌でしょうがなかった。男のものを口に入れるなんて、生理的に受け付けなかった。けれど嫌がると折檻が待っていたのだ。それが怖くて、無理に覚えた性技だった。

 けれど、ヨルハのものを咥えるのは嫌ではなかった。むしろずっとこうしたかったと、そう思うような何かがあって戸惑う。

「くそ……っ、やっぱ、そういうところは腹立つよな……アサヒ、もっと奥で可愛がってよ」

 彼の悪態の理由が分からないまま、頭を押さえ込まれ、喉の奥まで彼のものが入ってくる。えづく不快感に苛まれ、反射的にヨルハから逃げてしまった。噎せて苦しむ僕を、ヨルハは再びベッドに押し倒す。

「ごめん、苦しかった?」
「……うん」
「本当、ごめん、……優しくしたいって思ってんだけどな」
「ヨルハは……優しいよ」
「ありがとう、アサヒ」

 酷い客には、今までに少なくない回数遭遇している。そんな彼らを思えばヨルハは優しい客だった。けれど、ヨルハを客として受け入れなければならないという現実は、僕を酷く苦しめる。

「……抱いても、いいか?」

 客と男娼でさえなければ。ただの恋人としてであれば、堪らないほどに幸福な言葉だっただろう。抱かれるのも、口付けも、触れられるのも、全てヨルハが初めてな僕であれば、最高だった。けれど現実が全ての理想を否定した。

「いいよ」

 こんな僕でいいのなら。


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